苦しみと戦いの中、わずかに触れる一握の愛。

暗い情念に取り憑かれた男の人生を、壮大かつ綿密に練られたストーリーで描いた超大作。
とにかくストーリーが抜群に面白く、かつ臨場感に溢れる描写には圧倒されるばかりである。
戦闘描写にはまるで剣戟や馬のいななきが聞こえてくるような気持ちになり、血煙と戦火を幻視する。森にはムワリとした草木の匂いが、宮殿には近寄りがたい静謐さが、迷宮には忍び寄る死の気配が漂い、読み進めるごとに小説の世界に引き込まれる。
気づけば手に汗をにぎり、恐ろしい敵の前では背筋が寒くなること必至である。

心理描写も秀逸だ。魅力のあるキャラクターたちが、それぞれの信念のもとに戦い、抗い、葛藤する。
ストーリーが進むごとに成長、あるいは変化する形で少しずつ考え方が変わったり、それに伴ってキャラクター同士の関係性に変化が見れたりと、非常に丁寧だ。
登場人物に「息が吹き込まれる」とはこういう小説を指すのだろうと思う。この小説では、確かにキャラクターたちが生きている、そんな気持ちになる。

暗い情念に囚われた主人公と、美しい刀身の様な清廉の少女の未来はどうなるのか。続きが気になるばかりである。

この作品には、ネット小説あるいはライトノベルの枠に収まらない魅力が詰まっている。
書籍化間違いなしのクオリティであり、ハードカバーなら守人シリーズの隣に、文庫やソフトカバーなら十二国記の隣などに置きたい。そんな作品である。


最後に、私の主観に基づくあらすじを載せるが、どうしても魅力をお伝え出来る自信がないので、もしも「面白くなさそう」と思っても、絶対に読んでみてほしいと思う。後悔はしないはずだ。
また、余りにも暗いあらすじになってしまったが、決して暗いだけの小説ではない。
ハラハラやワクワク感も満載である。主題は主人公の成長、出会い、そして愛であるように思う。

もっと皆んなに呼んでほしくてこのレビューを書きました。大好きな小説なので少しでも魅力が伝わってほしいと思います。

あらすじ
非業の死を迎えた少年は異世界で新たな生をうけた。生前、父親に虐待されて育った少年は、父を殺して捕まった。この手で父を殺す日を夢想し続けてきた少年が、ついにその悲願を成した時に抱いた感情は、途方もない呆気なさであった。
あの小男。簡単に死にやがって。頭の中で何度殺しても足りない。
怒りに満ち、相手の居ない復讐心を拭えないまま少年は死に、異世界で生きていくことになる。
異世界での生活は不条理に溢れていた。弱きは挫かれ、貧富の差は激しく、理不尽が蔓延っていた。目の前で誰かが虐げられる度、少年は戦った。だがそれは必ずしも義憤によるものだけではない。悪役に父の面影を重ねていた。少年がしていたのは、勧善懲悪の皮を被った復讐の代替行為に近しいものでもあった。殺して、殺して、殺し続けても晴れない復讐心。
そんな暗い情念に縛られ続ける少年の前に、敵国の王子が現れる。その王子は自らの父である非情な王の打倒を目論む叛逆者であった。
父を、殺す。
少年は王子に自らの境遇を重ね、深く心酔していく。

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