1000年の栄華と3分間の追憶

未翔完

1000年の栄華と3分間の追憶


 彼は、とある帝国の皇帝だった。

 そう。ただの、どこにでもあるような帝国の。

 大陸を席巻せっけんするような超大国でもなければ、周辺諸国にただ操られるような弱小国でもない。

 だが、それが逆に作用したのか無駄に戦争を仕掛けることも、仕掛けられることも少なく、大陸では珍しい1000年もの歴史を誇っていた。

 そんな帝国の皇帝である彼も普通の、名君でもなければ暗愚でもない男だった。

 ただ、ある一点を除いては。

 彼は一つだけ、歴代皇帝とは違うものを持っていた。

 

 それは、歴代皇帝の記憶。


 32代目皇帝である彼は神のいたずらか、生まれたときから初代から先代までの31人の皇帝の記憶を持っていた。

 そう、彼が生まれる前に疫病で死んだ父親の記憶も。

 当然、幼少期はそれについて親族に問うたことが幾度もあった。

 しかし、それが誰の記憶なのか子供が知る由もなかったために説明は要領を得ず、時に笑い飛ばされ、時に悪魔の仕業とされた。

 だが、彼が少年から青年となり、青年かられっきとした皇帝になるにつれて、彼は文献を漁る中で知っていくことになる。

 自分の記憶が誰のものかを。


 そして齢60にもなった彼は、全ての記憶を理解できるようになった。

 しかし、それを彼は何かに利用したことは一度もなかった。

 元より、彼ができることなど一つもなかったのである。

 1000年もの栄華を享受した帝国は腐敗し、皇帝はただのお飾りに成り下がり、政治の実権を握るのは金にまみれた大貴族と聖職者達になった。

 彼らがいくら、農民から税を徴収したところで。

 彼らがいくら、国民を虐げたところで。

 そんなものはどうでもよく、ただ傍観者でい続けたのだ。

 

 それは、彼が今までの皇帝の記憶の全てを、知ってしまったからかもしれない。


 


 その日、帝国は崩壊した。

 大貴族・聖職者達による圧政に耐えかねた国民たちが、一人の指導者を担ぎ上げて革命を起こしたのだった。

 入念な準備の上で行われた革命で、市民は多くの大貴族の邸宅や軍施設を強襲。

 長年、戦争を行っていなかった帝国軍は弱く、数で圧倒的に勝る革命軍に対して勝利できるはずもなかった。

 かくして、帝都の市街地は半日で制圧され、帝城の衛兵達も全滅。

 革命軍は自らのいる玉座の間に、進んできていた。


 これは、皇帝の最期の3分間。


 

 歴史上のとある一点の刻

 大陸 帝国 帝都 帝城 玉座の間


「………」


 私は巨大な窓から、市街地を見下ろしていた。

 所々から煙が上がり、それさえも掻き消してしまうかのような市民達のげき

 何も知らない皇帝ならば、下賤なる群衆だと嫌悪するだろう。

 だが、私は知っている。

 第3・4代目皇帝を筆頭とした何人もの皇帝が、国民の生活に寄り添い、共に幸せを分かち合っていたことを。

 だが、もはやそのような治世は来ない。 

 帝国は革命によって滅びるのだ。

 先代皇帝の時代に、西方の王国で起こった市民革命のように。

 その時、絶対王政を敷いていた国王とその王妃は市民の歓声の中で、広場の断頭台で処刑されたのだとか。

 自分もそのようになるのであろうか。

 いや、そのようなことはどうでもいい、殺され方など。

 下階が騒がしくなっていることを感じつつ、私は最後の皇帝として、最期の3分間で1000年間の栄華を追想する。


 

 初代皇帝は偉大な男であった。

 大国間の空白地帯に散らばっていた諸侯を、武をもって纏め上げ、隣国との戦争を極力回避し、どことも同盟を組まなかった。

 敵対も協力もすることなく、中立姿勢を保ち続けた偉大なる賢者だ。

 決して、帝国内で語り継がれるような、神格化された英雄などではない。

 そのことを、私だけが知っている。


 2代・3代と、初代皇帝の意志を引き継いだ皇帝は内治に注力。

 軍備も進めたが、それらは全て防衛の為だった。

 この頃はまだ、専制政治で帝国は回っていた。


 11代目皇帝の時代。

 彼は愚帝であった。初代皇帝の意志を無視し、東方の騎馬民族に戦争を仕掛けたのである。いわゆる〈東方征伐とうほうせいばつ〉。

 他国がいうところの〈帝国最大の大虐殺〉。

 これにより帝国は版図を広げたが、愚王はさらに南方の都市国家に目を向けた。

 家臣達は、このままでは初代皇帝の理念に完全に背いてしまうと考え、愚王を暗殺。聡明な弟が12代目皇帝となったが、貴族・聖職者による議会が設立され、皇帝の権限を一部委譲させた。


 その後、皇帝と議会は綿密な政治運営に成功。

 20代目皇帝のころには、大陸最大の交易国家となった。

 この頃が、帝国の最盛期といえようか。


 そして時は飛び、31代……先代であり私の父親の話。

 その頃は、西方王国での革命騒ぎや疫病の蔓延により、帝国だけでなく大陸全土が疲弊していた。

 そんな中、父は疫病で死去。

 私がまだ母親の胎内にいる時に。

 

 私は生まれたときから、皇帝であった。

 兄弟はなく、肉親・親戚は女以外全て疫病で死んでいた。

 当然、赤子である私に何もできることはなく、政治の全権は議会、すなわち大貴族と聖職者に委ねられた。

 しかし私が少年、青年、成人となっても、私が本当の意味での皇帝になることはなかった。

 毎食、豪勢な食事が並べられ、何もかもが用意されていたが、その反面何もできなかった。

 私は本当にただのお飾りになり、いつも大貴族・聖職者に操られるがまま。

 農民がいくら飢餓状態のまま、さらなる徴税を迫られていても。

 市民の怒りが見当違いに、私に向けられていても。

 私は何もできなかった。

 何もできないまま、60年を過ごした。

 だから、革命という名の罰が起こったのだ。

 今まで圧政を敷いていなかったからこそ起こりえなかった革命が。


 

「皇帝よ、そこにおられるか!」


 玉座の間の大扉を蹴破って、入ってきたのは数十人の軍服を着た男達。

 なるほど、彼が革命の指導者か。

 いかにも指揮官風を装った、先頭にいる紺碧の軍服の男を見て、心の中で嗤う。

 

「我々は、貴様の圧政に立ちあがった革命軍である! おとなしく投降すれば、命は保証しよう!」 


 そう吠える男。私を殺すつもりはないらしい。

 だが……。

 見ろ。この男の目を。

 まるで、自らがやっている行いが絶対的な正義だとでもいいたいかのような。

 そんな目をしている。


 ……ふざけるな。


 この男の軍服は、若干仕様が異なっているが、殆ど北海の連合王国軍で使われているものと同じだ。

 大方、こいつは連合王国の商人共に革命をそそのかされたのだろう。

 連合王国では近年、産業革命の影響で商人共が力を付けてきているらしい。

 その力がどこに向けられるか。

 である。

 そこで目をつけたのが帝国だ。しかし、帝国は名目上の帝政を敷いている。

 だからこの男を担ぎ出して、帝国を崩壊させ、資本主義を取り入れようとしているのだ。金にがめつい商人共の考えそうなことだ。

 だが、そんなことに私は怒っていない。

 

 もしこいつが帝国を滅ぼしたとしたら、この国はどうなる?


 当然、こいつとの前約束通り、帝国だった領域は商人共の交易圏になる。

 となれば、実質的に連合王国とのを結んだことになる。

 それは帝国の絶対的中立を汚すということ。

 それは、許されない。


「貴様らは……初代皇帝の意志をないがしろにする気か……!」


「はぁ? いきなり何を言うかと思えば。はて、何のことやら……」


 そうごまかし、嘲笑する男。

 この男にとって初代皇帝の意志など、もはやどうでもいいことなのだろう。

 だが、私はそれを守る義務がある。

 なぜならば、私が最後の皇帝だから。

 そして、なにより。 


 今まで何もできなかった私が、今、できることを見つけたから。


 私はふところに隠していた鋭利な短刀を、右手で勢いよく取り出す。

 そして、そのままそれを投げる。回転しながら短刀は向かう。

 その男の胸へ。

 

「なっ……。ぐぁぁぁ……ッ!」


 急いでその男に駆け寄る男達。

 その刹那、私の脳天に鉛玉が撃ち込まれる。

 磨り潰された脳の肉片が弾け飛ぶのを感じた。

 私は仰向けでその場でバタンと倒れる。

 恐らく、後ろに控えていた男の銃からだろう。


 だが、これで大丈夫だ。

 商人共と約束を交わしていたのは、恐らくあの男だけ。

 あとは、あの男に扇動された純粋な反乱分子だ。

 あいつさえ殺せれば、この国はまだ中立を保てる。

 たとえ帝国が滅びたとしても。

 次に現れる国家は、初代皇帝の意志を引き継いでくれる。


 成し遂げたぞ、初代皇帝よ。

 

 貴方の意志は、私が守り通しましたぞ……!

 

 そして、私は歓喜する。


 何もできなかった私が、最期の三分間で、一つのことを為し得たということに。


 これで、何の憂いも無い。


 私は男達の喧騒を忘れようと、静かに、目を閉じた。


 一瞬、初代皇帝の姿が映ったように感じた。

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