【KAC5】節分の御子

牧野 麻也

節分の御子

 私の地元には、毎年二月になると不思議な祭りが行われる。

 全国にもある『節分』の習慣なのだけど、地域よって違う事を最近友達とのビデオチャットで知った。


 西の方に住む友達は『節分』は行うけれど、やり方が違う。

 遠い国に住む友達は、そもそも『節分』を知らなかった。

 友達に伝えている自動翻訳後の文字情報を見たら、『holiday for end of winter』なんて出てた。

 間違ってはいないけどさ……違うよね。

 ニュアンスを伝える為に少ないボキャブラリーを総動員させた。


「──で、今日もその『御子みこ』の稽古があるんだ」

『ミコ?』

「えっとね、ウチの村では『節分』の祭りの時に『御子みこ』って呼ばれる主役みたいな事をする子供が何人か選ばれるのね?

 で、今年はその一人が私なの。

 御子みこって重要な役っぽくて、半年ぐらいかけて稽古したりするんだよ」

『半年! 大変だね!』

「まぁねー。でも、楽しいよ!」

『なら良かった!』

「あ、そろそろ稽古の時間だから行ってくるね!」

『ハァーイ。またねー』


 遠い国の同い年ぐらいの友達──レベッカとのビデオチャットを終わらせて、私は祭りの稽古の為に急いで公民館へと自転車で向かった。


 ***


 稽古場に着くと、いつものメンバーが既に揃っていた。

 が。

 ヒロニイの姿が見えなかった。

 ヒロニイとは、私の家のご近所さんで三つ年上の男の子。今年、私と同じように御子に選ばれて、昨日までは稽古に来ていたのに……

「あれ? ヒロニイは?」

 稽古をしてくれる村民会理事のおじさんにふと尋ねてみたが──

「アイツぁダメだ。の娘に感化されて、御子を辞めるとか言い出した」

 おじさんは、眉間にしわを寄せて難しい顔をする。

 そう言われて周りを見回すと、確かにヒロニイの他に、いつも文句言いながらやる気なく稽古していた女の子がいない。

「アイツんの親にも説得させようとしたが……無理だったようだ。

 祭りまでに、思い直すといいんだが……」

 そう言ったまま、おじさんは稽古を始めてしまう。

 私も、それ以上聞くことが出来なかった。


 そして、その日以来、ヒロニイと女の子が稽古に現れる事はなかった。


 ***


『節分』の祭りは、朝の六時から開始する。

 その準備の為に四時に起きなきゃならない。

 前日は夜の九時に布団に入ったけれど、祭りの緊張のせいで全然眠れなかった。


 布団に潜ってゴロゴロする。

 やっとウトウトし始めた矢先に、窓を誰かがノックする小さな音に気がついた。

 起き出して恐る恐る窓を開けると、そこには暫く見かけなかったヒロニイと、どこかで見た事のある女の子が立っていた。

「ヒロニイ……どうしたの?」

 驚いて声を上げると、ヒロニイは自分の口に人差し指を当ててシーっとする。

「ミロク、お前、明日やるのか?」

 明日やる……祭りの事だとすぐに気付いた。

「うん。だって、その為に稽古してきたんだし」

「お前、それで本当にいいと思ってンのか?」

「え? どういう事?」

 ヒロニイの言ってる事の意味が分からなくて、首を傾げて問い返す。

 すると、今までヒロニイの後ろに立っていた女の子がズイっと前に出てきた。

「貴女、疑問に思った事ないの? このを」

 よく知らない女の子──多分ヒロニイと同じぐらいの歳の子に、突然馴れ馴れしく話しかけられて、私は身を引いて構える。

 また、自分が半年も頑張ってきた祭りの稽古を『茶番』と表現されて、カチンときた。

「ありません。だってそもそもちゃんとした歴史あるお祭りだし」

「そんなの、ただ昔から続けられてきたってだけでしょ? その祭りの意味、貴女は知ってるの?」

 女の子にそう問われ、私は言葉を詰まらせた。

 確かに、実は詳しくは知らない。

 全国の『節分』と同じように、『鬼を追い出して福を招く』としか聞いていなかったから。

「ほーら。知らないでしょ? 私は他のトコの『節分』知ってるけど、あんな事しなかったよ?!」

 女の子の、その言葉で聞いてピンときた。

 この子、あのの子だって。

「そんなの、私も知ってるよ! ここの『節分』は独特だって! でも、他も独特だし違うのがむしろ当たり前なんじゃないの?!」

「だけどさ。そもそもオカシイと思わない?! なんで同じ『節分』なのに、やる事違うの?

 それってつまり──祭りそのものに、意味なんてないって事じゃないの?!」


 言われて、ハッとした。


 確かに『節分』のやり方が、地方で違う事を知ってたけど、『違う意味』まで考えた事なかった。

 どうして違うのか?

 違うのに、同じ『節分』と呼ぶのか?

 何故?

 分からない。考えた事ない。

 でも──


「分かんない。だけど、決まり事だもん。

 そう昔から決まってて、それで更に続いてるって事は、やらなきゃいけない事だからだと思う。

 場所によって内容が違うのも、きっと、何か意味があるからだよ。

 お母さんたちはその意味を知ってるみたいだし、もしかしたら大人になったら分かるのかもしれないし」

 私は、パジャマの裾をギュッと掴んで反論する。

 すると、ヒロニイが何かを言い募ろうとして、女の子に止められていた。

「ダメだよ、この子も。思考停止しちゃってる。やっぱり無駄だよ」

 女の子は、私に心底軽蔑したかのような視線を向けて首をフルフルと横に振る。

 すると、ヒロニイも何か諦めたかのような顔をして、一歩引いた。

「結局、お前も他のヤツらと同じなんだな……」

 そう吐き捨て、ヒロニイと女の子は暗闇の中へと走って行ってしまった。


 なんだか訳も分からず、ポツンと残される私。

 最初は呆気に取られていたけど、次第に怒りが湧いてきた。

 窓とカーテンを乱暴に閉じ、布団にバフリと潜り込む。


 最初、ヒロニイと女の子に対してブチブチ文句を言っていたけど、そのお陰なのか祭りの緊張の事はすっかり忘れて、いつのまにか寝入ってしまっていた。


 ***


 祭りの流れはこう。


 まず、朝日の登る前の滝で、『御子』たちが行水をする。水は死ぬほど冷たい。二月だしね。

 水から上がったら、衣装を着けて模擬刀を持ち、分散して各家を回る。

 そこで、家の人達は玄関に立つ御子の後ろに向かって煎った豆を投げる。

 投げ終わったら、御子は家の中に上がり、練習した舞の一つを家の人の前で踊ってから、その家でご飯を一口頂く。最後に、その家からお米とお野菜を貰って牛車に乗せて、また次の家へと行くのだ。

 それだけでメチャクチャ疲れるんだけど……

 全ての御子が全ての家を訪問し終わったら神社へ行き、散々練習させられた最後の舞を奉納する。

 そして、御子たちは額に朱で紋を描かれて、終わるのだ。


 最後に神主さんにこう言われる。


 ──テンジョウカラテンゲへ、イママサニヒトニカエサン──


 意味はよく分からない。


 祭りが全部終わったのは、深夜二時ぐらいだった。さすがにそれまで動きっぱなしなので、紋を描かれた時は一瞬寝てたね。


 一つ気になったのは──


 私の家の訪問リストの中に、あの女の子の家──が入っていなかった事だ。

 実際に、その家の前は素通りしたし。


 そして、ヒロニイも結局祭りに参加しなかった。


 家に帰ってベッドに直行すると、お母さんが私の部屋の雨戸を閉めて、窓の鍵を何度も確認してくれた。

「あのさ、ヒロニイの事なんだけど……」

 お母さんの背中にそう声をかけたが──

「ヒロくんの事は。あの子は、自分の意思でをしなかったんだから」

 と、なんだかとても冷たい声が返ってきた。


 その物言いに何か悪寒を感じた私は、お母さんの服の裾をクイクイと引っ張る。

 振り返ったお母さんは──泣いていた。

「ミロク。私達の節分は、鬼を払って福を招くだけじゃなく、成人の儀式も兼ねてるのよ。

 この村のルールなの。

 子供はね、生まれてから成人の儀式をするまではなの。龍神様の使いとして邪気を払う儀式を各家にやってから、人として戻ってくるのよ。

 お母さんもお父さんも、お爺ちゃんお婆ちゃんたちもみんなやったわ。

 だからのよ。

 そうじゃないと──」

 お母さんが、喉を詰まらせた。

 私も、その先の言葉の意味を理解して──


 その日は、お父さんとお母さんと一緒の布団に入って寝た。


 風がとても強いのか、雨戸がバタバタと物凄い音を立てていた。


 その中に──人の悲鳴が混じっていたような気がしたけれど──風の音が酷くてよく分からなかった。


 ***


 あの日以降。

 の人達は、丸ごと姿を消してしまった。


 その人達の家の窓が全部割れていたのを外から見た。

 お母さんに聞いたところ、家の中もまるで部屋の中だけ台風に襲われたかのように、大変な事になっていたらしい。


 その家の前に立ち尽くしていた村民会の理事のおじさんが、『この村に来た時に説明したのに。鬼に喰われちまったか』と嘆いていた。


 そして──


 ヒロニイも、あの日以降姿を消してしまった。


 ヒロニイの家のおばさんとおじさんが、泣き崩れていたのをウチのお母さんとお婆ちゃんが慰めていた。


 ──リュウジンサマノモトヘカエサレタノヨ──


 そう言いながら。



 了

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