食葬

枕木きのこ

食葬

「祖父が亡くなったんだ」

 

 今から四年前、誠二さんは夕飯の肉じゃがをつつきながら、向かい合っているはずの私のほうは見ずに、小さな声でそう言った。

 ——仕事中に電話がかかってきて、癌だったって、そこで初めて知った。

 続ける言葉は依然、力ないもので、私は、心の底から悲しい気持ちになったのを覚えている。


 葬儀の日取りが決まった、というのが、その二日後だった。

 ——佳苗には申し訳ないけれど、一緒に行ってくれるかい。と。


 誠二さんの故郷は、東京から高速に乗って約三時間、下道に降りてからさらに二時間、うねうねと右へ左へ曲がった先の、小ぶりな山のふもとにあった。

 民家は全部で九つほどで、若い人もいるにはいたが、密度で言えば圧倒的に老人が多かった。いわゆる、限界集落というものだ。


 彼の実家を訪れるのは、初めてだった。両家の顔合わせは、義父母がこちらのほうまで出張ってくれた。義父は東京に出るのは初めてだ、と言っていた。


 大きな日本家屋で、いかにも、田舎っぽさを感じさせる。

 居間の中央には囲炉裏があって、何かが焼かれていた。


「久しぶりだね、佳苗ちゃん」


 義母は柔和な笑みで私を出迎え、義父は囲炉裏のそばからチラリとこちらを見た限りだった。

 誠二さんはその義父の近くへすっと歩いていくと、何度か軽く肩をたたいてから、そのまま、背中をさすってやっていた。


 ほかに、親戚らしい人はおらず、いくつか飾られた遺影たちに、比較的新しいものが点在していたから、おそらく、そういうことなのだろうと、勝手に解釈をする。


 私は急にいたたまれない気持ちになって、早く済ませて帰りたい、と何度も頭の中で唱えていた。義父母がどうとかではなく、この、あらゆる場所から見られている、という感覚が、気持ち悪かった。


 ふすまで仕切られた向こう側に、亡くなった祖父がいるのだろうか。


 義母に勧められ、囲炉裏のそばに腰を落ち着ける。

 ——妙な、すなわち、嗅いだことのない奇怪なにおいが、鼻を衝く。


「ちょうどよかったね。さあ、そろそろ頃合いか」


 義父はそう言って、串にささった——肉を、義母や、誠二さんや、そして、私に、差し出してくる。


 葬儀の前に、肉を食う——?


 私の頭の中で、考えがするすると収束していく感覚が生まれる。

 

 そして、そんな憶測に過ぎない思考の断片から、——食べたくない——、拒絶が、思わず口を衝いて出た。


 義父は、驚いた顔で私を見た後、そのまま誠二さんのほうへぐるりと視線を動かして、


「言っていなかったのか」


 とだけ言った。

 誠二さんは、顔をうつむかせて、


「言えないよ。言えなかった」


 とだけ言った。


 義母の話は、いやに淡々と、以下のことを説明した。

 この村は戦時中、食が回ってこなかった。誰もが空腹で、病気になり、死んでいった。敵に見つかるから火も焚けない。土を掘っている間に銃弾が降ってくる。そんな中で、しかし、人々は弔いたかった。仲間を、家族を。

 ——そのうち、それがこの村の掟になった。


 ただ、それを聞いたところで、いきなり、顔も知らない人間を食べられるわけもなかった。


 結局、私は葬儀の最中、車の中でじっと過ごしていた。



 

 


 一昨日、誠二さんが亡くなった。

 

 私は、一人きりの食卓で、肉じゃがをつつきながら、泣いた。

 誠二さんのことを思いながら、静かに、静かに——。


「ごちそうさまでした」

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