第3話 接触する新聞記者と、三番目の子供ウーシャ

――


「姉様たちに見つかるから長居は良くないだろうけど、もしここに遊びに来るようなことがあれば、入って35番目の部屋を左に曲がって。そこが僕の、研究室だから」


「35番目の部屋を左……数え間違えそうだ」


「それぐらいの方がいい。《エスタリオン》にとって、レイ、君はあくまで侵入者だ」


「冷たいことを言う」


「ふふ、でも僕たちにしか分からないパスワードを設定しておいた。天井にある機械は音声認識システムでね。こう言ったらロックがかかって外からは誰も侵入できない」


 そうだ、あのパスワードを言えば――!



――



「私はお姫様になりたい!」


 僕は部屋の入り口で絶叫した。けれど、システムは何も反応しない。反応したのは、追い回す騎士たちだけだ。


「何を言ってる、この変態を早く捕らえるぞ!」


「まずい!」


 なぜだ? なぜシステムが反応しない? エンディのやつ、僕をからかうために僕を認証しなかったのか? それともエンディ自身にしか効力がないパスワードだったのか? これじゃあ、僕もエンディも単なる変態だ。


 幸いなことに、エンディの研究室は一目見ただけでは分からないほど、奥に小部屋が連なっていた。まるで、迷宮のように。壁のいたるところに、機械の図面や宇宙に関するメモが残されていた。まだ逃げおおせる。なんとしても、ウーシャを見つけなければ。


「ウーシャ! ウーシャ!」


 僕はウーシャの名を呼び続けた。なるほど、かくれんぼにはうってつけの場所だ。


 奥の小部屋は人1人が通り抜けられるスペースがあるかないか、といったところで、重装備をしている騎士2人にはいい足止めになった。


「おい、お前先に行け」


「くっ、つっかえて動きづらい」


 まだ未来は、僕を見放してはいなかった。


「ウーシャ! ウーシャ!」


 何個目かの小部屋の中の、小さな部屋。そこに、ウーシャは縮こまって座っていた。


「おじさん、誰?」


 当時からツインテイルだったのか、と感心する。今でもハリのある柔肌は、触ると溶けてしまいそうに感じた。大きな瞳は顔が小さいせいでより大きく見えたが、決して友好的なものではなかった。


「や、やあ」


 ウーシャを連れ出す方法を考えていなかったことに気づいた。どうにかしてここから遠く離れなければならない。王国の宮殿とこの研究室は近い距離にある。いつ過去の私が彼女を見つけるかわからない。


「おじさん、誰」


 ウーシャは同じ質問を繰り返した。僕は用意していた答えを返す。


「僕はブルー・ワンス。新聞記者だ」


「どうして嘘をつくの?」


「なんだって?」


「あなたの名前は、レッド・レイモンド。私にはなんとなくわかるの」


 未来予知の力、か。彼女自身不安定な時があるとこぼしていたが、今は冴えているらしい。なんて間が悪いんだ。


「私は近い未来、あなたのことをレイと呼んでる。けっこう仲良くしてるのかな……? とてもそうなれるとは思わないけれど」


「なれるさ。僕たちはいわば運命共同体だ」


 彼女に近寄った。ウーシャは受け入れることも拒絶することもなく、ただその体制のままじっとしていた。


「僕は君を連れて行かなければならない。行こう」


「どうして?」


えないか?」


 ウーシャは僕から視線を外し、エンディのタイムマシン設計図を見ていた。


「……少し視える。私は母様に連れられて、高い段の上に上っている。私は何も話していない。隣の母様が何か言っている。近くに姉様と兄様がいて、けれどエンディがいない」


 僕は頭を抱えた。それは最悪のシナリオを意味していたからだ。未来は変わらないというのか。どうあがいても、神の辻褄合わせには勝てないというのか。


「その未来を回避するために、僕は君を迎えに来たんだ」


「あなたには、未来がわかるの?」


「少しね。うまくいけば、この国のお姫様の願いも、君の願いも叶う」


「本当?」


「見つけたぞ、あそこだ!」


 ついに騎士に見つかってしまった。振り返ると1人だが、縦に並んでいるのだろう。


「観念しろ!」


 いくつもの部屋を横切りながら、騎士が迫る。ここまでか。



――


「私はエンディが羨ましかった。予言の力なんていう不確実なものなんかに頼らずに、自分の力で未来を切り開こうとしたんだもの。タイムマシンがその結晶。オカルトなんかじゃなくて、努力で未来を視た」


「嫉妬してる?」


「もちろん。私には姉様のようなリーダーシップも、兄様のような強さも、エンディのようなひたむきさもなかった。ただ与えられた、預言者という血筋だけ」


「……そう悲観することはないさ。僕が君たちきょうだいになれるなら、僕はウーシャ、君になりたい」


「あ、そうだ。エンディから聞いた? あいつの部屋のパスワードの話」



――



「もし、私の願いが叶うなら――」


 ウーシャが静かに言った。


「私はお姫様になりたい」


 その瞬間、天井の丸いセンサーが反応する。


『登録番号002、ウーシャのパスワード発話を確認しました。すべての部屋をロックします。解除のためには、解除パスワードが必要です』


 ガコン、ガコン、と大きな音を立ててすべての小部屋からスライド式の鉄の扉が出現する。そして、騎士たちを1つ手前の部屋に閉じ込めた。


「おい、なんだこれは!」


「開けろ、開けなさい!」


 そうか、そういうことだったのか。考えてみればすぐに分かることだ。エンディはなにも僕にいじわるをしたんじゃない。ここは10だ。この時代に、僕が登録されているわけがない。この時代においては、エンディはまだ5歳で、この少女はまだ7歳なのだ。


「エンディのやつ、ほんとに設定してたんだ……」


 そう、エンディは10年も前から、姉の願いを知っていたのだ。だからそれをパスワードにした。


 決して叶うはずのなかった、特別な願いを。

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