第6話 未来を視る幼女と、新聞記者レッド・レイモンド

 レッド・レイモンド。その名前は間違いなく、ブルー・ワンスという偽名を使った新聞記者の名前だった。彼は本名を誰にも言うなと言っていたのに、本当の名前を名乗って自分から戻ってきたのだろうか。窓を壊してまで逃げ出したのに? どう考えても不自然だった。


 彼は、自分とそっくりな男についていくなとも言っていた。もしも面会に来た男がそっくりな男だとしたら、ブルー・ワンスが彼を警戒するのも分かる。彼はきっと偽物なのだ。小汚い大人なのだ。大人はいつも口を尖らせて、小難しいことを話している。母様も、姉様も、兄様も。私とエンディにはそのことがあまり理解できない。私に分かるのは、未来を視さえすれば大人たちは喜ぶということだけだ。けれど私はそれをちゃんと視ることはできない。ぼやけていて、誰かが何かを話しているけれどそれが誰かも、どんな内容なのかも分からない。


 さっきレッド・レイモンド――いや、ブルー・ワンスと話した時、あの壇上の未来はいままでで一番よく視えた。でもブルー・ワンスはそれを聞きたくなさそうだった。その反応が新鮮で、かえって好感がもてた。私の家族は、私を異常に持ち上げる。私は、未来よりも明日のことが心配なのに、みんな明日をどこかに置き忘れてしまったようだ。ブルー・ワンスは、一瞬を生きているせわしない人のように思えた。


 はやく大人になりたい、と思った。兄様はクリナ姫がどうだとか、薬がどうだとか言っている。はやく何が起きているのか分かるようになりたい。けれど、どんなに頑張っても歳は1年に1度しかとることはできない。


 タイムマシンに乗れば、話は別かもしれないけれど。


「私も、その新聞記者に会いたい」


 私は、偽物を確認する必要があるように思った。兄様が舌打ちをする。


「自分の使命から逃げるな」


 姉様がため息をついた。


「イロー、お前は子供の扱いというものが分かってないな。今予知を強制したところで、ウーシャは動かん。いいだろう、どうせロクな人間ではない。子供と戯れさせるのがおあつらえ向きだろう」


 私は黙って、2人の後についていった。私は姉様も兄様も、母様も大嫌いだ。


「やっと見つけた」


 廊下でエンディと出くわした。息を切らせている。


「かくれんぼ、私の勝ち」


 エンディは私の言葉を無視して、自分の部屋がめちゃくちゃになっているのを見て泣き出した。



――


 兄様はレッド・レイモンドの姿を見て怒りだすどころか、笑いだした。


「くく、さっき俺から逃げ出したんじゃなかったのか、ブルー・ワンス。レッド・レイモンドというのは本名か? 偽名か?」


「え」


 レッド・レイモンドは一瞬固まり、そして私をちらりと見て、笑った。


「なにをおっしゃいますやら。僕の名前はレッド・レイモンド。これが本名です」


「そうか、ならさっきブルー・ワンスと言ったのはなぜだ? 何かの作戦か?」


「作戦……何のことでしょう、話が見えないのですが」


 こいつ、しらばっくれている。レッド・レイモンドの、偽物だ。



「お前は姉様に銃を向けた。それだけで重罪だ。もちろん身柄を王国に引き渡さずとも、この場で処刑される立場にある。もう少ししおらしくした方がいいんじゃないか?」


「処刑? いったい何のことです? 私は先ほど、クリナ姫から話を聞いてきたのです、いい情報が提供できればと思ってやってきたのです」


「と、いうことは」


 兄様はレッド・レイモンドに詰め寄った。


「貴様はあの姫の味方――回し者というわけか?」


「いいえ。私はいいスクープを書ければいい、と思っているだけです。どちらの味方でも、敵でもありません。もし内乱が激化した時――いち早く情報を発信できるようにしたいだけです」


 レッド・レイモンドはヘラヘラ笑っていた。まるで、内乱の開始を待ち望んでいるかのようだった。嫌な気持ちがしたけれど、好戦的なのは兄様も同じなのだろう。にやりと笑って、言った。


「いいだろう、そのクリナ姫からの話とやらを聞こう。もちろん牢獄でな」


「!? ま、待ってください、ぼ、僕は! 僕は何も!」



――


「状況を整理しますと」


 ケイトが深刻な表情で言った。


「……彼らは進攻を止めるつもりはない、と?」


「はい。【エスタリオン】のリーダー、アヴェルと話しましたが、クリナ姫が《世界の終わり》に関与している、その一点張りです。彼女の母親と妹は予知の力を有していますが、それでその未来を視た、と」


「なんと無礼な。この国を愛する姫が、《世界の終わり》だなどと……そんなこと、あり得ません」


 僕もそう思いたい。しかしアヴェルの言っていることは、事実なのだ。少なくともこのままでは。


「証拠はないのでしょう? 私が、未来で世界崩壊の場にいた証拠」


 クリナ姫が視線を向けた。その通りだ。現時点でその証拠は、その未来を視たケノンかウーシャしか持ち合わせない。たとえそれが事実だとしても、それを証明する術がない。


「はい」


「で、では、やはりあの禁断の薬を手に入れるための口実! ああ、恐ろしい!」


 ケイトが嘆いた。そう、物語の核心はここにある。


「薬……? 何のことですか」


「数十分前にも、同じ質問をお受けしましたが?」


 ケイトが睨む。無理もないことだ。


「す、すみません……」


「いいわ、ケイト。彼にも誤解されないよう、何度でもご説明いたします。【エスタリオン】が欲している薬――《ヘヴン》は、精神的に病んだ人に効く精神安定剤、という勘違いをされていますが、本当はマッドサイエンティストがつくった禁薬――もちろんこの国でも禁止されている、麻薬なのです」


「麻薬……」


 そう、この薬をめぐって僕たちは波乱の十年を迎えることとなる。あの薬が誰の手にも渡らず破棄されなければ、《Noah》は動き出してしまう。


「なぜ彼らは、その薬を?」


「なんでも、お母様を助けるためだとか……エスター家のお母様は、その……精神に問題が?」


「ええ、まぁ、少し――」


 彼女が精神的不調に陥った理由、それは紛れもなく夫の死であるはずだ。けれど、彼女の性質、すなわち未来を確認するという行為そのものが、彼女を追いこんだような気さえする。通常であれば、人間が体感できる時間は今という一種類に限られるのに、彼女はその力ゆえに複数の時間を旅してしまった。未来が明るければそれは幸せなことだが、残念なことに往々にして未来は、暗がりで膝を抱えている。


 ウーシャにも同じ思いをさせたくはなかった。早く終わらせて、未来に帰らなければならない。


「その薬はどこへ? まさか、誰かが持ち去ったりしていないでしょうね?」


「心配はありません。奥の宝物殿に隠してあります」


「確認、させていただくことは……?」


 おそるおそる、僕は訊いた。ケイトが叱咤する。


「あなたも恥を知らない人ですね。一般人のあなたに宝物殿を見せるわけないでしょう」


「いいわ、ケイト。ご案内して」


「姫! 正気ですか」


「ええ」


 クリナ姫は温和に笑った。


「あなたは信頼できる――なんとなくそんな気がするの」


「質問事項すら覚えていない男がですか」


 ケイトが頭を抱えた。僕は苦笑いを浮かべながら、次の手を考えていた。


 薬を盗み出し、未来へ帰還する――。

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私はお姫様になりたい @moonbird1

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