第5話 招待される新聞記者と、王女クリナ
――
「……せっかくエンディがつくった仕掛けなのに」
「引きこもるための仕掛けなどいらん。まったく、下の子供はロクなのがおらんな。さぁウーシャ、預言を聴け」
「視えないし、聴こえない。母様や兄様が追いつめると、未来がぼやけるの」
「追いつめる、だと? 甘ったれたことを言うな、お前が未来を視なければ、母様は――」
「イロー」
「姉様!」
「ウーシャのことはいい。お前に面会したがっている男がいる」
「面会、ですって? 何者です」
「レッド・レイモンドという名の新聞記者らしい」
「レッド・レイモンド……?」
――
「すごいな、今のどうやったの、レッド!」
快活に話しかけてくる彼。肌は姉に似ず褐色で、14歳にしては小柄な背丈は愛らしい印象を与える。時を越えなければ、2度と会うことができなかった人間の1人だ。
「……追手が来る。ここは危ない、逃げよう」
「それって、姉さんの?」
「そうとも言う」
「へへっ」
リトルは笑いながら、宮殿への道を急いだ。結局最初に過去にやってきた場所に立ち返ることになる。私と共に来たウーシャは何をしているのだろう。ことが終わるまで待機しているように言ったが、これではいつことが終わるのか分からない。
「……なぜ僕の名を知っている」
「変なこと聞くんだな、レッド。さっき会ったばかりじゃないか。聞き込みをするって言って宮殿を離れたかと思ったのに、あいつらの研究室の方から出てくるなんてすごいや。もうそこまで親密になったのか」
見つけた。ついに、過去の私を見つけた。あの男、ここに向かったのか。ならば入れ違いになる可能性がある。エスター家に接触する前に始末したいが、逃げてきた場所にまた現れるなんておかしな話だ。
それに、こちら側の人間に会いたい気持ちもある。
「親密になったのなら、窓から逃げたりしない」
「早速スパイ認定されちゃったわけ?」
「当たらずとも遠からず、だな」
「なにそれ。もう一杯ぐらい、紅茶飲んでいくだろ?」
こうして、僕は宮殿に足を踏み入れた。煌びやかな内装は、まだ破壊されていない。
――
「さっきお見送りしたばかりでしたのに、もう戻ってこられたのですか」
ああ、懐かしい。僕を出迎えたのは、姫専属のメイド、ケイトだ。メイド服が良く似合うショートボブの女性で、内乱が始まるまではよく話し相手になってもらっていた。
「あら、少し、雰囲気が違うみたい。まるで――」
お年を召したみたい、と彼女は言いたいのだろう。みたいではなく事実なのだ。早く変装の手段を見つけなければ、ブルー・ワンスがレッド・レイモンドであるということに感づかれてしまう。
「しょうがないさ、ケイト。レッドは逃げてきたんだ」
「逃げてきた? まぁお話は中で――」
その瞬間だった。荘厳な螺旋階段から、ゆっくりとした歩みで下に降りてきた姫に出会ったのは。
「クリナ姫――」
「レイモンドさんったら、もう戻ってこられたの? ……今度はエスター家に話を聞くって言ってらしたのに」
突然の登場に、ケイトが制する。
「下に降りてはいけませんとあれほど言ったでしょう、姫!」
「部屋にいたってなにも楽しくないわ。それに――丸腰で帰ってきたわけじゃないでしょう、レイモンドさん」
優し気な口調だが、その瞳には疲労と狼狽が見えた。言うなればテロリストにあらぬ疑いをかけられた身だ。潤んだ瞳には何の罪もない。
銀のティアラを身につけた、白き姫。
クリナ・プロロネシアこそ、僕が過去へ戻った理由そのものだ。
「……あなたにも、お聞きしたいことがあるのです」
《Noah》の起動音が聞こえた気がした。そんなことはない。これは幻聴だ。外には、のどかな宮殿の風景が広がっている。
「また、ですか? あなたって面白いわ。退屈な姫でよければ、何度でもご招待しましょう」
クリナ姫は、柔らかな笑みを浮かべた。この時、18歳だったはずだ。イローと同い年である。10年という歳月は過ぎてしまえばあっという間だが、過去から見ればとてつもない時間のようにも思える。
頭の中を、まるで歴史年表のように数字が駆け巡った。単純な話、すべての出来事や年齢から10を引けばいいだけだ。アヴェルが20歳、イローとクリナ姫が18、リトルが14でウーシャが7、そしてエンディが5歳――。
そして私が――。
「相当お疲れのようね、顔色が悪いわ」
「お気遣いありがとうございます。でも、あなたこそ」
「まぁまぁ、紅茶でもどうぞ」
カチャリ、という音を立ててケイトが紅茶をテーブルの上に置いた。王国の紋章が刻まれた、特別なマグカップ。
「それで、あちらはなんと?」
何から話し始めていいのか分からなかった。10年前にここでクリナ姫に取材した内容を、僕はもう忘れかけていた。再度この場で訊こうと思ったが、だったが、彼女にしてみればついさっき答えたばかりなのだ。
ウーシャのドレス姿が重なった。ウーシャを未来に帰すべきかもしれない。彼女の居場所はこの時代にはないのだ。正当な彼女が、7歳の姿であそこにいるのだから。
僕は息を吸い込み、ゆっくりと吐き、話し始めた。
「【エスタリオン】は異常な集団です。はっきり言って、話が通用する相手ではない」
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