第4話 逃走する新聞記者と、二番目の子供イロー
「むかしむかし、あるところにお姫様がいました」
「それって、クリナ姫?」
「さぁ、どうだろう。その人には、とてもとても大切な家族がいたんだ」
「エンディみたいな?」
「そうかもしれない」
けれど、彼は【エスタリオン】との抗争に巻き込まれ亡くなってしまう。そこからだ、あらゆる逆転現象が起きてしまったのは。
《Noah》が全てを壊してしまったのだ。既存の関係性も、生き方も、守るべきものも。
「僕は彼女たちを守らなければならない。そのために、この国にやってきたんだ」
「あなたは、騎士なの?」
「そうでありたかった。けれど、僕はただの新聞記者だ」
自分に軍事力があれば、なにか変わっただろうか、と邪推する。例えばイローを止めるとか、リトルを助けるとか、そういった類のことが、僕にはできただろうか。
僕は売れない新聞記者だった。戦争という名の一大事を、仕事のための道具としか考えていなかった。その重大さに気が付かなかったのだ。僕にとってスクープは単なる金ヅルだった。どれだけ過去に遡っても、その事実は消えやしない。
壁に挟まれた騎士たちはしばらくの間叫んだり剣を振りかざしたりしていたが、やがて諦めたのか無言になった。しばらくすると、ウーシャの腕時計が鳴った。電話だ。
「……はい、兄様」
緊張が走る。ここをそう簡単に突破されるとは思わないが、イローのことだ。油断はできない。
「何をしているんだ。早く礼拝堂に戻って未来を
「で、でも――あそこにいると、うまく視えない。母様も、未来を視せなさい、って言うけれど、ぼやけてよく分からないの」
「泣き言を言うな。……それと、そこのお前」
侵入できなくても、やはり監視の目は行き届いているか。
「ブルー・ワンスと言うらしいな。姉様から聞いた。【エスタリオン】に歯向かうお前の目的はなんだ」
「あなた方を夢から目覚めさせるためです。《世界の終わり》なんて来ないし、クリナ姫は関係ありません」
「……お前は姉様に銃を向けた。すぐにでも捕縛され処刑される運命にある。けれど妙だな、単にその未来を信じていないというだけなら、わざわざそこまでする必要はないはずだ。まるでお前は、決まった未来を捻じ曲げようとしているようにしか思えんよ、ブルー・ワンス」
この男――やはり切れ者だ。癖のある4きょうだいのうち、もっとも敵に回したくない相手。
「……今更許されるとは思っていません。けれど、私にも使命があります。死ぬわけにはいかない。逃げ切ります、どこまでも」
「フン」
通話が切れると同時に、35番目のはいぇの入り口から、かすかに音がした。続いてドリルの音。
「な、なに!?」
ウーシャが怯える。無理もない。イローは目的のためなら手段を選ばない男だ。
「このままでは危険だ。ウーシャ、君はお兄さんの所に戻りなさい」
「あなたはどうするの?」
「……人を捜しているんだ。君に3つお願いがあるんだけど、いいかな?」
徐々に大きな音を立てながら、エンディの施したロックシステムが破壊されていく。騎士たちは歓声を上げ、イローを称えた。
「イロー様が助けに来てくださった!」
「さすがはイロー様だ!」
ウーシャが黙ってうなずく。
「いい子だ。まず1つ。僕の本名を誰にも話さないこと。2つ目は、僕とそっくりな、僕より少し若い男の人にはついていかないこと。3つ目は、もし危なくなったら、1つ目と2つ目のお願いを忘れること。約束、できるかな」
「あなたって不思議な人。全然意味が分からない、ごめんなさい」
「心に留めておいてくれるだけでいい」
「また会える?」
僕はエンディの机の上にあった工具を手に取った。幸いここは1階で、最奥のこの部屋の窓をたたき割れば脱出できそうだ。
「あと、エンディに謝っておいてくれ。ブルー・ワンスがガラスを割ったとね」
強く打ち付け、ガラスを割った。そのまま、下へ飛び込む。
「さよなら、ブルー・ワンス」
去り際、小さなウーシャが微笑むのが見えた。
――
完全に予想外という意味では、未来は変わっている。過去の私がイローに出会ったのは、もっと後のはずだった。もちろん、かねてから最強の戦士の噂は聞いていたが、実際に対峙するのは内乱が始まってからであったはずだ。あんな形で――エンディの部屋で出会ったウーシャのホログラムという形で知り合うなんて、過去の私が経験しえなかったことだ、
たしか過去の私は、ウーシャを追い立てるアヴェルに出くわし、彼女を助けるためにあの部屋の地下に潜ったはずだった。この時代にタイムマシンは完成していないはずだが、どうやってあれを起動させたのか覚えていない。時の流れは残酷だ。忘れてはならない一瞬一瞬が色褪せて変質する。本当はウーシャを連れ出して一緒に逃げながら過去の私と引き離したかったが、彼女に窓を飛び越えるなんて酷なことはさせられない。彼女が研修室に残ったということは、過去の私が接触しやすい状況をつくってしまったということになる。雲行きは怪しいように思えた。ウーシャを置いてきてしまった以上、過去の私を見つけ出すことが先決だ。
ついさっきまで考えていたことと、また行動が変わってしまった。最悪の場合、やはり過去の私をころさなければならないかもしれない。こんな調子では、タイムマシンのそばで待つ現代のウーシャが悲しい顔をする。
殺されかけたぐらいで諦めるような奴じゃないだろう、私は。きっとまだこのあたりをうろついているはずだ。根気強く、探すしかない。
私は窓ガラスの破片を払いのけながら、目の前に広がる人工芝の景色を眺めていた。人影が見える。こちらに近づいてくるのは、
「おーい、おーい!」
クリナ姫の最も大切な弟、リトルだ。
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