第2話 説得する新聞記者と、最初の子供アヴェル


「入れ」


 【エスタリオン】お抱えの騎士に捕縛されながら、謁見の間に入る。10年前の時点で父親は死んでいるはずだから、母親を除けば彼女がトップであることは疑うまでもない。


「さて。お前の素性を調べようと全世界の人口データにスキャニングをかけた。しかし、ブルー・ワンスという名の新聞記者は該当しなかった。同姓同名の人間すら、だ。どういうことか説明してくれるかな?」


 答えは簡単だ。この名前は安易な偽名である。


「そんなことはない。私はメリーゴー出身の新聞記者です」


 嘘と真実を混ぜる。それにより、本質はより深く影に身を潜めるだろう。


「……怪しいな。質問を変えよう。先ほどはあんな路地で弟相手に何をしていた」


「僕からも質問があります、アヴェル……あなたはなぜ」


「貴様、【エスタリオン】総帥のアヴェル様になんという態度!」


 背後の騎士たちがざわついた。


「……どうやら我々が何者か分かっていないようだな。我らは《世界の終わり》から世界を救う最高機密機関【エスタリオン】。私はその総帥だぞ。身をわきまえろ」


 総帥、ねえ。確かアヴェルはまだ20歳だったはずだ。誤った知識を身に着け思い上がった若者が最も危険なのだ。アヴェルも、ウーシャも、そして私も。


「こ、これはとんだ御無礼を。しかし不思議に思ったもので、つい。こう言っては何ですが、あなたたちは一介の宗教団体。ここまでの設備と人間を動かせるとは思いもよりませんで」


「父のおかげで財産には困らなかった――ただそれだけの話だ」


「そう、ですか」


 【エスタリオン】の創設者、キール・エスター。彼は大富豪でありながら元軍人で、多数の屍の上に立った猛者もさと聞いている。彼が不慮の事故で亡くなってからというもの、元々不安定だった妻、ケノン・エスターは精神的不調から取り乱し、そして未来予知と称する不安定な神託に溺れクリナと敵対することになった。そしてその使命が、娘たちに受け継がれている。


「アヴェル……こんな研究間違っている。《世界の終わり》なんて来るはずがない。ましてやそれにこの国の王女が関係してるなんて真っ赤な嘘だ。今すぐ内乱の計画を止めるんだ。それは君にしかできない」


「ほう……」


 アヴェルが詰め寄る。その瞳に、決意の揺らぎはない。


「この国の若き王女クリナも、同じことを言っていた。奴だけではない、多くの平和ボケした国民たちが、この平穏が一生続くと根拠もなしに信じている。だが《世界の終わり》は、我が母ケノン・エスター、そして妹ウーシャがた紛れもない現実なのだ!」


 アヴェルの意志に反応して、自動で光線銃のスイッチが入る。


「排除対象を確認しました。……該当データがありません、排除しますか?」


「無論だ」


「承知しました」


 エネルギーが溜まっていく。僕は慌てて、ウーシャを探した。


「ま、待ってください! あなたの妹さんはどこに!?」


「お前が知る必要はない」


 ここで私が過去の私とウーシャを引き離さなければ、未来は変わらない――なんとしても、死ぬわけにはいかない。


「やめて、姉様!」


 その瞬間、エンディが部屋に駆け込んできた。


「どけ、エンディ」


「僕の光線銃を乱用しないでっていつも言っているじゃない」


「どけと言っている」


「姉様がそれを使ったら、また部屋を直さなきゃ――使用人たちだって大変だよ」


 エンディ、やはり君は最高の友人だよ。


 僕は元の時代のエンディからもらった光線銃をアヴェルに向けた。


「貴様……それが何を意味するのか分かっているのか?」


「《世界の終わり》を止められるなら、僕は君に反抗する」


 僕は光線銃から空砲を放った。登録者でなければ自動操縦はできないが、どのみち燃料は入れていない。


「くっ!」


「き、貴様!」


 後ろの騎士2人が反応する。しかし、逃げ足の速さは昔から一流だ。


 誇れることじゃないよ、と姉弟2人は口をそろえて言ったが。


「エンディ! ウーシャはどこへ?」


「奥の部屋でかくれんぼをしてたんだ……あなたはいったい」


「ありがとう!」


「ま、待て!」


 僕の背中に、アヴェルの冷たい声が響く。


「我々の研究所で身を隠すなどできるものか。直ちに見つけて惨殺せよ」


「はっ!」


 ウーシャを見つけて遠くで遊ばせ、元の時代の僕とウーシャはタイムマシンに乗って帰ればいい。それだけで、未来は変わる。本当は過去の僕を殺害したかったが、その必要はない。この時代の私とウーシャが出会いさえしなければ、クリナは白いドレスを着た姫のままだ。


 奥の部屋、という漠然とした指示に参りながらも、騎士たちから逃げる意味もあって走り続けた。この建物は大別して礼拝関係の施設と研究施設があるが、広大な研究スペースには大量の小部屋があり、しらみつぶしに調べていってもキリがなさそうだった。こうなるくらいなら、タイムマシンの中でウーシャに訊けばよかった。


 君はどこに隠れていたんだ、と。


「ウーシャ! どこだ、ウーシャ!」


 後ろから、装備の重たい音がする。奴らはすぐそばまで来ている。僕は荒い息をそのままに、目に付いた左側の小部屋に身を隠した。


「左だ!」


 考えてみれば、曲がり角でもなんでもない場所で曲がってしまったのだから、行先なんて1つしかない。騎士は俺のあとをそのまま追いかけてくる。


 絶体絶命だった。けれど、その小部屋に入った瞬間、僕は晴れやかな気持ちになってしまったのだ。


「そうか……ここは――」


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