私はお姫様になりたい

@moonbird1

プロローグ

「別に、何かを得ようっていうわけじゃないんだ。また君に会いたいんだ。それだけでいいんだ。かつての君に、未来で」


「馬鹿らしい。あなたが何をしようと、何を言おうと、私はこの世界を破壊するわ」


 出発の準備は整っていた。後は、タイムマシンに乗り込むだけだった。このタイミングで彼女に会えるなんて、思ってもみなかった。


「時を越えることが禁忌だということは分かっている。邪道だということも。本当は、こんな手を使うんじゃなく、今すぐ君を抱き留めて今の君を救うべきなんだろう。それも分かっている」


「たとえあなたに抱き留められても、私の心は動かない。私にとって最も大切なのはリトルなのだから」


 リトル。文字通り小さな子供だった彼は、風にさらわれ星になってしまった。その光を目視できるようになるのは、ずっとずっと先の未来だ。


「それを否定するつもりなんてないさ。分かっているつもりだ、君がどれほど、彼を深く愛していたか――そう、嫉妬するほどに。けれど失ってしまったものは取り戻すことはできない。たとえ過去に行ったとしても、だよ」


 クリナの装いはかつての真逆だった。一国の姫としての清楚さを純真に守っていた白のドレスは、彼女の意志を表現するかのように黒に染まってしまっていた。


「あなたのその、なんでも分かっている風なところ、大嫌いだったわ。昔から」


「過去は変えられない。けれど未来は変えられる。僕が過去に行くのは、過去を変えるためじゃない。未来への布石を打つためだ」


「月並みな言葉ね」


 月並みな言葉だと僕も思う。けれど、誰もが聞いたことのあるフレーズを残せる人間はそう多くない。最初に誰がそう言ったのかはもちろん分からないけれど、その人はきっと誰よりも、に自覚的だった人だ。その感性を持つということには、多大な勇気がいる。それは一種の諦めであり、一種の挑戦でもあるからだ。


「月と言えば、月がきれいだね、クリナ。僕は君のことを太陽のように思っていたけれど――月もよく似合う」


「黙って」


 全てをかき消す轟音が響いた。完全自立型殺戮用アンドロイド《Noah》。その銀の巨体が、彼女の何倍もの大きさと怖さを携えてこっちに向かってくる。


「もう、すべてが間に合わないのよ」


「なんだって?」


「排除対象を確認しました。実行します」


 なんて冷たい声だ。こんなのただの機械人形だ。クリナ、君は機械音痴だったじゃないか。戦争を誰よりも憎んでいたじゃないか。誰よりも、この戦争兵器ボンクラを嫌っていたじゃないか。


 それとも、今でもそうなのかい? 君は本心で、誰かの決めた未来に沿おうとしているわけじゃないのかい?


 その黒い瞳からは、本心なんて見えやしない。鋼鉄の腕が、タイムマシンもろとも僕を押しつぶそうとする。


「もう時間がない、レイ!」


 タイムマシンの中から聞こえた声。彼女は勢い余って船内から飛び出した。


「もうやめて、クリナ!」


《Noah》の前に立ちふさがるウーシャ。その瞬間、機械人形は動きを止める。


「排除対象に合致しない人物が現われました。確認します……《世界》コード、0003。ウーシャ様。排除対象ではありません。攻撃を中止します」


「ちっ。これだからあなたはボンクラなのよ。彼女も排除対象よ。さっさと殺して」


「クリナ様の命令を認証しました。プログラムを書き換えています……ウーシャ様のコードをデリートしました。排除対象を再確認します」


「今のうちに、さあ!」


 ウーシャが手を伸ばす。その白のドレスは、彼女のおさがりであることを誰もが知っている。かつての彼女に、もっとも似つかわしくない代物であったことも。


「数年前まで悪の組織の一員だったくせに、よくもまあ私の服を着れるわね。悪の令嬢にとっては、泥棒なんて造作もないのかしら?」


 ウーシャは一瞬足を止め、唇を噛み、そして振り返った。


「……私は、かつてのあなたを取り戻して見せる、レイと一緒に! それが私にできる、贖罪だから」


「贖罪……? くだらない言葉免罪符にして、自分を納得させているだけよ」


「あなたに悪役なんて似合わないよ、姫。私は本気。けれど、私の言葉を信じてくれないのなら、結末を未来に訊けばいい。真実は、未来だけが知っている」


 僕たちは、急いでタイムマシンに乗り込んだ。あらかじめ設定しておいた時間を確認し、そしてレバーを引く。


 轟音が響いた瞬間、僕たちはその場から消えた。目を開けると、目の前に光が満ちていた。ウーシャが口を開く。


「ごめんなさい……全部私のせいなの。私なら、クリナを止められた。私があの時、未来になんか行かなければ――」


「君のせいじゃない。あの時君を未来に連れて行ったのは僕だ。だからこそ、次の世界線で僕は」


「……本気なの?」


「本気さ、姫」


 視界が開けてきた。


 過去に行って最初にやるべきこと、それは自分自身の殺害だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る