あの桜の木の下で

揣 仁希(低浮上)

貴方の隣を歩くために


彼が帰ってきてから2カ月。

もうすぐ彼はまた夢の続きを追って海外に行ってしまう。


でも、私も昨日までの私じゃない。もうあんな思いをするのはイヤ。

この2カ月間、私はずっと考えていた。私にもできること、私にしか出来ないこと。


彼が海外に旅立つ日。私は空港で彼に言った。

今度会える日まで一切連絡はとらないと。

次に彼が日本に帰ってくるのは早くて四年後。だから私はその四年間で自分をもう一度見つめ直すことに決めた。

もちろん彼は困惑して理由を聞いてきた。

私も出来る限りの説明をした。今までのこと、これからのこと。


空港のロビーで彼は私をきつく抱きしめて頑張れよって笑って言ってくれた。

別れの挨拶は今までキスだったけど今回は握手だった。

なんだか照れ臭くて彼の顔を見れなかった。


小さくなっていく飛行機を私は振り向くことなく空港を後にした。



そして四年後


私はカナダからの帰りの飛行機の中にいた。

彼を見送ったあと私は努めていた会社を辞めた。大学にもう一度入り直すことも考えたが、私はこの日本を離れることを選んだ。

彼が海外で働くのであれば少しでもいい、役に立ちたい。そう思い私は全く言葉も分からないような土地で勉強することにした。

今までの自分をリセットして新しい自分になるために。


最初の一年は必死だった。生きてきて一番必死だったと思う。挫けそうにもなったし日本に帰ろうとして空港まで行ったことも何度もあった。

でも私の中での決め事ルールを破りたくはなかったから。

誰にも頼らず自分だけで何とかする。そうしなければ彼の隣どころか後ろ、いや10歩後ろも歩けない。


そうして二年三年たった頃には、私はすっかり現地に馴染んでいた。英語だって何不自由なく話せるようになった。彼がいる中東の国の言葉だって話せるようになった。


四年目、私は一人カナダに渡った。ちょうど暮らしていた街の学校の紹介で臨時の教師の仕事を斡旋してもらえたからだ。


国が変わっても私は充分にやれた。今までの三年間は無駄じゃなかった。そう実感できたことは大きな自信になった。

同時に今までの自分の不甲斐なさに情けなくもなった。

彼が熱く夢を語ったあのときに私がもし今の私だったら彼と共に歩んでいけていたのじゃないかと。

たらればは馬鹿らしいとはわかっているがそう思わずにはいられなかった。

カナダでの一年はあっという間だった。



そして私は今、彼に会うために四年ぶりに日本に帰ってきた。

久しぶりに見る日本はどことなく物足りなさを感じるものの感慨深いものもあった。


四年前に彼と決めた再会場所。

私達が通った学校の桜の木の下。


再会の日の前日、私は十数年ぶりに母校を訪ねた。

街並みはすっかり変わってしまったけれど、学校へと続く石畳みや街路樹、長い階段、そしてあの桜の木は何一つ変わることなく私を迎えてくれた。


季節は五月も半ば、桜の花はもう散ってしまっていたけどその大樹は雄大で優しい私を包んでくれた。まるで彼のように。


その日の夜は中々寝付けなかった。明日彼に会える。会ったら何を話そう、何を聞こう。頭の中をぐるぐると色々なことが浮かんでは消え浮かんでは消え、結局眠りについたのは朝方だった。


待ち合わせの時間は3時45分。

卒業式が終わった時間。そして私たちが新しい道を歩き始めた時間。


私は時間ぴったりにあの桜の木を訪れた。


桜の木の下には、男性が一人。

変わらない真っ黒に日焼けしていて。


私が近づいてくるのに気がついて振り返った懐かしい彼の顔。


「ただいま、チカちゃん」

四年前と全く変わらない彼の笑顔と彼の台詞。


「おかえりなさい、ハルキくん」

私も彼に負けないくらいの笑顔で返事を返し手を差し出す。

彼は差し出された私の手を強く握った。

別れたときと同じように握手をする。


しばらく見つめ合ったあと、自然と涙が零れた。

やっと私は本当の意味で彼の元に帰ってこれた。


桜の木の下で私達はあの卒業式の日のように長い口づけを交わした。


「ただいま」


「おかえりなさい」





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あの桜の木の下で 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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