【KAC4】願い事を叶える魔筆

綿貫むじな

願い事を叶えよう。なんでも書いてみるが良い。

 ある高名な魔導士は、迷宮の最奥に求める物を見つけた。

 深く深く、果てなど無いのではと思われるほど地下に潜って見つけたそれは、仰々しい装丁を施された本と共に祭壇の上に鎮座していた。

 魔導士はペンを取り、その本に何かを書きつけた。

 虹色に輝く筆の先から魔力を感じ取った魔導士は、果たして何を書いたのだろう。



 時代は巡って。

 ある王国の王様にペンは贈り物としてやってきた。

 見事な装飾を施されたそのペンを王様は気に入り、宝物庫に入れる事にした。

 その前に王様は、新年の抱負を書こうと思い羊皮紙を用意してこう書きつけたのである。


”我が王国が領土を更に広げ繁栄し、そして我が血筋が脈々と未来にまで続く事を願う”


 王は紙に書きつけた後、ペンを宝物庫にしまった。

 すると夜、眠っている王の所に侵入者が訪れたという。不気味な事に侵入者に対して警備の兵たちが誰も反応しなかったのだ。しかし王自ら撃退したのか、侵入者は翌朝には消えていた。だが王はその日から日の出ている時には姿を見せなくなった。

 そして王国には噂が流れる。

 吸血鬼が夜な夜な処女を襲いにやってくると。

 ある貴族の邸宅にて、処女を狙うと言う噂を聞きつけ夜中に一人娘の部屋を警備していたところ、果たして吸血鬼はやって来た。だがその姿を見て警備の者や家主である貴族は驚きを隠せなかった。

 

 吸血鬼は王そのものだったからだ。


 王は貴族の娘の首筋に食らいつき血を吸い、娘を眷属として仲間に引き入れてしまった。

 王が吸血鬼であることを隠すかどうか、配下の者たちが迷っている間に次々と眷属は増え、やがて王国は吸血鬼の国として繁栄した。

 また王が吸血鬼としてほぼ永遠の命を得る事によってその血脈が絶える事は無くなったのである。


 

 時代は更に下る。

 ペンは数奇な運命の果てに、ある男のもとにやって来た。貧乏な家で、食うにも困る日々を送っていた男だった。父母は既に無く、兄弟たちも散り散りになってしまい孤独の中を生きていた。戦乱による傷の為に体に障害を負い、働く事も出来ずに施しを受けて何とか生き延びていた。施しを受ける日々の中でもペンだけは手放す事は無かった。

 だがある日、街ごと戦火に巻き込まれて焼け出される羽目になる。

 街道を歩いて隣の街を目指していたが、障害を負った体の上に元々良く食べられずに弱っていた彼は、そのうち倒れ込んでしまう。

 無意識のうちに彼はペンを手に取り、ポケットに残っていた紙きれに書きつける。

 

”腹いっぱい、メシを食べたい……”


 そのまま彼は意識を失い、やがて冷たくなっていった。

 普通ならば旅人などによって死骸の報告がなされ回収され、無縁仏としてどこかの街の墓に埋められるか、そのまま朽ちていくかなどするのが運命なのだが、数奇な運命は彼の事を見放さなかった。

 世を忍ぶ魔術師がちょうど通りかかり、彼の死骸を見つけたのである。

 死骸を寝ぐらに持ち帰った魔術師は、彼の体に術法を施した。

 彼は程なくして蘇ったのである。

 

「お、俺は一体どうなって……?」

「うむ、術法は成功したな。素晴らしい出来栄えだ」

「あ、貴方は一体?」

「儂か? 儂は通りすがりの魔術師じゃよ。お前が道端で野垂れ死んでいるのをな、ちょいちょいと蘇らせてやった」

「ほ、本当ですか!? 何とお礼を言って良いか……」

「何、ちょっとした人助けじゃよ」

「い、いえ、それでは俺の気が済みません!」


 そう言って、男は懐からペンを取りだした。

 何を渡されるか期待もしていなかった魔術師は、そのペンを見てにわかに顔色を変えた。


「お主、ただの乞食かと思っておったが中々どうして立派な宝物を持っているじゃないか」

「わかりますか? これは俺の家に伝わる家宝だったのですが、戦乱で家は焼けて家族も散り散りになった今、後生大事に抱えて持っていても仕方がないですし、高名そうな魔術師の貴方の手元にあってこそ役に立つと思います。だから受け取ってください」

「そうまで言われたら、受け取らんわけにはいかんの。有難く使わせてもらおう。さあ、お主は自由だ。行くが良い」


 言われ、男はねぐらから出た。

 嘘のように体は元気で、幾ら歩いても疲れない。生きているとは素晴らしい。

 この調子なら隣の街にも二日くらいで着くかもしれない。足取りは軽かった。

 ただ困った事に、どうも腹が減ってしまった。

 しかもこの腹の減り方は尋常ではなく、胃の底から突き上げてくるような飢餓感が彼に襲い掛かっている。

 なんでもいいから腹に収めないと、やばい。

 その時、ちょうど旅人が通りがかった。運のない事に。

 男はすぐさま旅人の喉笛に食らいついた。旅人は驚く間も無く絶命した。

 無我夢中で旅人の肉体を貪っていた時に、彼は確かに幸せを感じていた。


 腹一杯に肉を食べるという幸せを。

 

 やがて飢えを満たした後、男はようやく正気を取り戻して自分が何をしたかを認識する。

 しかし彼は驚くほど冷静だった。同時に、何故自分はあの時に人間を食わなかったのかという疑問を抱いたほどだった。自分の体が冷たかったのも認識したが、それも大したことだとは思わなかった。


「人を喰らう事は、今の俺にとっては当たり前だ。人なんて食料の一つに過ぎない」


 二日後に彼が街に到着したのと同時に、屍食鬼が出現したという噂も国中を駆け巡ったが、真偽の程は定かではない。



 更に月日が経って。

 とある修道院に、返礼品としてペンが贈られた。

 あまりにも装飾が見事で宝石が惜しげもなく使われているそのペンは、よっぽどな宝物に違いないと思われ、普段は宝物庫に収められる事になった。

 ある時、一人のシスターがペンにまつわる噂を聞いた。

 願い事を叶えるペンがある。それは宝石で煌びやかに彩られ、ペン先は虹色に輝いており、インクを付ける事なく紙に書きつける事が出来ると。

 間違いなく修道院に収められているペンだと確信したシスターは、夜な夜なそっと持ち出して羊皮紙にこう書きつけた。


”人々の愚かな争いが無くなりますように”


 彼女は世の中が戦乱で荒れ果てている事を憂いていた。故にこう書きつけたのである。

 それから数か月後。

 確かに世の中から人間同士の争いは無くなった。

 

 人間同士で争っている場合では無くなったからである。


 噂では存在していると言われていた吸血鬼の国が蜂起して、人間の国々へと宣戦布告したのである。数では人間が勝っていても個の力では圧倒的な程の力を誇る吸血鬼には勝てる道理もなく、増してや死んだ人間が次々と吸血鬼の眷属となって勢力を増していく。

 吸血鬼の国の隣国はたった一週間で滅び、同類と成り果てた。

 

 また、願い事を書いたシスターは悪魔の手に堕ちた。

 爛れた生活を送り、悪魔召喚の為に儀式を昼夜問わず行い、生贄を周囲の村々から攫ってくる有様。修道院はいつしか悪魔の手先として恐れられるようになり、そこから悪鬼羅刹や魑魅魍魎たちが世に現れ蔓延った。

 悪魔たちは人間の世界を支配すべく行動を開始し、ここに人間対魔物たちの全面戦争が幕を開けるのであった。

 この争いの勃発により、皮肉にもエルフやドワーフたち他種族との連携や団結が生まれた事も付け加えておく。

 いまだに魔物たちとの戦いは終わらず、現代に下っても続いている。


 

 時は過ぎて。

 ある魔導士の下に、贈り物が届けられた。差出人不明。

 簡素な袋に詰められたそれは、果たしてあの時に手に取ったペンだった。


「おやおや。何の因果か知らぬが私の手元にやってくるとはね。あれは確かに祭壇に置きっぱなしにしたはずだったんだが」


 ペンは手に取った時の輝きを全く失っていなかった。

 その時、弟子の一人が部屋の中に入る。


「お師匠様、なんですかそれ? 随分と綺麗でまるで宝石のような、というか宝石が一杯散りばめられてますね。何が使われているんだろう」


 触ろうと手を出した弟子を引っぱたく魔導士。


「いったい! 何するんですか!?」

「それに触っちゃいかん! お主もペンに呪われたいか?」


 呪われるという言葉を聞いて、眉をしかめる弟子。


「それ、呪いの品物なんです?」

「正確には違うがの。持ったが最後、願い事を書かずにはいられなくなる。それくらいこのペンには魅力的な魔力が込められている」

「願い事を書いたらどうなるんですか?」

「ペンの力が暴走し、歪んだ形で叶えられるだろうな。例えば永遠の命を願ったら、肉体が朽ちても精神が死ぬことなく現世に在り続け、そのくせ発狂も出来ずに永遠に彷徨い続けるとかな」

「うええ。永遠ってそう言う事なんです?」

「あくまでペンの解釈次第だがね。このペンを暴走させずに正しく使いたいならば、深淵の迷宮の最奥にある、祭壇の上の本に願い事を書きつけにゃならん」

「それでお師匠様はペンを使った事があるんですか?」

「あるよ。恐らく私が人間の中では初めて使ったと思う」

「へええええ。それでお師匠様は何を願ったんです?」

「そりゃ決まってる。魔術、魔法の深淵を究めたいって書いたのさ。おかげで伝説の魔法使いマーリンにも出会えた。彼直伝の魔法を修めて、今は君たち未熟者に魔法を教え伝えるのが使命だと思っているよ。魔物や魔の神を元の世界に追いやるためにもね」

 

 何の因果か、ペンだけが迷宮から飛び出してこうやって世の中を巡っている。

 今のままでは災いをもたらす魔筆だ。

 正しく元の場所に収めなければならない。


 魔筆はまだ嘲け笑っている。

 正しい使い方を知らぬ者たちを。

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