紙とペンと、届かない恋のポエム
無月弟(無月蒼)
届かぬ想いを詩にして
病室のベッドの上で上半身を起こしながら、私は右手にペンを持ち、左手で紙を押さえながら、文章を書いている。
四階にあるこの病室の窓からは、町の様子がよく見える。本来なら、通っているはずの大学だって見えるけど、私はそんな景色に目もむけずに、ひたすら手を動かしていく。
ここに入院してから、どれだけ経っただろう?今ではこうして、紙にペンを走らせるのが、日課になってしまっていた。
綴っているのは、決して届かない気持ちを綴った恋の詩。私は、叶わない恋をしているのだ。
ねえ、もしも勇気を出して好きだって言ったら、アナタはどう思ってくれるの?なんて、考えるだけ無駄。さっきも言ったように、これは届かない恋なのだから。言ったとしても、困らせちゃうに決まっている。
でも、こうして詩にするくらいなら良いよね。だって詩を書くことの楽しさを教えてくたのは、他ならないアナタなのだから。
毎日検査と寝てばかりで退屈な日々を送っている私に、アナタは言ってくれた。詩を書いてみないかって。
最初は、気が進まなかった。だって詩って、ポエムのことでしょ。何だか恥ずかしいじゃない。だけどアナタは詩が好きで、詩集を読んでいるって聞いて、だったら私も書いてみたいって思ったのだから、我ながら単純だ。
アナタはそんな私に、紙とペンをくれた。これでを使って書くと良いって。
頭で考えて、手だけを動かせば良いのだから、詩はベッドの上でも簡単に書くことができた。
最初は書き方なんてわからなかったけど、だんだんと筆がのってきて。きっとそれは、アナタの事を想っているから。
書いてみて、初めてわかった。それまでは自分でも気づかなかったけど、私はアナタのことが好きなんだって。それに詩なんて書いたことがなくても、恋する心があれば、案外すらすらと、フレーズが浮かぶってことを。
世のポエマーの皆さん、恥ずかしいなんて思っていてごめんなさい。私の溢れ出るアナタへの恋心は、詩にすることで発散させることができていた。
行き場の無い想いでも言葉にすることで気持ちに整理をつけられる。詩って、本当に不思議。
アナタに進められて、書き始めた詩。だけど残念、この詩はアナタにはもちろん、誰にも見せることができないの。だって誰かの目に触れたら、アナタのことが好きだってバレちゃうから。
ああ、そろそろアナタがくる時間。私はアナタへの想いを綴った紙を、飛行機の形に折ると、そのまま窓の外へと放り投げる。
風に乗って、優雅に空を舞う、想いを綴った紙飛行機。アナタに届かなくてもいい。空の彼方まで飛んで行って、私の恋。
空へと消えた紙飛行機を見送った私は、視線を病室の入り口への移す。
そうして、アナタが入ってくる。焦がれてやまない、アナタが……
「春香さん、検査の時間ですよ」
「い、石塚先生ー! お待ちしていました!」
ピンと背筋を伸ばして、頭をさげる。
現れたのは私の担当医詩の石塚先生。歳は三十代だそうだけど、とても信じられないくらい若々しくて、最初会った時は二十歳くらいかと思ったほどだ。
少々癖のある猫っ毛の髪に、甘いマスク。くっきりとした喉仏に……眼鏡!それに白衣!
胸キュンポイントをこれでもかってくらいに詰め込んだこの石塚先生こそ、詩を進めてくれた張本人にして、私の想い人。足を怪我して入院が決まった時は気落ちしたけど、石塚先生を見た時は、そのまま昇天しそうになった。
けど、私はただの患者、石塚先生はお医者さん。例えどんなに恋い焦がれても、そこには厚い壁がそびえているのだ。で、でも、好きでいるのは自由だよね。
そんな私の心中なんて知らない先生は、調子を聞いたり、体温を測ったりと、いつものように業務をこなしてくる。
ううっ、ずるいよ先生。私がこんなにドキドキしてるのに、平然としちゃってさ。
寝てばかりでボサボサの頭をちゃんとセットしたい。病院服でなく、ちゃんとお洒落した姿を見てほしい。けど、それは叶わぬ夢。そんな格好ができるとしたら、退院する時。それは石塚先生との、別れを意味しているのだ。
そんなのヤダ! その日が来るのが、なるべく先になることを願わずにはいられない……
「経過は順調ですね。この分なら、来週には退院できますよ」
「ええっ!?」
そんな。たった今ヤダって願ったばかりなのに。
「先生、私まだ、全然元気なんかじゃありません!熱は出るし足は痛いし食欲は無いし気持ちは鬱だしお腹も頭も痛いし手足は痺れるし、心臓だって痺れて痛くて苦しくて、今にも胸が張り裂けそうで……むがっ」
「はいそこまで。他の患者さんだっているんだから、静かにしましょうね」
頬を手で挟まれて、口を封じられてしまった。でも、確かに騒ぐのはよくないよね。先生、ごめんなさい。
すると石塚先生は白衣のポケットから何かを取り出して、私の手の上に乗せた。これは、キャンディー?
「これでも食べて機嫌直して。本当はこういうことしちゃいけないんだけど、皆にはナイショだですよ」
口に人差し指をたてて、イタズラっぽくお願いされる。
そ、そんなことされたら、『はい』としかいえないじゃないのー!
だけど私がこんなにもドキドキしてるというのに、石塚先生は涼しい顔のまま、病室を出ていく。
ふん、飴玉なんかで誤魔化されないからね。どうせ先生は、私のことなんて何とも思っていないんでしょ。もういいよ、そんな冷たい先生なんて、嫌いになっちゃうんだから。
私は紙とペンを取り出して、今の気持ちを詩にする。
紙とペンと強い気持ちがあれば、詩なんて簡単に作れるのだ。そうして出来上がった詩がこちら。
『えーんえーん、先生と会えなくなるだなんてかなしいよー
退院なんて、したくないよー
先生はどうせ、私のことなんて好きじゃない。そんな先生なんて嫌いだー
大大大大大嫌いだー
……でも好き』
よし、我ながら完璧。
いつものように想いを綴った紙を飛行機の形に追って、窓の外へ向かって飛ばす。
飛んでけー、私の想いー!
どうせ届かない想いなら、こうやって遠くに飛ばすことで、嫌な気持ちを発散させてしまおう。
誰にも届かない想いなら……
……その頃、病院の庭では。
「あらあら、四階の患者さん、またポエムを飛ばして。うふふ、今日も面白い」
「どれどれ? えっ、もう退院しちゃうんだ。残念、アタシこれを見るのが、毎日の楽しみなのに」
私は気づいていない。
紙飛行機が、それほど遠くに飛ばないということを。
私は知らない。赤裸々に綴ったポエムが、看護師の間で話題になり、回し読みされていることを。
世の中には、知らない方が幸せということだってある。
あ、もし知ってしまったらショックで倒れて、また入院できるかな?
私はいつまでも、石塚先生ラブなのである。
紙とペンと、届かない恋のポエム 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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