【KAC4】紙とペンとタイムカプセル

幽霊作家とみふぅ

10年越しの始まり

大学2年の秋。

俺は左手に飲料物の入ったビニール袋、右手でシャベルを肩へと担ぎ、長い長い階段をひたすら登り続ける。

和らいできたとはいえ、夏の頃の名残だろうか。微かにじっとりとした空気が、肌に触れて気持ちが悪い。

そうやって色々と嘆いているうちに、気付けば目的地であるお寺の境内へと辿り着いた。



本殿から外れた場所にある、見上げるほど大きな松の木。俺はその下で、シャベルを手に土を掘り起こす。作業をするように体を動かしながら、俺は先程住職と交わした会話を思い出す。



「……おお、もしかして健次君かね」

「ええ、住職。お久しぶりです」


いかにも好々爺といった住職が微笑みを浮かべて俺を繁々と見詰めてくる。


「あの頃が懐かしいのぅ、あんなに小さかった少年が、今では立派になったもんだ」

「住職もお変わりないようで」

「いやいや、皺も増えたし、なにより体力の衰えをひしひしと感じておるよ。歳には敵わんて」


朗らかに笑う住職に釣られて、俺も思わず笑みを作る。


「ところで、ここに来たのはあれのためかな?土を掘り起こすのじゃろ?」

「はい、その件で住職に許可を頂きたいのですが……」

「そんなに堅苦しくせんとも、君と私の仲じゃて。好きなようにしなさい」

「ありがとうございます」

「それにしても、あれから十年か。美咲みさき君は元気にしておるかのぅ?」

「……さぁ、俺にはなんとも」



たちばな 美咲。俺と同い年の、かつての幼馴染。


彼女とは、俺が良く遊んでいた公園で知り合った。小学二年生の頃、ブランコをこいでいた俺の傍に寄り、笑顔で「一緒にあーそーぼ!」と声をかけてきたのが、彼女と友達になったきっかけである。


しかし、多くの思い出を作った彼女との関係は二年足らずで終わってしまう。


「え?引っ越し?」

「うん、お父さんの都合で引っ越すことになったの」

「そんな……い、いつ?」

「……一ヶ月後」

「もうすぐじゃないか!」

「ごめんね、私も昨日教えてもらったの」


落ち込む俺を宥めつつ、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「でもね、お母さん言ってたの!いつかまたこの街に帰ってくるって!だからね、ほんの少しの辛抱だよ!また会えるから悲しまないで」

「……うん、もう大丈夫」

「えへへ、健くんえらいえらい」

「こ、子供扱いするなよぉ」


それから俺達は、自由な時間のほとんどを二人で過ごした。


「健くん、これあげる!」

「なにこれ?」

「ボールペンだよ!鉛筆なんかよりずっと高くて凄いものなんだよ!」

「そんなものどうして急に?」

「……もうすぐお別れだから、形の残る物を渡したかったんだ。健くんが私のこと忘れないように」

「忘れるわけがないよ。ミサちゃんは僕の大切な友達だもん」

「ありがとう。ねぇ、健くん」

「なぁに?」

「……お願い、私と一緒にタイムカプセルを埋めてくれない?」



穴掘りを住職に手伝ってもらい、俺達は未来の自分へと宛てた手紙を箱へと納め、新聞紙で包んだ。

そして、俺は彼女と約束を交わした。


十年後、今日と同じ日に、このカプセルを開けよう、と。




もしこのまま何事もなく彼女が引っ越していたならば、この記憶は間違いなく良き思い出として残っただろう。だが、そうはならなかった。




無くしたのだ、ボールペンを。

彼女が自分を忘れないようにと、想いを込めて俺に贈った、大切な宝物を。


「……健くんにとって、私はその程度の存在なの?忘れてもいいと思えるような、どうでもいい存在だったの……?」


彼女が涙を流す姿を俺はこのとき初めて見た。


「大切な友達だっていうのは嘘だったの!?」

「ちがっ、僕は……」

「馬鹿!健くんなんてもう知らない!」


走り去る彼女を捕まえることはおろか、謝ることもできず。

そうして彼女は、僕の前から消え去った。





気付けばカプセルを包んだ新聞紙が半ばのぞいていた。それを一気に掘り起こし、土を払う。

包みを剥がすと、そこには汚れながらもしっかりと形を残した箱。

中には見覚えのある紙が二通あった。


俺はかつての自分が書いた手紙を手に取り、ゆっくりと開く。


目の前にはヘタクソな文字。それを読み解くうちに、俺はその内容に目を見開いた。


『十年後の未来のぼくへ


未来のぼく、元気ですか?ぼくは元気です。毎日楽しく遊んでいます。

未来のぼくはどんな人間になっているでしょう。想ぞうできません。

でもたぶんアホなところは変わらないと思います。きっとバカやらかしては母さんに怒られてるでしょう。

ところで、そちらでミサちゃんにはぶじ会えたでしょうか?会えたならぼくはうれしいです。またミサちゃんと楽しいことをたくさんしたいです。

でも大人はめんどうな生き物だと母さんは言ってました。きっと未来のアホなぼくはミサちゃんをたくさん困らせているでしょう。

だから、ぼくが未来のぼくへ向けてアドバイスをしてあげます。

困らせたならあやまりましょう。泣かせたならせなかをなでて「ごめんなさい」と言いましょう。ゆるしてもらえなくても、あやまることが大切だとミサちゃんも言ってました。

どうか未来のぼくがミサちゃんたちと幸せな日をすごしていることをねがいます。それでは、また未来で。

                       花村 健次      』



「……なんだよ、これ」


未来の自分を勝手にアホ扱いするし、なんか偉そうだし。困らせた場合も泣かせた場合もやること変わらんし、受け売りばかりだし。


なによりわざわざタイムカプセルにそんなこと書いて埋めた自分が恥ずかしいし!穴があったら入りたい……って、目の前にあるわ。



……謝ったらいい、か。確かにそうだよ、昔の俺。

でもさ、もうそんなのはとっくに……。


「……花村君」


背後から声。振り向いた先には、俺と歳の変わらなそうな女性が立っていた。


その姿を認めた瞬間、ひどく既視感がわいて――。


「みさ、き……?」

「……久しぶり」

少しぎこちなく微笑む彼女の存在に、俺は狼狽える。


「ど、どうしてここに……」

「……約束したでしょう?『十年後、今日と同じ日に、このカプセルを開けよう』って」

「で、でも……」

「……あんな別れ方をしたから、来ないと思った?」


戸惑いながらも頷く俺に、彼女は苦笑する。


「実を言うと、止めようかとも思ったんだ。でもやっぱり、これだけは逃げちゃ駄目だなって」

「逃げるって……何から?」

「昔の思い出から。……ごめんね、花村君。私、あの時酷いことを言った」

「……っ!た、橘が謝ることなんてない!あれは、俺が悪かったんだ……すまない」

「……私はね、花村君は今日来ないと思ってた。あんな別れだったもの。私のことは忘れて、楽しく大学生活を過ごしてると思った」

「そんなわけない!俺は……」

「うん、知ってる。私ね、高校卒業と同時に帰ってきて、今は君と同じ大学に通ってるんだ」

「し、知らなかった……」

「だよね。学部も違うし、君に見つからないようにしてたから。……だけど、私は君を見ていた。君がいない時間を見計らって、君のお母さんにも何度か会いに行ったりもした」

「母さんと!?」

「色々教えてくれたよ。私が引っ越した後のことをたくさん……ね。ありがとう。君はずっと想ってくれていたんだね、私のこと」


はにかんで笑う彼女の姿に、俺は視線を逸らし頬を掻く。





「おお、美咲君じゃないか」

「住職さん、お久しぶりです」


住職が懐かしげに眺め、美咲は優しげに笑う。


「綺麗になったのぅ、別嬪さんじゃ」

「言葉が上手いですね」

「ほほほ。……ところで健次君、見たところ手紙しか持っておらんようじゃが、ペンはどうした」

「……は?」


「『は?』ではない。見間違いでなければ、君が箱を埋める際、ペンもあった気がするんじゃが……」


そう言って住職は箱の包み……新聞紙をバラバラにする。そこから出てきたのは……。

「そ、それは!?」

「君があのとき持っておった物じゃろ。ほれ」


受け取ったペンを確認する。長い年月で劣化しているが、間違いなくそれは、俺がかつて美咲からもらったボールペンだった。


「そういえば花村君、あのときは胸ポケットに差してたよね。箱を穴に入れるときに前屈みになってたから、もしかしたらそのときに……」


俺と美咲の十年間のすれ違いはいったいなんだったんだよ!?


「……ぷ、ふ、あははははは!!」

「た、橘…?」

「あは、は、ひ、ひっく……。あー、おかしい」


彼女は目尻を拭うと、俺に視線を合わせる。


「ありがとう健くん。ずっと大事にしてくれて」


花村君と読んでいた美咲が、昔のように俺を呼ぶ。


「……え?だってこれは」

「確かに健くんはこの十年、そのペンを無くしていたかもしれない。でもね、ちゃんと戻ってきた。あの頃とほとんど変わらない形で。そのペンは過去の健くんからの贈り物なんだよ」

「でも、もうインクも固まってるし、使い道が……」

「昔も今も私が願うのは形の残る物を健くんに持っていて欲しいってことだから問題ないよ。ねぇ、健くん」

「?」

「私達は生きてきた人生の半分をすれ違った。その過去はやり直すことも無くすこともできはしないけど……もう一度、始めてみない?あの頃のように」

「……いいのだろうか、俺なんかでも」

「口調も見た目も逞しくなったのに、弱気なところは変わらないね。いいんだよ健くん、私が許す。だからお願い」

「……美咲。今まですまなかった。そしてありがとう。……俺ともう一度、友達になってくれるか?」

「……はい」





淡く微笑む彼女の影を、松の木が柔らかに揺らした。






その日の帰り道。


「そういえば、美咲の手紙にはなんて書いてたんだ?」

「んー、まあ、恋の応援、かな」

「え!?美咲、恋してたの!?」

「そりゃもう。ずっと恋してるよ。……どうしたの健くん?」

「……なんかそれ聞いて面白くないと思ってしまった。相手は!誰だよ!?」

「……少しは脈があるって分かって安心したよ」

「美咲、声小さくて聞こえない。なんて?」

「なんでもなーい!私の恋も終わりどころか始まりってことだよ!」



季節は秋。多くが移ろい、変わり行く季節。


二人の未来は、始まったばかりである。

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