忠告:ここから先は、決して読むべからず

「訊きたかったことってのは、それで全てですか?」

「あとひとつ」

 刑事さんは言う。

「貴方はなんで大神匡子を助けようと思ったの?」


「どういう意味ですか?」

「虐待とはいえ、こうも性急に彼女を保護させる必要もなかったんじゃない? こんな風に立ち回れるカササギさんなら、もっと時間をかけて彼女の殻を割って、こんな自分を刺す以外の方法でも警察に通報する手段はあったはず」

「・・・・・・・・・・・・」

「聞き方を変えましょうか?」

 刑事さんは微笑む。

「なんで彼女は学校にナイフを持ちだしていたと思う?」

 僕は危うく舌打ちをするところだった。

 それを隠し切れたかどうか。


「さあ?」

「自殺しようとしていたから・・・・・・っていうのはどうかしら」

 僕は黙秘する。

 彼女の視線は全てを見通そうとする気配がある。

 だから迂闊に反応できない。

 そもそもだ。彼女が此処に居る理由を考えるべきだった。

 もしもこれが僕の自殺であり、彼女の虐待の露見が知りたいのだったら、彼女はここにいる必要がない。

 厄介だ。非常に厄介だ。


「自殺には二つの傾向があるの。ひとつは意気消沈した果てに衝動的な自殺。けれどそれには当たらないわね。そもそもナイフを持ちだして、部活にやって来ているんだから。だからもうひとつ、見せしめ自殺というのがある。最後の最後に気力を振り絞って、自分が死ぬことで加害者を告発する方法。よく学校のイジメを苦にして死ぬ学生が、自分のクラスで首を吊ったり、睡眠薬を大量に飲んで死ぬのよ。ああ、もしやる予定があるなら止めた方が良いわよ。裁判沙汰になれば、自殺者は計画的に自殺し、加害者に対する作為行為があったと認定され、自殺裁判で重要視される生存意思の喪失の要件が認められにくい。つまり加害者によるイジメが自殺の要因になったと証明するのが難しくなるのね。だから過失が認められず、十万円の賠償金だけで終わることもしばしばあるから。──けれどそれもあんな部室でしても意味はないでしょうね。告発すべき加害者は家族なんだから。だからね、もしかしたら彼女はナイフを別の用途に使おうとしていたんじゃないかと思っているの」

 僕は反射的に目を背けてしまった。

 その反応を、その非言語行動を、刑事さんはつぶさに読み解いていく。


「彼女の父親、大神京輔さんは貴方の担任だったよね?」

 刹那、僕の脳裏に押し隠してきた記憶の端々が迫り上がってくる。

 

 僕が訪れる前から準備されていた、二人分のパイプ椅子。


 部室棟に向かおうとしてた大神京輔教諭。


 軋みあがる部活棟の廊下。部室棟に響き渡る足音。


 来訪者が分かる筈なのに服を脱いでいた先輩。


 そして最初に出逢ったときの記憶に遡る。


「なんで今なの」

 小豆を洗うような雨音にまじって、女性の恨み節が聞こえてきた。

 僕は途端に恥ずかしくなって口を噤み、振り返った途端、ぎょっと目をむいた。

「終わったあとなら嬉しいのだけど」

 土砂降りの雨に降られた同じ高校の女子生徒が立っていた。

 


 そして社会調査研究部で再度出逢ったとき。

 濡れぬぼった裸の彼女は。

 アーミーナイフを握っていた。

 


「考えすぎですよ」

 僕はわらう。

 シリアスに。それでいて滑稽に。

 そうこれは、そんな悲痛な物語ではない。


 家族に虐待され。

 父親に性的暴行を受けていた少女が。

 アーミーナイフで父親を殺そうとしていた、そんな物語じゃない。


 これはそう。

 僕が加害者で。

 彼女が被害者の。

 当事者間ではシリアスなのに、傍から見れば滑稽で。

 仄かな青春の恋模様をエッセンスにした物語。


 だからこそ僕は重ねていう。

 これは誰が何と言おうとラブコメなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰が何と言おうとラブコメ 織部泰助 @oribe-taisuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ