ラブコメを破る者とラブコメを装う者(4)
「だからカササギさんは強硬手段に出た。学校や児相よりも一足飛ばして、彼女の両親を警察に告発する方法を。──正直、貴方のやったことは子供であることを差し引いてもバカバカしいものだった。まさか彼女の前で自分を刺すなんて。そうすれば学校は警察に通報、関係者である彼女は取り調べを受ける。あの時点で、彼女は貴方殺傷の容疑者になるから。そして貴方はそれを見越して、三つの魔法を施した」
刑事さんはひとつ目の指をあげる。
「まず貴方は彼女の容疑がすぐ晴れるように、告白と称して大声で周囲の注目をひいた。貴方が自分を刺したとき、多くの目撃者が出来るように努めた」
もうひとつの指をあげる。
「つぎに貴方は彼女の制服に血をつけた。容疑が晴れたあと、服を脱ぐように促されやすいように。現に、彼女の事件を担当した私は彼女に血のついた服を脱ぐように進めた。そしてシャツの上から分かる虐待痕に気づくことが出来た」
そして最後の指をあげる。
「そしてここが正念場だ。彼女がこの傷をみせ、両親を告発させる必要がある。けれど彼女は両親の行為を我慢することで耐え抜き、変化を求めることすら出来なかった。彼女は被害者で甘んじることを望んでいた。まして相手は両親だ。虐待されているとはいえ、その心理抵抗感は並々ならないでしょう。こういう人物の傾向として、ひとり痛みを耐えることで穏便に済ませることを望む。たとえ、それが自分を死に至らしめるとしても」
世に遍く痛みは、往々にして遅効性の毒だ。
毒は気を枯らし、意欲を減退させ、衰弱させていく。
自殺大国である日本は、多くの人がこの〝甘やかな暴力〟によって、意欲や気力が枯れていき、脳が正常な判断を放棄し、もはや自助努力ではどうしようもないほど、心が痩せ衰えていく。
そういう人々は耐え忍ぶことだけを選択、あるいは何も選択しないまま、ただ過ぎていく時間のなかで心をすり減らしていく。
そして気づいた時には、肉体精神共に末期になり。
自死だけが、輝かしい希望になる。
「だから貴方は大神匡子を脅迫した。自分が耐え忍ぶことで全てを諦めようしている彼女に向かって、再び告発することを強要した。しかもそれを説得じゃなく、自分を刺すというパフォーマンスによって。──それとも自殺がおぞましいことだと、自分が死ぬことで証明したかったのかしら?」
「まさか。死につもりなどなかったですよ」
「そう? でもこれがなければ、貴方、危なかったわよ?」
そういって刑事さんは透明な小さいビニールパウチを取り出した。証拠を保管するビニールだ。そこに入っていたものをみて、僕は流石に苦笑した。
「それが助けてくれたんですか?」
「ええ。この珠が柄に引っ掛かって、奥まで刺さらなかったみたい。いま、こういうのが学生で流行ってるの?」
「ええ。僕等の間だけですけど」
刑事さんが見せてくれたのは、七瀬ちゃんから購入した紫紺の数珠だった。
どうやら今回もまた、彼女に助けられたらしい。
「それにしても傍から見れば滅茶苦茶だ。バカバカしいにも程がある」
「ラブコメですよ」
「ん?」
「当事者達はシリアスだけど、傍からみれば滑稽な展開。そして男女の心の機微がスパイスのように降り注ぐ。僕はただ彼女に告白して、それで降られて逆上して、腹をさした。彼女を助ける気なんて、実のところなかったんですよ」
「彼女もそういってた」
「?」
「彼女も貴方は『そういう風に韜晦するだろう』って」
僕は黙る。
「素晴らしいわね。貴方はこうやって、彼女に罪悪感を植え付けた。いわば洗脳のようね。彼女は貴方が自分のために真実をかくして韜晦する。そう印象づけた。これはただのラブコメであって、それとは別に偶然、彼女の虐待が発覚した。そんな風に印象づけるために自分を犠牲にした。そう思い込ませることで、彼女に告発させた」
刑事さんはいう。
「貴方は彼女に罪悪感を植え付ける、そういう風に脅迫したのね。素晴らしいと思うわ。これなら彼女は貴方以外、虐待の事実を伏せて生きることが出来る。人間は被害者にはなりたくないものよ。あれは他人に同情を受ける。同情はあまりにも痛ましい視線だから。貴方は彼女を虐待の被害者ではなく、告白に玉砕した変人の自殺に直面した人として見られる。アフターケアもバッチリ」
「出来過ぎた脚本ですね」
「ええ、本当に」
そういって刑事さんは笑った。
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