艦長は副長のタチバナさんにアレを言ってほしい

英知ケイ

艦長は副長のタチバナさんにアレを言ってほしい

 貨物船ペルセウス号は、現在地球から木星に向けて航行中。

 この距離だとワープするまでもないので、燃料を無駄に使わないように加速後は慣性航行が慣例となっている。


 聞こえが良い言い方で言えば、経費節約。

 その実は、老朽艦のため、エンジンがワープに耐えられるか怪しかったり、そもそも十分な燃料が用意できないほどの我が軍の財政によるのだが、言ってもこの状況は変わらないのだから、良い言い方をしたほうが気分的にも良いだろう。


 そんなことはどうでもいいのだ。

 今悩んでいることに比べれば。


 現在の状況を端的に述べよう。

 慣性航行中は、自動操縦のため、操舵は必要ないが、艦橋から誰もいなくなるわけにはゆかず、責任者二人、艦長の私タカハシと、副長のタチバナ君の二人で居残りしている。


 他の皆は、休息中。つまり、二人きりだ。


 タチバナ君は、優秀な成績で士官学校を卒業後、ほぼそのままこの船に配属されたらしい。

 彼女は言語明瞭であり、誰にでも気さくに話す。

 どちらかというと美人というよりは可愛いタイプで、愛嬌のある彼女はたちまち艦内で人気になった。


 そもそもこの艦は女性が圧倒的に少ないのだ。

 とくに艦橋では初の女性クルーだったこともあり、隙をみては皆何かと彼女に話しかけるため、私は言ってしまった。


「今後、艦橋での私語を一切禁ずる!」


 これは艦長の行動としては正しいと思っている。

 思ってはいるが、今は少し後悔している。


 二人きりの状況で無言は気まずい。

 それに、何もしないままいたら眠ってしまいそうだ。

 居眠りは不味い。艦長の沽券に関わる。


 よし、彼女と会話をしよう。

 艦内では私語は禁止と言っている以上、何かそれっぽい会話をしなければならない。ここは私のトーク力の見せ所だ。


 トークでイケてるところを見せつければ、彼女の私に対する感情は、上司に対するそれでないものに変わるかもしれない。ありだな。



「タチバナ君」


「何ですか?」


「今日はいい天気だったね」


「ここ宇宙ですが?」


「……」


 しまった、私としたことが。

 天気の話はフォーマルな会話の鉄板だと昔士官学校で教わっていたからそのノリで行ってしまった。


 つかみが全然オーケーじゃない。

 イケてる艦長と思われるためには、早く別の話題に切り替えなければ。

 戦いはスピードが全てだしな。



「タチバナ君」


「はい?」


「君何歳だっけ?」


「セクハラです」


「……」


 しまった。これはまずい。

 この彼女の反応、私自身が営倉行きになりそうだ。


 畜生、何故なんだ。

 単に私は、年齢から彼女のわかりそうな軍関係の話題を考えようとしただけだったのに……艦長って何でも知ってらっしゃるんですね、そう言われたかっただけなのに。


 でも、彼女は、ぷいっとあっちを向いたまま静かになり、特に騒ぐ様子はない。

 大丈夫そうか? ここはフォローしつつ、別の話題にもっていこう。



「タチバナ君、さっきの言葉は忘れてくれ」


「はい?」


「本当は気にしていたのは君の体重なんだ」


「もっとセクハラです!」


「……」


 真っ赤になっている? さっきよりも怒っている?

 なんでだ、艦内の乗組員の健康管理は艦長の仕事のうちだぞ。


 宇宙は甘くない、筋肉をはじめとした身体の維持はとても重要だ。

 だから、本当は身長、体重、BMI、体脂肪率、内臓脂肪量、筋肉量、体水分率、推定骨量等、一式聞きたいところをまずは体重だけにしたのに。

 そこから軍健康トークからのおすすめサプリのコンボに進めるつもりが……女性といえば美容、美容といえば体重ではないのか?


 何がいけないんだろう。

 全く若い子の気持ちはわからん。難しい。

 これがジェネレーションギャップっていうやつか。


 いけない、このままではよくわからないままにセクハラの烙印を押されたまま、後で営倉行きはまぬがれない。


 何か、何か思いつくんだ。



「タチバナ君、変なことを言ってすまなかった」


「わかってくだされば、いいです」


「話は変わるが、君はどうしてこの船への配属を希望したんだ?」


「えっ!?」


「……」


 知らないんですか、そんなことも、という顔をされた。


 知らないぞ、知らないんだぞ、そこまでは。

 艦長が何でも知ってるって思ったらいけない。


 配属なんて上から降りてくるものだ。

 私の立場はそれをそのまま受け取るだけに過ぎない。


 でもそんなこと、士官学校出たてでは実感できないよな。

 こういう裏のことは、実際に軍に入ってからわかるものだし。


 ……


 ああ、何話していいのかわからん。

 もうストレートに言ってしまうか。



「タチバナ君、うまく話せなくてすまない。おまけに勘も悪くてすまない」


「いえ……その、艦長が私に気を使ってくださってるの、私知っていますから。普段から艦橋を見てると、どんなに艦長が心くばりされてるかわかりますし、それに私……」


「君は私のことをどう思っているのかね?」


「そ、それはどういう意味ですか?」


「……」


 質問に質問で返されたー。

 いやこの場合は、質問の内容を確認された、が正しいか。


 難しいな。

 この質問について彼女が何がわからないのかがわからない。

 勢いで、何か言いかけてたのを遮ってしまったのも間が悪かったんだろう。


 もはや彼女と話して、彼女の心をつかむなんて大それたことはあきらめたくなってきたが、ここで無言になっては、それこそトーク下手な男というマイナスイメージになってしまう。


 私は覚悟を決めた。



「タチバナ君、私の質問が悪かった。君を悩ませてしまって、本当にすまない」


「艦長……」


「君は艦長としての私のことをどう思っているのかね?」


「尊敬しています」


「!」


 来ちゃったよー、来ちゃったなー、私の時代。

 ここは畳みかけるべきだ。戦いはスピードが命。

 艦橋の若者達よ、すまない。

 彼女の心はもう私のものだ! わははははは。



「た、タチバナ君、私は嬉しい。ついでにもうひとつ質問いいかね?」


「艦長……?」


「君は男としての私のことをどう思っているのかね?」


「それ私語ですよ、艦長」


「……ダメ?」


「ダメです」



 肝心なことは聞けなかったが、彼女の可愛い「ダメです」が聞けたから良しとしよう。

 何だか艦長としても男としてもダメになってる気がするが、きっと気にしたら負けだ。


 ここが引き時。戦いは引き時を誤らないことが最も大事なのだ。

 私は沈黙する。 



 ……そして十分後……



「タチバナ君、さっきのやっぱりダメなの?」


「ダ メ で す」

 

 貨物船ペルセウス号は、現在地球から木星に向けて航行中。

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