ダンジョンの温度

@ns_ky_20151225

ダンジョンの温度

「なあ、最近暑くないか? このダンジョン」

「ああ、暑い。魔王様何かやってんのかな」

「ちょっと涼みに出ようぜ。見張り番なんかサボって」

「バカ言え、バレたらただじゃ済まない、魔女のダンジョン攻略にまわされたらどうする」

「そっか。でも暑いなあ」


 警備の退屈をおしゃべりで紛らわすゴブリンからさらにダンジョン奥深く、最深部で魔王はひとり考え事をしていた。そこに呼び出し音が鳴った。慣れた動作で水晶を活性化させる。


「なんだ、お前か」

「お前って言うな。なんか話しようよ。こっちは退屈でさあ」


 水晶には黒い服をまとった魔女が言葉どおりつまらなそうな顔をして座っているのが映っている。服は艶のある部分とない部分があり、生地は黒なのだが光の当たり具合で微妙に色を変えていた。

 魔王は色の変わり具合を見、あっさりとした機能一点張りの自分の服を見直した。


「いつもそれだな。他に持ってないのか?」

 魔女があきれたように言う。

「あるけど、選ぶのがめんどくさい」

「そっち行って、貯め込んだ財宝から私が選んでやろう」

「いらない。それに俺たちは敵同士なんだぞ。一応」

「そりゃそういう事になってるけど」

「たまに争うふりをして魔力を見せつけて辺りの腰抜け共をびびらせる。で、貢ぎ物を持ってこさせる。誰も傷つけずに儲かる。いい策だろ。さすが俺様だ」


 魔女は一瞬目を伏せ、すねたように言った。

「だからってさ、ほんとにまったく会わないってのもどうかと思うけどな」

「そのくらいやらなきゃ騙されないよ。俺の部下なんかすっかり信じてる。サボりの罰は魔女のダンジョン攻略だって言ってるくらいだ」

「それ、ちっとも面白くない。話変えよう」


「じゃ、この間中央の魔法集会に行った話してやろうか」

「え、中央行ったの? いいなあ。今度あたしも誘ってよ。現地で会えばいいじゃない」

「魔法の研究発表と仕入れに行ったんだけどな。良いの手に入ったし、中央の女の子って垢抜けててきれいだった」


 魔王は魔女の目が細くなったのに気づかない。


「中央の子ってさ、魅了魔法ばっかりで、実務に役立つのは知らないんだって」


 声が低くなったのにも気づかない。


「そうかな」

「それに、ああいう所の女の子ってどうせ財宝目当てなんだから。ドラゴンよりたちが悪いに決まってる」

「まあ、たしかに人を値踏みするようなのは多かったな」

「でしょでしょ。ねえ、今度は一緒に行こう。約束だからね」

「え、おい、勝手に決めるなよ」

「いいじゃん。それにお宝いっぱい貯まったし、そろそろこの芝居もやめにしない?」

「やめてどうする」

「前みたいに一緒に住もうよ」

「前みたいにって、いつの事だ」

「よくお泊まり会したじゃない」

「そりゃ親同士が口実作って会ってただけだ。呪具とか魔法知識の交換とかで。そこにまだ小さくて留守番もできない俺たち連れてっただけだよ」


 魔王は肌が熱を持つのを感じた。こいつと話していると素直になれなくて、その代わり顔や体が熱くなる。

 そういう時、魔王は密かに水晶の色調節をして肌の変化を分かりにくくするのだった。


「やっぱり続けよう。これのおかげで俺たちは誰も傷つけずにのんびりやれてる」

「でも……」

「じゃ、誰にも分からないようにダンジョンつなげようか。実はずっと考えてたんだが、もしものために抜け穴がほしいなって思ってたんだ。部下にも教えない抜け穴」

「それいいね」

「だろ、中央で情報集めたんだけど、滅ぼされたダンジョンの主ってたいてい油断して逃げ道を作ってなかったんだ」

「へえ。ま、とにかくすぐ掘ろう。今掘ろう」


 魔女は呪印を結ぼうとした。


「待てよ、気が早すぎる。もっと良く考えなきゃ。誰かに悟られたら意味がない。間に合わせじゃないちゃんとした魔法じゃないと穴掘ってるってすぐ気取られるぞ」

「そだね。慌てすぎた。ごめん」

「これからもっと話そう。もちろん、計画を練るためだ。退屈しのぎの駄弁りじゃない」

「賛成。計画練るの大賛成。ダンジョンつなげるんだから偕老同穴だね」


 魔王は聞いたことのない言葉に戸惑った。


「何だ、その、『カイロードーケツ』って」

「昔、東の果てから来たヨーカイって魔物を泊めてあげてたの。そのヨーカイが両親の仲がいいのを見て言った言葉。老いを偕(とも)にし、同じ墓穴に葬られるって意味」


 魔王は体温の急上昇を感じた。


「ダンジョンは墓穴じゃないぞ」


 なんとかそう言い返すのが精一杯だったが、なぜか嬉しくもあった。


 地上付近、ダンジョンの見張り番たちは、耐えきれないほどの暑さにみんなバテていた。


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