修羅のパンツが見たい
煎田佳月子
修羅のパンツが見たい
「おらあ! パンツ見せろおおふげぶごぐはぁっ‼」
まだ叫んでいる途中にも関わらず、俺は顔面をボコボコに殴られた。
まるで流星雨のように降り注ぐ、拳打の嵐。
もう何十回もくらったから、技名まで覚えちまった。
だが俺はそれに
さすがは風紀委員長と言うべきか。最近の女子高生に似つかわしくなく、その制服スカートの丈は、きっちり膝下の長さで揃えられている。
今日こそ……もらった‼
黒地のスカートまであと
しかし。
「甘いです」
掴みかけたスカートが、少女ごと眼前から消失した。
「なんだとっ⁉」
驚愕した俺の背後に、いつの間にか少女が回り込んでいた。
「滅人壊殺流・技の
その咆哮と共に、先ほどより一層激しい猛撃が襲ってきた。
攻撃の威力が高すぎて、ボコられる俺の身体は、完全に宙へと浮き上がる。
やがてそれが止むと、俺は地面に落下して、そのまま倒れ伏した。
「本当に……どうしようも無い変態ですね、あなたは」
プルプルと身体を震わせる俺に、少女が言い放った。
こいつの名は、
私立
「うるせえ……次は、絶対に負けねえ」
満身創痍の俺は虚勢を張って、言葉を吐き出した。
「何度やっても同じです、
「勝手に決めつけんじゃねえ‼ 次こそ絶対、テメエのパンツを見てやるからな‼」
「汚らわしい……。高校生が大声で『パンツ』なんて叫んで、恥ずかしくないんですか?」
鬼瓦の目は、ケダモノを見るような忌々しさに満ちていた。
「恥なんて、とうに捨てたよ。俺はなにがなんでも、テメエのパンツを見なきゃならねえんだ」
「救いようの無い変態ですね……。また挑みたいのなら、ご自由にどうぞ。ですが我が鬼瓦家の名にかけて、一介の不良に負けるわけにはいきません。早々に諦めることをお薦めします」
鋭い殺気を
だが、臆するわけにはいかねえ。
「俺は、絶対に諦めねえぞ」
「変態にこれ以上なにを言っても無駄ですね。次は命の保障はありませんよ。では」
そう言うと、鬼瓦は身を
長い黒髪を颯爽となびかせ歩くその後ろ姿は、たまらないほどに美しかった。
「あーあ。なにやってんだ、俺……」
地に倒れた身体を仰向けにして、俺は呟いた。
「うわー。今回も派手にやられたねー?」
呑気な声に顔を向けると、真っ黒なパーカーを羽織った、おかっぱ頭のガキの姿があった。
見た目は、中性的な顔立ちの小学生。
だが、ただのガキじゃないことは、一目瞭然だった。
なんせ頭に角が生えてて、背中の
「んだよ、テメエか……」
俺は、うんざりして息を吐いた。
「『テメエ』じゃなくて『テューイ』だよー。いい加減名前覚えてよー」
「うるせえ‼ 誰のせいで、こんなことになったと思ってんだ‼」
「えー? 元はと言えば、
そう、ノート。
あのノートさえ開かなければ、俺は……。
数カ月前、授業をサボって屋上にやって来た俺は、そこで一冊の黒いノートを発見した。
なにかと思って拾い上げ、それを開いた瞬間……ノートの中から、この謎のガキが飛び出してきたのだ。
「ボクの名前はテューイ。魔界からやって来た悪魔です。おめでとう! キミは見事、悪魔の呪いにかかりました‼」
「は?」
呆気に取られる俺に、ガキは衝撃の言葉を発してきた。
「キミが拾ったこのノートは、『デス・パンツノート』! これを開いた人間は半年以内に、悪魔の呪いで死んじゃうんだ‼」
「はぁあ⁉」
「呪いを解く方法は、ただ一つ! それは『好きな子のパンツを見て、その感想をノートに書き殴ること』だよ‼ 死にたくなければ、一生懸命頑張ろう‼」
「なんじゃそりゃあああ‼」
こうして俺は悪魔の呪いを解くため、自分の好きな女……すなわち、鬼瓦雪姫のパンツを見るべく奮闘することになってしまったのだった。
「栄吉くん……呪ったボクが言うのもなんだけど、あの子は相手が悪いよ。もう何十回も挑んでるけど、負け続きじゃん。キミにはあんまりのんびりしてる時間は無いんだよ?」
「分かってるよ!」
言いながら俺は、視界の斜め上に浮かぶ文字をにらんだ。
俺とテューイにしか認識できないその数字は、今「82」と表示されている。
これは、俺の命のタイムリミット。呪いで死ぬまで、あと82日ということだ。
「栄吉くんもクソ不良なりに頑張って筋トレしたり空手道場に通ったり通信教育でカポエイラ習ったりしてるけど、全然歯が立たないもんねー。よりによって、なんであんなとんでもない子を好きになっちゃったかなー」
どうして好きになったかって?
そんなの、俺が知りたいくらいだ。
でも、好きになっちまったもんはしょうがねえ。
鬼瓦雪姫。「まともな人間では太刀打不可能」と言われる最強武術一家の長女で、絶世の美貌を有する女子高生。
その見た目の美しさからは想像できない凄まじい強さを誇り、「
「未成年の喫煙は、許されることではありません!」
約一年前。校内で堂々タバコをふかしていた俺にそう叫んで、あいつは「
学校一の不良だった俺を打ち負かした、唯一の女。
初めは女に負けた事実を受け入れられず、ただムカついていた。
だが、その後も事あるごとに俺の悪行を
あのサラサラの黒髪を、凛とした美しい顔を、たゆまぬ鍛錬で引き締まった身体を見ると、なぜか胸の奥が熱くなってしまった。
ぶちのめされて惚れるとか……俺、実はドMなのか?
鬼瓦雪姫は、一体どんなパンツを穿いているんだろう?
やはり、シンプルな純白?
いや、意外と水玉とか、可愛い
もしくは、まさかの大人っぽいエロいヤツとか……。
「栄吉くん……鼻の下、伸びてるよ?」
「の、伸びてねーよ‼」
妄想に
それから痛む身体を起こして、日課のシャドーボクシングを開始する。
「あれだけやられた直後に特訓って……不良のくせに、意外と勤勉だよね」
「ほっとけ! 今日はあと少しだったんだ。次こそ絶対、このクソったれな呪いを解いてやるんだよ! ……まぁ呪いを解いたトコで、鬼瓦に軽蔑されてるのは変わんねーけど……」
この数カ月間、鬼瓦に「パンツ見せろお!」と襲いかかっては撃退されることを繰り返してきた俺は、「変態不良」「パンツ番長」などと陰口叩かれて、鬼瓦からも周囲からもドン引きされている有様だった。
例えパンツを見られたとしても、惚れた女に引かれるってのは、マジで辛い。
だが呪いで死なないためには、やるしかねえんだ。
「軽蔑ねぇ。そっちの心配は無用だと思うけど……」
悪魔がなにか呟いたようだが、シャドーボクシングに熱中する俺の耳に、その声は届いていなかった。
〇
ああ、もう! またやっちゃった‼
決闘の場を離れた私は、思わず地団駄を繰り返した。
私ったら、また
今日こそは、手加減しようって決めてたのに‼ 好きな男の子をタコ殴りにしてどうするの‼
そう。私は、布御田君のことが好き。
初めは彼のこと、ただのロクでも無い不良だと思ってた。
学校をサボってばかりで、校則違反を繰り返して……。
でも、あの雨の日。
段ボールに捨てられて鳴いていた子猫を、不良の彼が優しく抱き上げて連れ帰る姿を目撃したあの日から、彼のことが気になって仕方なくなってしまった。
学校でも、ついつい彼を目で追っては、胸を熱くしてしまう始末。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
だから数カ月前、彼にいきなり「パンツ見せろ!」って言われた時は驚いたけど……ホントは、ちょっと嬉しかった。
思わず滅人壊殺流で返り討ちにしちゃったけど、嬉しかった。
なぜ布御田君が突然あんなことを言い出したのかは分からないけど……あんな必死な表情で言われたら、ときめいちゃう!
もう、自分から見せてあげたいくらい!
……って、自分からなんて、はしたなさすぎる‼ そんなの、痴女じゃない!
滅人壊殺流師範である父の「
それに……ダメなの、私。
彼のことは凄く好きなんだけど、あんな風に本気で向かって来られると、幼少期から身体に
でも惜しかったわ、布御田君。
今日は凄くいい勝負だった!
私に「陽炎襲殺の舞」まで使わせた人間は、あなたが初めてだもの!
それにこれまで何度も拳を交わしてきて、あなたが私の下着を見るためにどれだけ厳しい鍛錬を積んできたか、言葉にしなくても全部分かるの!
今日なんて、新しくカポエイラの動きまで取り入れていたわよね!
そんな頑張り屋さんな所も、好き好き好き~♡
本当にあと少しよ、布御田君!
私たちの実力差は、確実に埋まってきてる。
あと残すは、奥義「
あなたが勝てばきっと私の本能も負けを認めて、素直になれるはず。
そしたら私……喜んであなたに下着を見せてあげる。
……実は今日も、
足技使ったら見えちゃうんじゃないかって、ドキドキしながら戦っていたわ。
布御田君……私、あなたが腕を磨いて挑んでくるのを、いつでも待ってる!
あなたにいつ見られてもいいように、可愛い下着を穿いて待ってるから!
-おしまい-
修羅のパンツが見たい 煎田佳月子 @iritanosora
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