第11話 浴衣
あまりに哀れだったからか、ロダン様が……というか執事のウルデ様とスクル様が、あっという間に高価な布を山と調達してきた。
「すまん、ユイ、お前の作る寝巻のようなものをアージット様に頼めるか?」
加護縫いでと言うロダン様に頷く。
浴衣ですね。ロダン様にも縫って愛用されてるから、すぐ分かった。あれならほぼ一枚だし、ロダン様は風呂上がりに使ってるらしいから、楽さも分かってるんだろう。
衣服一揃えと肌着のちゃんとした物は、もう少し手間がかかるものね。
とりあえず高価で重い布はよけて、肌着に使ってもいい種類の布地を選んで、机の上に広げてもらう。
躊躇なく布をざくざくっと切って、止め針を打ち、蜘蛛の背を撫でる。
しゅるっと出てきた糸を針に通し……
「マージット様は、光と氷と空と月、緑の精霊さん、とも、相性がいい、みたい」
元からそっと寄り添っていた精霊の色を見て、呟く。
ただしなぜか、ちっちゃい精霊さんばっかりだけどね。
「お願い」
ちっちゃい子に無理はさせられないから、呼びかける。
アージット様に力を分け与えてもいいよって精霊さん、来て、と。
◆
前王アージットは、息を呑んだ。
聖域に匹敵するほどの健やかな精霊達がたくさん漂う屋敷にも驚いたが、ヌィール家の真の当主に匹敵すると聞いた子供の能力に。
蜘蛛の腹の上で精霊はクルリクルリと踊り、適度に次に場所を譲り渡した。周囲には力を分け与えるために順番待ちをしている精霊達……というありえない光景。
通常であれば、蜘蛛糸に針子の魔力を織り交ぜた加護縫いに精霊の力が染み込むことを祈るしかない。
そして精霊が加護縫いに力を与えること自体、まれなことなのだ。
最初から、望んで積極的に力を分け与えてもらえるなど、奇跡としか言いようがない。
「ここからは、月の精霊さんがいいかも、」
子供が呟くだけ、精霊達が順番を入れ替えるのにも、眩暈がする。魔術師だって精霊達の力を使うが、それには魔力を声にのせる技術が、そして専門の知識と精霊達からの好意が必要なのだ。
魔術師でもない子供に精霊達が喜んで力を使う。
これはもう真の当主どころか、伝説のヌイール家始祖並みなのではないか……。
さらには、適当に切ったような布が魔法のような速さで縫われ、見たこともない不思議な形状の服になっていくのに、唖然とするしかなかった。
「寝間着、です」
少女はウルデに持ってきてもらった自分の荷物の中から、サイズ違いの同じ服を取り出して羽織って見せた。
「こうして、こう、着てください」
他の服は脱いでと付け加えて背中を向ける子供に、小さくとも娘だなぁと微笑ましく思った。
戸惑いなく全裸になり、寝間着を子供の言うとおりに着て……。
思わずうっとりと目を閉じた。
アージットはその着心地に、体に纏わりついて離れることのなかった疲労が、瞬く間に消えていくのを実感する。
「凄まじいな……」
気づけば自分に寄り添ってくれている精霊達が、成長していた。シンプルな肌着のような赤子ワンピースが、色合いも濃く、形もこの寝間着のような物に変化し、人に例えれば赤子から幼児ほどに育ったかのように。
このような現象は、精霊付きの魔術師がなんらかの要因で急成長した際に、希に起こることだった。
「アージット様、魔力が……」
ロダンが思わず呟くのに、アージットは頷いた。
精霊を見ることのできない者も魔力を感じ、察するほどの変化があった。
「これは確かに、私に紹介するわけだな」
「私もここまでとは」
少女は周囲の驚愕についていけないのか、不思議そうに首を傾げた。
※試し読みはここまでとなります。
針子の乙女 ゼロキ/ファミ通文庫 @famitsu
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