セカンド・アクト
くろまりも
プロローグ(続くとは言っていない)
「この街で一番の決闘代理人が誰かって?」
質問を投げかけられたバーテンダーが片眉を上げる。
内容自体は珍しいものではない。決闘が合法化されているモノイングランドでは、毎日どこかで決闘が起き、汚い雑踏に汚い死体の山を築いている。
だが、誰もが剣や銃が得意なわけじゃない。そんな時に出てくるのが、剣や銃しか取り柄のない
奴らは金で決闘の代理を請け負い、雇い主の代わりに死地に立つ。早い話、喧嘩するしか能のないゴロツキどもだ。そんな連中が集まるのは安酒場と決まっており、決闘代理人を探したければ潰れかけの酒場に行けと言うのが街人の口癖だ。
しかし、依頼人が若い女というのは珍しい。
「なんだ、お嬢さん。誰か殺したい奴でもいるのかい?」
決闘代理人について尋ねてきた女は黙って頷き、紙幣を数枚カウンターに載せる。こんな酒場にふさわしくない美人だが、その表情は真剣そのものだ。
まぁ、決闘代理人を探しているような人間は誰であれ、多かれ少なかれ事情を抱えているものだ。なにより、若い娘に対して説教を垂れるような老婆心より、金に対する強欲の方が勝った。バーテンダーは黙って紙幣を懐にしまい、ぽつりぽつりと話し出す。
「そうだな。このあたりで有名どころだと、
雇い主がこの女なら、身体で払えば多少値切ることもできるだろう。そんな
「あのなぁ、お嬢さん。腕利きの決闘代理人ってのは、貴族やマフィアが囲い込んでるもんなんだよ。フリーで腕利きなんざ、ジョシュアくらいなもんだ」
ジョシュアの名前を出すと、女はぴくりと反応を示す。物を知らないお嬢さんでも、ジョシュアのことくらいは聞いたことがあるらしい。だが、最新の情報までは知らないようだとバーテンダーは鼻で笑った。
「言っておくが、ジョシュアは雇えねえぜ。なぜなら、あいつ、マフィアのボスの娘に手を出しちまってなぁ――」
◆◆◆
丸太のような腕で殴られ、歯が数本へし折れる。もう殴られていないところなどない身体は崩れ落ちそうになるが、そうなる前に両脇に立つ男たちがジョシュアの身体を支えて無理やり立たせる。
どこかの倉庫らしき、薄暗い室内で、ジョシュアはマフィアによる私刑にあっていた。獣臭いその部屋の空気が、彼の血臭で上書きされそうなほど、ジョシュアの肉体はボロボロに痛めつけられていた。
「いっ、ってぇな、おい。レッド、俺は、男に殴られ、て、喜ぶ、趣味は、ねえ、ぞ」
血反吐を吐きながらも、ジョシュアは精一杯の笑みを浮かべてみせる。腫れた頬に激痛が走るが、好きな女の前では情けないところを見せたくないという意地がそれを可能にした。
「もう止めなさいよ!私が彼を勝手に連れ回したんだから、彼は悪くないわ!」
ジョシュアの思い人であるリリアもまた男たちに押さえつけられ、彼がサンドバックにされている様子を見せつけられていた。泣き叫びながら抵抗するも、女の細腕ではびくともしない。
もう何時間殴られ続けているだろうか。それでもリリアの慟哭は止まず、ジョシュアの心が折れることもない。殴っている側であるはずのレッドの方が、体力と拳が限界に近付きつつあった。
「まったく、強情なところは似た者同士だねえ。似合いのカップルだってのにもったいないぜ」
新しく部屋に入ってきた男の飄々とした声に、ジョシュアとリリアを除く全員の背筋が硬くなる。しかし、腰にガンベルトを巻いたその男に、リリアは臆することなく噛みついた。
「デリック!このガンマン気取りの卑怯者!一人じゃジョッシュに勝てないからって、こんな大勢で寄ってたかって!プライドってものはないの!?」
「おーおー、我が従妹ちゃんは痛いところ突くねえ。だけど、叔父貴を怒らせたおまえが悪いんだぜ?おまえもこうなるって、わかってたはずだ」
デリックはリリアの髪を掴み上げると、正面から視線を合わせる。表情は残念そうにしているが、目元は笑っていた。
「男を作るのはいい。だから、おまえとジョッシュがつきあってても見逃してやった。だが、駆け落ちしてマフィアから足を洗うのは許されねえ。それが死体で家名を押し上げてきたマグナンティ家の流儀だろ、リリア?血の繋がりってのは、簡単に切れるもんじゃないんだぜぇ?」
否定できず、リリアはぎりりと奥歯をかみしめる。そんな彼女を突き放し、デリックはジョシュアへと歩み寄った。
「実のところよぉ。おまえのことは嫌いじゃないんだぜ?なにせ、俺に
腰に下げていた二丁の拳銃を手に取り、滑らかな動きで回して見せる。息も絶え絶えであるジョシュアはデリックを睨みつけながら次の言葉を待った。
「だから、おまえの流儀で決着をつけてやるぜ。抜けよ、ジョッシュ。決闘代理人なんだろ?早撃ち勝負と行こうじゃねえか」
手で弄んでいた拳銃の一つを、ジョシュアの足元へと放り投げる。彼の提案に、部下たちの間でざわめきが起きた。ジョシュアやリリアですら目を丸くする。
こんな決闘を持ち掛けるメリットが、デリックの側にはない。部下たちは戸惑っていたが、デリックが顎で指示したため、恐る恐るといった様子でジョシュアから手を放す。
「金貨が床に着いたら、よーいドンだ。いくぜ、色男」
ジョシュアが銃を拾ったのを見てから、デリックは金貨を上へと投げる。
誰もが神経を集中させ、金貨がスローモーションで落ちる錯覚を抱く。そして、金貨が床に着いた瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。
「ジョッシュ!?」
胸に赤い花を咲かせたのはジョシュアの方だった。
予想外の結末に呆気にとられていた男たちの隙をつき、拘束から逃れたリリアがジョシュアへと駆け寄る。しかし、彼はすでに絶命していた。
「っ!!」
目から涙を流しながらも、リリアはジョシュアが取り落とした銃を拾ってデリックへと向ける。そして、躊躇なく引き金を引くと――ガチン、という不発の音が鳴った。
呆然となったリリアは、何度も引き金を引いたが銃が火を噴くことはなかった。
「で、デリック、あんたってやつは――」
「そんな目で見るなよ。まともにやって、俺がジョッシュに勝てるわけないだろ?」
ボロボロと涙を零すリリアの腕から力が抜け、ガクッと落ちた。そのまま彼女はジョシュアの胸にしがみつき、すすり泣きの声を上げる。
「叔父貴からの命令でな。見せしめのため、おまえは特に残酷に殺せと言われた。だから、ここにいる男たち全員の相手をさせてから殺す」
デリックの言葉に、リリアの肩がぴくりと反応して震える。
これからどんな目にあうかを想像して絶望する彼女の足元に、デリックは一発の銃弾を放り投げた。
「だが、従兄妹のよしみだ。冥途の土産にそいつをくれてやる。おまえの流儀を見せてみろよ、リリア」
リリアは震える手で床に落ちている弾丸を拾うと、ジョシュアの銃に込める。彼女は銃口をデリックへと向けたが、自分の頭へとゆっくりと狙いを変え――
引き金を、引いた。
◆◆◆
「まぁ、そんなわけだから、ジョシュアはもういないのさ。フリーの決闘代理人を雇うなら、先刻話した二人にしときな。……っと、噂をすれば、だな」
店の扉を押し開けて、大柄の男――
「おぉい、レッド!あんたに客だぜ!」
「あん?」
バーテンダーの声に引かれて視線を向けたレッドと、彼と話していた女性の目が合う。レッドは巨体に見合わぬ小さな目をぱちくりさせた後、あんぐりと口を開けた。
こんな場末の酒場ではまずお目にかかれないような美人だったので驚いたのだろうと、バーテンダーは思ったが、続くレッドの言葉にバーテンダーも目を見張る。
「り、リリアお嬢様?」
「ハズレだよ。殴られた借りを返しに来たぜ」
瞬間、目にも止まらぬ速さで抜き放たれた銃が火を噴いた。
響き渡った銃声は一発。だが、レッドの両脇に立っていた二人の男たちが同時に倒れる。
「そ、その
一発の銃声が響く間に複数の弾丸を放つ拳銃撃ちの技。反応どころか目で追うことすらできないその神業を、レッドは昔見たことがあった。
「ま、まさか、ジョシュアか?」
外見はリリアそのものであったが、言動や所作――なによりその技術はジョシュアのものだ。腐っても決闘代理人。その技を忘れるはずもない。
見目麗しき少女は、その儚さに似合わぬ獰猛な笑みをレッドに向ける。
「久しぶりだな、レッド。リリアと一緒に、地獄の底から這い戻ってきてやったぜ。
ありえない。ジョシュアとリリアは確実に死んだ。他ならぬレッド本人が、彼らの死体に土をかけたのだ。
そもそも、目の前にいる少女はジョシュアなのか?リリアなのか?尽きぬ疑問と混乱の中、ジョシュアはおかまいなしに彼を決闘の舞台に上げる。
「抜けよ、レッド。決闘代理人なんだろ?早撃ち勝負と行こうじゃねえか」
待ってくれと言おうとしたレッドの前で、ジョシュアは金貨を一枚上へと放った。
レッドは口をつぐみ、汗だくになりながら拳銃に手をやる。もはや幕は上がってしまっている。納得いくいかないに関わらず、決着をつけなければいけない。それが決闘代理人の流儀なのだ。
両者が向かい合う中、金貨はゆっくりと下に落ち――
金貨が床に着いた。
セカンド・アクト くろまりも @kuromarimo459
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