あなたは×××しないと出られない部屋にいます
冬野ゆな
あなたは不意に目を覚ます。
あなたは不意に目を覚ます。
突然の光はひどく眩しく、開けかけた瞳をどうしても閉じてしまう。
カーテンを閉めた普段の起床とはまったく違うその灯りに、どうにも目が開かない。だが、不意に感じた床の冷たさに、思わず目を見開いた。
がばりと体を起こす。
そこはあなたの部屋とはまったく違っていた。
見回して最初に見えたのは、どこまでも真っ白な床。そして真っ白な壁、そして真っ白な天井だった。
突然の展開に、あなたはドキリとする。
自分でも知らぬうちに白い部屋に放り込まれた事実。
あなたが普段利用しているWeb小説サイトでは、こうした導入の異世界転移モノがもはや食傷気味なほどに溢れている。
しかしあなたの期待は、期待となる前に泡と化した。
その部屋は真っ白とはいっても、いくつか装飾品が置いてあるからだ。
扉がひとつあり、女神や神のようなものはいない。
ファンタジックな期待よりも、現実的な不安とほんの少しの恐怖のほうが大きくせり上がってきた。
どこだここは、という疑問が言葉になる。
とにもかくにも、あなたは立ち上がって扉のほうへと歩いた。
部屋はちょうど正方形で、天井はかなり高い。
それなのに置かれた物品はちゃんと人間が使うサイズなのだから、ちぐはぐだ。
黒いシルクハットも、その隣できちんと並べられたズック靴も、見慣れた品物であるのに妙に不気味だ。
何より一番目立つのは、壁にもたれて置かれた黒い棺だ。
ちょうど真上に掛けられた十字架の下で、ひっそりと佇んでいる。
あなたはぞっとする。吸血鬼でも入っているのではないかと。
頼りになりそうな美少女や美少年、あるいはまだ話の通じそうなものではなく、不気味な怪物が寝そべっているのを想像してしまう。
置かれたシルクハットの持ち主なのだろうか。
もしここに照明が無かったら、もっと異様だったに違いない。
――照明?
あなたはその事実に行き当たる。思えばこの部屋には照明器具の類がひとつもないのに、あたりがよく見える。
やはり不可思議空間であることに違いはない。
しかし、誰もが期待するような異世界への入り口ではなさそうだ。
あなたはその事実を噛みしめた。
棺を見ないようにして扉へたどり着くと、そこにプレートがはまっていることに気が付いた。
そこに彫られた文字は、あなたもよく知ったものだ。
『ようこそ、選ばれしたった一人のあなた。
あなたはこの部屋の住人に選ばれました。
この部屋を出るには、部屋にあるものから二番目の作品を選んでください。
もし間違えれば、二つとない人生の残りを此処で過ごすことになるでしょう』
あなたは現実での自分の生活と、此処での生活を考える。
後ろを振り向く。
場違いなほどに似つかわしくないみかんがひとつきり。
食べてしまったら無くなってしまうだろう。いや、みかんがもう一度出てきたとして、永遠にみかんだけを食べ続けるのか――あなたは考える。
そして陰鬱な顔をして、意味ありげな十字架の下に置かれた棺を見る。
目線を動かしてぎょっとした。
その近くに、より異彩を放つものがある。
あなたは思わず歩み寄り、好奇心と不安をない交ぜにしながら手を伸ばす。
ずしりとした重みがぶら下がった。
銃は本物の重さをあなたに伝える。
好奇心は猫という名の正気を殺し、あなたの中で独立したアイテムがつなぎ合わされた。途端にあなたの頭から血の気が引く。立ちくらみがする。
思わず手を離すと、ごつんという音がして銃が床とぶつかった。
息があがり、心臓の鼓動が鳴り、手には脂汗。
あなたは手を何度か握りしめて、他にあるものを探した。
九つあるうちの正気がひとつ無くなったくらいで、まだ諦めるわけにはいかない。
といっても、大したものは無かった。
女性が使うようなパウダーのコンパクトがぽつんと寂しげに落ちている。
意味がわからない。
他にそれらしいものといえば、壁に掛けられている額縁だ。
額縁は二つ。
片方にはどこかの岬の絵が描かれている。青い海に向かってぐんとせり出した緑色。至って普通の風景画だ。
だがもう片方は不気味だった。白黒写真だが、椅子に座った幼い外国の男の子がひとり――いや、ふたり。
なにしろ男の子の胴体は繋がっていて、腹から下がひとつになっている。
シャム双生児だ。
そういう存在がいる事は知っているが、あまり気分の良いものではない。
部屋の中にあるものはこれで終わりだった。
二番目の作品とはいったいなんだろう。
しかしこの中で二つあるものといえば額縁だけだ。
靴は二つで一足だし、シャム双生児は存在自体がふたりだ。
棺の中にもうひとりの自分がいる?
そんな馬鹿な。
もしかしたら玉が二発。
自分以外に何を撃つっていうんだ。練習用か?
岬は二つの色彩が印象的だけど。
もしかして二つの棒が組み合わさった十字架。
そもそも誰の作品なんだ?
その途端、あなたはもう一度部屋にあるものを見回す。
あなたはこれを知っている。
記憶の中でバラバラにされたピースがつなぎ合わされ、ひとつの表象を作り上げる。
あなたは口の端をあげた。
そして確実に正解である品の前に立つと、手を伸ばす。
【この先にあるのは、あなたがたどり着いた答えだ】
あなたはどことも知れない空間に向かって笑う。
「答えはこれ」
あなたはパウダーの入ったコンパクトを手にした。
虚空に翳す。
答えは無かった。
ゆえに、あなたは続ける。
「これは――『国名シリーズ』だ」
あなたの声はよく通る。
「エラリー・クイーンという二人一組の作家が書いた、『国名シリーズ』のタイトルだ」
あなたは手を下ろし、周りにあるものをぐるりと見回した。
「順番に、帽子、白粉、靴、棺、十字架、銃、双生児、みかん、そして岬。それぞれ『ローマ帽子の謎』『フランス白粉の謎』『オランダ靴の謎』……というタイトルになっている」
あなたの指摘に、品物たちはぴったり当てはまっていく。
「ヒントは、『作品』という言葉。『ここにあるもののうち、二番目の作品を選ぶ』……普通なら、何らかのアイテムを提示させたいなら、アイテムや物品って言葉を使うはず。それなのに『作品』と言ったのは、ここにあるものがなんらかの『作品』だという共通点があるから」
あなたはどこから来るのかわからない自信に満ちている。
しかし答えは提示されたと判断されたようで――あなたの目の前で、ゆっくりと扉が開いていった。
向こうには真っ黒な空間が現れる。
もはや恐れることなく、あなたは確信とともに真っ黒な空間へと歩いていく。その先に何も見えないというのに。
だが、間違いではない。
こうしてあなたは、推理しないと出られない部屋を後にしたのだ。
あなたは偶然か必然かの知識に感謝しながら、やがて自分の部屋で目を覚ますだろう。
ほんの少しの名残惜しさを胸にして。
本棚に並べられたエラリー・クイーンのシリーズが、朝日に照らされていた。
あなたは×××しないと出られない部屋にいます 冬野ゆな @unknown_winter
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