あなたのそばで、あなたを感じていたい。
斉賀 朗数
あなたのそばで、あなたを感じていたい。
「フクロウカフェ?」
笑顔でうんうんと大げさに頷くミナは、なんだかとても嬉しそうだ。
昔からミナはフクロウが大好きだったな。と、幾重にも積み重なりミルフィーユみたいな層になったミナとの思い出を、こっそりフォークで捲くっていって覗き見た。記憶の中のミナを眺めて、目の前にいるミナを眺めて、それだけで私も嬉しくなった。
「な〜に、にやにやしてんの?」
「ミナが嬉しそうにしてるんだもん」
「
そういわれて私は顔が赤くなっていくのを感じる。熱くなる耳。逆に首筋は冷たく感じる。昔から、耳が熱くなる時に首筋が冷たくなった。なぜかは分からないが、私の中でこの二つは連動しているのかもしれない。
「うん、好き」
「やだもう百合ってやつみたいじゃん」
そうなりたいよ、私は。
なんていえるわけもなく、ニコニコとただ笑顔をミナに向けた。
一番になりたい。なんて贅沢は言わないから、私はミナの二番でいいから。ずっとそばにいたい。ずっとそばにいたいの。
ズットソバニイタイノ。
ズットズットソバニイタイノミナノソバニズットズット。
『視線を感じるの』
ミナはそんなメッセージを父親に送ったみたいだ。私の存在をミナが感じてくれているみたいで、ぞくぞくした。体が疼く。
ミナの持つ鞄の底に入った盗聴器が、ミナの周囲の環境音を拾う。
歩行者用の信号機が青になった時に鳴る音。車がミナの横を通り去る。若い女の子のグループの騒がしい声。ノイズ。
ミナの靴が階段をコツコツと叩く音。ドアノブを捻る時の軋みのような音。立て付けが悪いのか、不気味に威嚇な声を発するような扉の音。ノイズ。
バイト先のフクロウカフェに入ったのだろうか。急に電波の受信が悪くなった。
ノイズが混じる。
ミナがロッカーを開けるような音が微かにした。衣擦れのような音が混じる。ノイズのカーテンの奥から聞こえてくる小さな衣擦れは、覗きをしているような感覚で一層興奮を掻き立てた。さっきまで来ていた学校の制服を脱いで、バイト先の制服に着替えているのだろう。ミナの上半身はブラジャーとキャミソールだけの姿かもしれない。
「はあっ……」
抑えきれずに声が漏れた。その声が聞こえるはずがないのは分かっている。でもその声は出すべきではないと、私には思えた。
《誰?》
ミナの不安そうな声が飛び込んで来た。
肌が粟立ち、喉が締まって息が止まった。盗聴器がバレた? いや、違う。もしそうなら「誰?」という言葉が出るよりも「なにこれ?」という言葉の方が適切に思える。
それに。
《気のせいか》
ここ何日間か、ミナはこのパターンを繰り返している。ミナはもしかすると、勘がいいのかもしれない。盗聴に薄っすらと気付いているのかもしれない。
いや、そんなはずはないか。
バイト終わりにミナは、いつもとは違う路線の電車に乗った。こちらの電車に乗る時は、買い物に向かうことが多い。きっと服を買うのだろう。車内で泣く子どもと電車のガタゴトと響く音ばかりで、他の音はその合間にスルリと入り込む車内アナウンスの声だけだ。
早くミナの声を聞きたい。百貨店に到着すれば、店員と会話をするだろう。それまでの辛抱だ。
電車のガタゴトという音が止む。そして泣く子どもの声が遠ざかっていく。ミナが電車を降りたようだ。いつも服を買いに行くところとは違い、今日は百貨店が目の前に立つ駅で降りていた。違和感を覚えた。とはいえ、今日はなにか別の目的があるのかもしれない?
いつもより熱心に耳をそばだてた。
車の通り過ぎる音。年配女性のぺちゃくちゃと喋る声。バスの車外放送。ノイズ。
ふっと環境音が小さくなった。
百貨店の中に入ったようだ。コツコツとミナの靴が立てる音が聞こえる。ミナが発する音。何十分振りかに聞く、ミナが発する音! 興奮の波が一気に私を襲った。ミナを感じたい。ミナを。
ミナヲカンジタイ。
ミナは何度かエスカレーターを乗り継いだようで、足音が少し止んでまた足音がする度に興奮の波は訪れた。
「ふぅ……」
声が漏れてしまう。我慢が出来ない。
ミナが立ち止まった。館内に流れる音楽が聞こえてくる。
《ご試着も出来ますので〜》
女性店員のどこから発しているのか分からない声が、私を苛立たせる。
《試着お願いします》
ミナの声!
試着。という事は、ミナは服を脱ぐ。その時に聞こえるであろう衣擦れの音を想像して、体が疼く。カーテンを閉める音。
《ごゆっくりどうぞ〜》
耳に響く至福の音はミナのボディラインを想像させるだけでなく、ブラジャーの色やキャミソールの色、ミナの肌の色をイメージさせるに十分だった。ダメだ我慢出来ない。
《誰?》
肌が粟立ち、喉が締まって息が止まった。
でも、これはいつものパターン。ノイズ。
《騒ぐな》
私の体温が一気に下がったのか、それとも上がったのかは分からない。ただ突然に聞こえた男の声で、耳が熱くなり、首筋は一気に冷えていた。
この声は誰の声だ。どうしてミナの入った試着室の中で男の声がするのだろう。おかしいおかしいオカシイ。
ミナが危ない。
ノイズとミナの小さな悲鳴とノイズとノイズとガタガタと何かが動く音とノイズ。
私の息が乱れる。興奮じゃない理由で息が、息が乱れる。
ミナの所に向かわないと!
イヤホンを外そうとした。
耳が熱い。
《急がなくても、お前は二番目だ》
イヤホンから響くその声に、私の首筋と意識は更に冷たくなっていった。
あなたのそばで、あなたを感じていたい。 斉賀 朗数 @mmatatabii
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