第2話 3月26日①
「あ、神田(かんだ)ちゃーん!」
私がそう呼ぶと、校門前広場の向こうから他とは明らかに様子の違う女の子がこちらに歩み寄ってきた。身長は170cmを軽く超えており、黒の細身パンツ&黒のロングコートと今の季節にしてはあまりにストイック過ぎる格好。端正な顔立ちにさっぱりとした黒髪ショートカットがよく似合う、私のよく知る女の子。ああ、相変わらずまだ全身マトリックスのトリ○ティーモデルなのね、あなたは!
この子の名前は神田 秀美(かんだ ひでみ)。私とは幼稚園から高校までずっと一緒で、おまけに塾まで小4から高校卒業まで同じという、これぞ幼馴染というやつだ。それが去年私が落ちたせいで彼女は東大理1、私は河合塾とついに大きく進む道を分かつことになってしまったのだ。
しかし今年、学年こそ一つ離れてしまったものの無事にまた一緒になった、というわけ。今日はそんな神田ちゃんからの誘いで、4月から通う駒場キャンパスを案内してくれるというのだ。久しぶりに会うための口実としては完璧だったし、いろんなサークルを先行で紹介してくれるというのも魅力的だったので、二つ返事でオッケーしてとてもとても楽しみにしていたのだ。
合格発表から2週間以上が経った。もう1年以上毎日とりあえず予備校に行って勉強をする、という生活が続いていた。日々なんとなく試験に向けてのプレッシャーを大なり小なり感じながら受験生活を過ごしていたのだが、3月10日を境についに一切しなくてよくなったのだ。その開放感たるや、これこそ待ち焦がれた自由の始まりになるはずだった!しかし現実は、
「ひ、ひますぎ、る、、、」
ああ、本当に暇だ。おかしいな?勉強やってた時には、終わったらあれやろうこれやろうと様々に思いを巡らしていたはずなのに、いざ終わってみると、そんな願望的なものは3日くらいでふっ飛んで無くなっていってしまった。そもそも私自由になったら何やりたかったんだっけ?
最初の何日かは予備校仲間たちと会ってウダウダしてたのだが、それもじきにネタが尽きてしまったのだ。
他に受験時代にはできなかったことで私がやったことと言ったら、そう、NWOBHM(ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・へヴィー・メタル)のレジェンド、RAVENの来日公演に行ったくらいのものだ。そう、RAVENは実にすごかった!衰え知らずというか、もうそれはそれは・・・・ああ、ダウンロードフェスももちろん行きました!行きました!SLAYERが涙涙の最後だったのよー!・・・・いやいや、こういう私の音楽の趣味趣向の話は別の機会に譲るとしよう。
まあとにかく、やるべきことがなくなるというのがこんなにも苦痛だなんて思ってもみなかった。こういう時に人間というのはつくづく社会的動物なんだな、と実感する。私はいつの間にか、社会および世の大人たちが善しとする勉強をやっていて無意識的に充足していたところから、今自由もとい暇になってしまい、今度は周りから賛辞されるようなことが出来なくなってしまったことが苦しいんだろう。人間が自然界の中で生存競争を乗り越えるために作り出した実態を伴わない観念にすぎないはずのこの「社会」に、私もいつの間にか居場所を求めて安心したがっていると言うのか!?
と、こんなふうにモヤモヤと不毛に苦しむことになりかねないので、是非、受験生のみなさまには私は見事に無為に消費してしまうことになるであろう、この大学合格から入学までの1ヶ月を有意義に過ごせる計画をしっかりと事前に計画しておく事を強く強くオススメしておきたい。
そういうわけで、神田ちゃんから連絡があった時にはまるで天の助けかと思えるくらいにありがたかった。まあそれにしても1年ぶりに再会する神田ちゃんは、ゆるふわみたいな大学デビューのテンプレみたいな転身もせずに、一目見て我が道を行ってるのが丸わかりな、変わらぬ異様な黒服姿に私は感動していた。
うんうん、あなたまた異常なほど浮いてるわよ。この桜の咲き乱れている校門前で、真っ黒な大柄の女の子にみんな一瞬振り向いて、あなたの向かう先の私までちらっと見てフッって残念そうな表情してますカラァ!
この1年忘れていたこの刺すような視線が気持ちいいです。私たちも今年ハタチなのだし、これはもう流石に中2病って言えないだろう。いや、鳳凰院○真さんもこの歳くらいまでこんなんだったな。うーん、悩ましいわ・・・・
「やあ、くにちゃん。久しぶりだね!」
私が呆けていたら、神田ちゃんはいつの間にか目の前にいた。あ、胸ポケットに大きなサングラスも発見!
だ、ダサいな、やっぱり・・・・
理系女子・国分寺邦子の東大生活 @jukunokouji
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