Darkside Revenge

宮崎ゆうき

Darkside Revenge

 ウロクの手を強く握ると、母さんは何も言わず一点を見つめ足早に森の闇の中へと進みはじめた。


「どこに行くの?」


 引っ張られるようにして、ウロクも足を早める。本当はどこに行くのかをウロクは知っていた。


「先月も行った場所よ。今は声をあまり出さないでちょうだい」


 明らかに母さんの心は焦っていた。ウロクは、なぜこんなにも母さんが焦っているのかが分からない。握っている手からはビリビリと緊張が伝わってウロクは否が応でも不安になっていく。


「梟はなぜ現れるの?」


「しっ!今は黙ってついてきなさい」


 ぴしゃりとはじき返すように言われ、ウロクは黙り込む。静寂が訪れると落ち葉を踏む足音だけが妙に立体的に森の中で響いた。

 しばらく森の中を進んでいくと岩壁に突き当たった。先月も訪れた場所だ。

 あの時も梟が街に現れた。そして今日も―。


「梟は不幸の象徴なんだ。現れると子供はすぐに避難しなくちゃいけない」


 ウロクが初めて梟を見た前の日の夜、父にそう言われたことを思い出した。「どうして梟が現れると避難しくちゃいけないの」とウロクが尋ねると、父は何も言わずはぐらかすばかりだった。ただ不幸の象徴なのだと。

 岩壁に着くと母さんは慣れた手つきで小さな窪みに手をかけ、ぐっと引っ張った。すると扉のように岩壁の一部が開き、奥へと続く洞穴が現れた。

 洞穴の中は夜よりも更に暗く、何もかもを吸い込んでしまいそうな不気味さを放っている。入るのが怖い、ウロクはそう思った。ここに来るのは覚えている範囲でも8回は越えているのに、毎回来るたびに恐怖を感じた。むしろ回数を重ねるごとに恐怖も増しているようだ。

 それでも母さんは、そんな事お構いなしという風に、洞穴の中に躊躇なくウロクを引っ張っていく。 

 洞穴の中には等間隔で燭台しょくだいが設置されていて、母さんがそれらに手早く火を着けた。ぼうっと音を立て蝋燭ろうそくに火が灯る。オレンジの光が優しく真っ暗な洞穴を照らしだすと、ウロクの中の恐怖心が少しだけ和らいだ。

 しばらく洞穴を進んでいくと開けた空間に出た。といっても子供部屋程度の広さしかなく天井も160cmの母さんより少し高いくらいの場所だ。


「いい?ウロク。ここで大人しく待っているのよ。できるわよね」

 

 顔の前で人差し指を立て母さんがじっとウロクを見つめる。


「うん。わかった」


「そう、偉いわ。鐘が鳴ったら出てきなさい。すぐに迎えにくるから」


 ウロクの頬に軽くキスをすると、母さんは来た道を足早に引き返していった。

 母さんの足音が遠くなるにつれ、また恐怖がゆっくりとこちらに迫ってくる。怖くなって蝋燭ろうそくに視線を移すと頼りなさそうにゆらゆらと揺れ、今にも消えてしまいそうでさらに怖くなった。

 

 がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 

 聞き慣れない音が耳を突く。


「誰かいるの?」


 ウロクが叫ぶと、奇妙な音はさらに音を大きくさせた。

 恐怖しながらも耳を澄ませ、音の出所を探ってみる。

 音は突き当りの壁からしているようだった。

 ウロクは恐る恐る土の壁に近づき耳をピタリとくっつけた。

 がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 やっぱり音はここからしている。


「誰かいるのー?」


 壁の向こうの何かに叫んでみる。恐怖はあった。それでも、それ以上に好奇心の方がこの時は強く感じていた。

 叫び終えると、もう一度ピタリと耳を壁に付けてみる。


「いるよー。きみはだれー?」


 人だ!しかも子どもの!僕と同じ8歳くらいの子供の声だ。いつの間にか恐怖心は消え、ウロクは土壁を手で勢いよく掘り始めた。

 水を多く含んだ土の壁は案外簡単に掘ることが出来、ウロクは無我夢中で壁を掘り続ける。

 次第に声が近くなっていく。僕らは確かに近づいているんだ。ウロクはさらに掘るペースを速めていく。

 穴が繋がると、やはり同い年くらいの男の子が現れた。服は土で汚れ、顔にも土がこびりついていた。そして、自分もきっと彼と同じように汚れているのだろうと思った。

 数十秒の間、声も出さず二人は、ただじっと見つめ合う。不思議な空気が二人の間に流れていく。

 先に声を出したのは目の前の男の子だった。


「君は誰?」


「僕はウロクって言うんだ。君は?」


「俺はオルウ。よろしく」


 ウロクの住む町は決して大きい町ではなかった。町に住む人たちの事はほとんど知っているつもりだったが、オルウという子がいたなんて知らなかった。


「よろしく。君も避難してきたのかい?」


「うん。まあそんな感じ。連れて行けって、わがまま言ったんだよ俺が」


「オルウはこの場所が好きなの?」


「好きなわけない。でも一度来てみたくてさ。まさかこんな洞穴で待つとは思わなかったけど」


 苦笑を浮かべながら、オルウは土を壁に投げつける。


「君は初めてなんだね。僕はここには結構来てるんだ。何度来ても怖いよ」


「たしかに、俺もいざ来てみると、超怖いのなんのって」


 二人はお互いに噴き出し、笑いあった。と同時に大きな鐘の音が洞穴に響き渡る。


「おっ!終わったみたいだな」


 嬉しそうにオルウが言った。


「今日はさよならだね」


「おう!ウロクに会えて良かった。次もまた来るよな?」


「うん。きっとくるよ。僕もオルウに会えて本当に良かった」


「俺たちは、今日から友達だ」

 

 オルウがニッと白い歯を見せて笑う。


「うん、友達だ。こんなに楽しいなら梟も悪くないかも」


「あぁ。俺たちにとって梟は幸運の象徴だ」


 二人はがっしりと握手を交わすと互いの入り口に引き返した。


「えへへ。友達かあ」




                  ●


 洞穴の入り口でウロクは母さんの迎えをじっと待っていたが、何分経っても母さんが現れる気配は無かった。

 鐘の音が聞こえて、こんなに待たされることは今の今まで一度も無かったと言うのに。母さんは一体何をしているのだろう。不安と恐怖が静かに心に沁み込んでくる。

 さっきまでのことが夢だったように今は心細く淋しかった。

 待っていても仕方がない。ウロクは一人家に向かって歩き始める。帰る途中、母さんに会ったら怒ってやらなくちゃ。

 森を抜けると町が妙に騒がしいことにウロクは気づいた。ある一角に人が密集していたのだ。妙な胸騒ぎを覚えウロクは人が密集する方へと駆け出す。

 人の間を掻き分け奥に進んでいくと、開けた先に二人の大人が倒れていた。

 それが誰なのかすぐに分かった。


「母さん、父さん……」


 声とも言えない叫びを上げ、ウロクは血を流し倒れる二人にしがみついた。


「なんで!だれが、誰が……」


 背後から幾つもの声が飛ぶ。


「奴らだ。梟だよ」


「俺たちが何をした。悪いのは俺らの先祖だろ」


「梟は悪魔の血を葬りたいのじゃよ。一匹残らず……」


「今日だって俺たちは一度も手を出さなかった」


 ゆっくりと顔を上げ辺りを見回してみる。血溜まりには何本もの羽が浮き、父さんの手にはそれと同じ羽が無数に握り締められていた。

 

 梟ってなんだよ!


 悪魔の血ってなんなんだ!


 わけも分からずただ、怒りと憎しみが沸々と湧き上がっていく。

 全身に力が入りブルブルと震えはじめた、その時だった。力んだと同時にウロクの体が50メール以上高く飛び上がった。

 ウロクは何が起こったのかも分からず、地面へと急降下していく。ことはなくゆっくりと地面へと降り立った。

 人々はそんなウロクを見つめ何かを囁き合った。

 あるものはウロクを拝んだ。

 またあるものはウロクに向かって「ルシファー様」と天高く声を上げた。

 

 ああ、そうか僕は―。



                 ●


 あの日僕の両親は殺された。梟に―。

 あの日以来ウロクは自分たちの事について必死に調べた。

 自分たちが住む世界とは別の世界。決して交わることのない……交じり合ってはいけない世界があること。

 その昔、自分たちの祖先が彼らにしていたこと。もう一つの世界が僕たち悪魔を恨んでいたこと―。

 父さんや母さんを殺したのは梟というエクソシスト集団であること―。

 父さんが死に際に一羽の梟の片翼をもぎ取ったこと。片翼を千切られた梟の持ち主が両親を殺した張本人であること。

 

 それから3日後また梟が町に現れた。


 ウロクはゆっくりと洞穴に向かう。両親を失った今、洞穴に行く必要はないのかもしれない。それでもウロクを其処に向かわせるのはオルウの存在が大きかった。


「久しぶり。待ってたんだぜ」


「うん。久しぶり」


「どうしたんだよ。元気ねえじゃん」


「初めて僕らが会った時、君は言ったよね。梟は俺たちのだって」

 

 ウルオの頬がぴくっと動く。


「それってって意味だよね?」


「ああ。当たり前だろ?」


「そっか」


「そう言えばさ聞いてくれよ、この前俺たちが出会った日あるだろ?あの時、俺ん家の梟がさ片方の羽、むしり取られてたんだよ」


 オルウが悔しそうに口をとがらせる。


「それは悲惨だね。今日鐘が鳴ったら、家へ見に行っても良い?家に良く効く薬があるんだ」




                  ●


 ウロクは鳥籠とりかごに入った梟をじっと見つめる。片翼は半分以上が千切れて無くなっていた。


「君が僕を此処に連れてきてくれたんだよ?だから君は逃がしてあげる。僕は悪魔じゃないからね」


 鳥籠とりかごを掴むと一歩ずつ踏みしめるようにして窓へと近づいていく。一歩進むたびに、足元ではぴちゃぴちゃと血が飛び跳ねた。


「換気しないとね」


 窓をゆっくりと開け、鳥籠から梟を放つ。梟は飛び立つことなく、ぼとりと地面に落ちてしまった。


「ああ。そっか君は羽がダメになっちゃってたね」


 地面で、のたうつ梟の周りに何羽もの梟が集まっていく。ウロクから見える限りでも50羽は越えている。


「君には友達が多いんだね。僕はたった一人の友達すら今失ったのに」


 窓の外から部屋の中へとウロクの視線が移る。そして倒れる3人のに向かって、小さく独り言のように呟いた。


「梟は幸福の象徴なんだってね。今でもそう言える?逆に僕は今梟にとても感謝しているよ。いうなれば梟のおかげで幸福になれたんだ。これで僕は人間になれたのかな?」



「そして君たちは悪魔になるのかな」









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