切り札はフクロウ

雅島貢@107kg

切り札はフクロウ

「で、切り札はフクロウなんだって」

「早い早い早い。早いよ長内さん」

 慌てたように浅井が言うが、長内は不満げに答える。

「早えってなんだよ、早いことないだろうよ。ただルールブック読んでるだけじゃんか」

「いやそのさ、まだ長内さんしか来てないじゃんか。ホラ、ビールでも飲んで待っててよ」

 浅井はそう言って、缶ビールを長内に差し出す。唸り声のような声をあげながら缶ビールを受け取った長内は、蓋をまさぐってまた不満げに言う。

「ちょっとぉ、浅井さん。これ、蓋開けちゃってんじゃん」

「はぁ? 開けたけど何さ」

「わっかってねえなぁ、蓋をさぁ、プシッてやりたいんだよ、プシッて」

「うるっさいなぁ、黙って飲んでよ」

「いや俺がおかしいみたいに言うけどそんなことないからね? プシッ、からのグビグビが大事なんだって、みんなそうだよ。それか開けちゃったんならコップに入れるかだよ」

「わぁかったよ、おかわりは蓋開けさせてあげるからさ、まま、飲んで飲んで」

「煮えっきらねえなあ。……あれ、これなんか味違くない? 新製品?」

「ん……あー、そうなのかな。分かんないや。あ、ホラ、出来た出来た。ローストビーフでございやす!」

 オーブンから肉の塊を取り出して、浅井はテーブルに見せびらかすようにローストビーフを置く。流石に長内もこれには顔をほころばせて、にやつきながら言う。

「おお、すげえ、美味そうじゃん」

「だろー? 先食べてていいよ、オレまだもう少し料理があるからさ」

「いや先に食えったって、このままじゃあ無理だろうよ。なんかカットしてくれよ」

「あそっか。ちょっと待ってな」

 浅井はそう言うとキッチンに引っ込み、包丁を手に戻ってくる。それを見た長内は驚いて言う。

「……何それ」

「ん? 包丁。何、なんかローストビーフナイフみたいなの持って来いって? 言っとくけどないからね、そんなの」

「いやいやいやいや。何それ」

「だからさあ、独身男性の家にローストビーフナイフなんて」

「ちげえよ! その包丁のサイズを言ってんの! でかくねえか?」

「あ、そう?」

 そう言って浅井は、鮮やかな手つきで刀と言っても通りそうなほど大きく輝いた包丁を一振りする。

「こっえ。やめて? それ振り回すの。言っとくけど普通ないよ? 独身男性の家にそのサイズの包丁。大丈夫なの? なんか、銃刀法とか」

「大袈裟だなあ。いやこれ良く切れるんだって」

「まあ切れるだろうけどさ」

「でかいのが嫌ならメスもあるけど」

「なんっでだよ! おまえんちの刃物全部こえーわ。いいよじゃあそれで。ちょっと俺に向けんのやめてくれよ。あ、いや、俺が立つわ。何それ、こわっ。…………ああ、ありがと」

 ローストビーフをすぱすぱと切り分けた浅井は、機嫌良さげに鼻歌を歌いながら、巨大な包丁を振り回してキッチンに戻る。長内は怯えたようにそれを見送って、「いや、やっぱでけえし、あとこええよ。なんで振り回すんだよ」とひとりごちる。


 ビールを飲み、ローストビーフをつまんで、少し落ち着いた様子で長内は手元の冊子をめくり、言う。

「あーあ、みんな遅えなあ。集合7時だよな?」

「あー、うん、まあ、ね。ま、そのうち来るって」

「早くやりてえなこのゲーム。今どこなんだろ。ちょっと電話してみっかな。河野が来るんだっけ?」

 それを聞いた浅井が、キッチンから顔を出して言う。

「ああーあー、えっと、何? ゲームって」

「あ? いやさ、最近ボードゲーム流行ってんじゃん。で、みんなでやろうと思って俺ドンキで買ってきたのよ。これ。『切り札はフクロウ』ってやつ」

「ああ、さっき言ってたやつ? どんなゲームなの?」

「いや、だからみんな揃ってからさ」

「あでも見てよこれ長内さん。二人から出来るって」

「ん、そうなの? じゃあ練習してみっか」

「いいじゃんいいじゃん。ちょい待ってね、これだけ出すから。ほい、カレー」

「カレーて……て言いたいけど、お前のカレーうめえんだよなぁ。食っちゃう。あ、これもなんか味に深みがあるってか、何、香辛料変えた?」

「ん、ん、まあ、研究はしてるよ。で、で? どういうゲームなの、これ」

「えーと。『切り札はフクロウは、皆さんのスマホのカメラロールを使うゲームです』」

「カメラロール? へえー」

「『まず、プレイヤーはそれぞれ、【色】カード、【物】カード、【場所】カードを3枚ずつ持ちます』だって。じゃあ……これか。とりあえず引いてみるか。ほい、えーっとこれでよしと。『誰が最初にカードを切るか決めて、決めたらその人は、【色】【物】【場所】カードを1枚ずつ場に出します』どゆこと? まあじゃあちょっと俺からやってみんね。えーっと、じゃあ、【赤】【鳥】【川】にすっか。で……と。『カードを出したプレイヤー以外は、その条件を満たした写真をカメラロールから探します。カードの右上には得点が書いてあり、条件を満たした写真が見つかれば、その写真を出したプレイヤーが得点を得ます。条件を満たせなかった場合は、カードを出したプレイヤーが得点を得ます。全員がカードを出し終えた後に、一番得点の多いプレイヤーが勝者です!』はあ。ってことは、浅井さん、赤くて、鳥が写ってて、川にいる写真があれば全取りで、で、なければ俺に点が入るみたいなことだね」

「あっ、あるある! あるよそれ!」

「嘘だろー。そんな都合よくある?」

 意気揚々と浅井はスマホをなぞり、一枚の写真を見せる。

「……何これ」

「いや、だから、ほら川でしょ?」

「川は分かるよ。いい河原だな。それはいいよ。え、これ赤いの血?」

「ああうん、血。トリの」

「こええよ! これ、なに、浅井さん持ってるこれ、鳥なの?」

「うん。トリをさ、捕まえて解体すんだよ。これが楽しくてさあ」

「笑顔で言うなよ、こええよ。え、なんて鳥なの、これ。捕まえていいやつなの?」

「多分いいんじゃないの? なんかね、地元の人も『トリ』としか呼んでないから正式な名称はわかんないんだけど、まあ別に禁猟とかではないみたいよ」

「はぁーー。まあじゃあ確かに、川っぺりで、でこの肉塊は鳥なのね? で確かに血だから赤いわ。赤黒いっつうか」

「よっしゃ! 赤が1点、川が3点、鳥が、おお、15点! 一気に19点ゲット! んじゃあねえ、俺は、【青】【マイク】【台所】!」

「え、その鳥の話終わり? ……まあいいわ、こええし。えっと」

 長内はビールをあおり、気を取り直して言う。

「うーっわ、揃わなそうなやつ出したなー。やるじゃん。えーっと、でも点差広げたくないから、……これ!」

「何これ? パチンコ屋のフクロウ?」

「ふへへ、このゲームのタイトル覚えてるか?」

「『切り札はフクロウ』?」

「そう。『プレイヤーは、一度だけ切り札としてフクロウの写真を出すことができます。フクロウの写真を出せたら、そのターンに出たカードは総取り! まさに切り札はフクロウなのです!』」

「ええー。ないよフクロウの写真なんて。なんだよそれ、さっき撮ってきたんじゃん。ずるいなぁ」

「まま、今度やるときまでには撮っておけよ。よし、俺は……合計24点だな、おっけおっけ。揃わなそうなの出せばいいわけな。えーっと、じゃあ、【黒】と……うーーん、あ、これは無理だろ。【注射器】と、【公園】!」

「うっわ、ないわー。えーっと? そんなかだと【注射器】が30点かー。じゃあそれを出すか。ホラ」

「注射器の写真なんてあん……何これ」

「注射器と、豚だよ。惜しかったなー、ホルスタインだったら黒もあったのに」

「え、いや、え? なんで? なんで浅井さん、豚に注射器ぶっ刺してんの?」

「いや解体するから。暴れたら危ないじゃん。麻酔麻酔」

「え? 豚も解体してんの?」

「うん。楽しいよ、骨とかうまく見つけてキレーにわけんの。ホラこんとき買ったんだよ、あの包丁」

「えっあの包丁豚切ったやつなの?」

「いやもちろん消毒してるし洗ってるよ?」

「そういうことじゃねえよ。え、何? 解体? 趣味?」

 長内が顔を青くして尋ねる。恐怖のためか、少し呂律が回らなくなっている。

「いや、やってみたら面白いんだよ、解体。肉がスーーッと切れた時の感覚とかさあ。あと、血の匂いとかもね。生きてるって感じがするんだよなあ。やっぱ大きい動物ほど良くて。猿も良かったなあ」

「ちょっとまてよ。なんだよそれ。え、たべるとかじゃなくて?」

「いや、解体だね。それがいっちばん面白い」

「なんだよ、それ……、なんか、こええよ……、そんで、なんで、おれは、からだが、うごかないんだよ……」


 空になった缶ビールが転がり、長内は顔を伏せてしまう。浅井はその顔を引き起こして、長内が完全に弛緩したことを確認して、にんまり笑う。


 ふと思いついたように、浅井は最後に残った長内の手札を見る。

「【赤】……赤かぶっちゃってんじゃん長内さん。ツいてないな。お、残りは【骨】【風呂場】か。なんかすげーラッキー。ちょうど撮れるじゃん」

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