異世界転生したらのんびり気ままでした

naka-motoo

異世界転生したらのんびり気ままでした

 僕は死んだようだ。

 ようだ、というのは生と死の境目も何もなかったから。

 世の中に嫌気がさして、フラフラと家の前の田んぼ道を歩いていたら用水にはまったところまでは覚えてる。


「でも」


 僕は周囲を見渡した。


 風景が特に変わりない。


 僕の過疎化した集落の、元の家っぽい日本家屋が目の前にある。

 いや、寸分たがわず僕の家だ。


 ただ、誰もいる気配がない。


 村全体に。


 とりあえず公民館に行ってみることにした。この外界と遮断されたようなエリアにおいての唯一の社交場が公民館と隣接するコンビニとは名ばかりの駄菓子屋もどきだ。


「こんにちはー」


 コンビニで買った菓子やら飲み物を持ち寄って年寄りたちが公民館に集まるのが集落最大の娯楽なので、さすがに誰かいるだろうと思ったが、やっぱり誰もいない。


「異世界、と考えて間違いないんだろうな」


 僕はためして見た。


「火属性!」


 何も起きない。


「水属性!」


 反応なし。


「ハーレム所望!」


 言ってから赤面した。


 とりあえず小腹が空いたので無人のコンビニのパンの売り場からチョコデニッシュを一個取って、お釣りはいらない、とばかりに150円をレジ台にパチン、と置いた。

 キャッシュレスが普及してない地域でよかった。普及してたら無人では払いようがなかった。


 用水に架かった小さな橋の上に座り、足をブラブラさせながらチョコデニッシュを食べた。


「さて、どうするかな」


 異世界転生でなくとも、いわゆるSF小説では誰かと出くわすというのが王道の展開だ。けれどもそれを期待するのは間違ってるかもしれない。


 なにせ、異世界だ。

 面倒なことはすべて排除したい性分なので、誰もいない方が気楽だ。

 コンビニの食料が尽きなくて、電気も供給し続けられて、ついでにネットもSNSも通常営業ならば、何の問題もない。


 あ、欲を言えば。

 美少女が1人居れば、それでいい。


「それにしても、人が居ない以外、全部同じだ」


 橋の位置、冬の間ブルーシートがかけられたトラクターの位置、お地蔵さんにお供えされてたお茶のペットボトルの銘柄まで同じだ。


 だんだん間違い探しの気分になってきた。


「人間はいないけど、動物は?」


 耳をすます。


 いつもは聞こえる猿の鳴き声も聞こえない。

 時折聞こえるカモシカの鳴き声も。

 一度だけ聞いたことのあるクマの咆哮も。


 鳥のさえずりも。


「鳥?」


 そうだ、僕は何をぼんやりしてたんだ。


 家の鳥カゴのキュオラがいるじゃないか。

 キュオラはとても利口なインコで、まるで言葉の意味が分かっているんじゃないかというぐらいに人間の言葉を真似て自然に返してくる。


 僕は駆けて家に戻った。どうせ焦る必要もないんだけれども、なぜだか人間ぽい声を聞きたかった。

 これでも人らしい心は持っているんだなと自分のことを少し見直した。


 まるで間違い探しのようにフクロウが居た。


 キュオラが居住するはずの小ぶりの鳥かご目一杯の体積を占めてフクロウの後ろ姿が見える。


「お、おはよう」


 いつもの愛嬌のある‘おはよう’の返事がない。


「今日は、いい天気だ」


 今みたいな曇天の時にしてくる‘なんでやねん!’という絶妙のリアクションもない。


 僕はだんだんイライラしてきた。

 けれどもそれは立腹によるイライラではない。

 得体のしれない恐怖を感じたのだ。


 目の前にいる生物がフクロウだということは分かりきっているのに、その鳥がやっぱり何者か全く分からない。


 名前も呼ばわることができないのでとうとう僕はこう声をかけた。


「おい!」


 反応は瞬間だった。

 動く動作など残像に残らない機敏さで、首だけ180° きゅるんとこちらに廻った。


「ああっ!」


 このフクロウという鳥が、僕を絶望のどん底に落とし去った。


 今日からこの異世界で、フクロウと2人きり。


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