オジサンとフクロウ

ぶんころり

オジサンとフクロウ

【まえがき】


こちらの作品は「カクヨム3周年記念選手権~Kakuyomu 3rd Anniversary Championship~」への応募作品(1日目)「お題:切り札はフクロウ」となります。


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 昔々あるところに、自宅でフクロウを飼っているオジサンがいました。


 オジサンはたいそうフクロウのことを大切にしており、フクロウもまたオジサンになついておりました。


 フクロウは夜、オジサンの家から抜け出して、近所の森で狩りをします。


 野ネズミや昆虫などを食べて、お腹を膨らませるのです。


 そのためにオジサンの家はいつも、庭に面した窓が開けっ放しになっておりました。フクロウが自由に出入りできるようにです。


 おかげでフクロウの出入りする部屋は虫が入ってきて大変です。


 しかし、オジサンの住まいは持ち家なので、フクロウのために割り切っておりました。近所に住まう人たちからは少しキモがられておりました。


 そうしたある日のこと、夜に家から出ていったフクロウが、朝になっても帰ってきませんでした。


 これまでにも似たようなことは何度かあったので、オジサンは当初そこまで気にしませんでした。


 しかし、三日経っても、十日経っても、フクロウは一向に戻ってきません。


 これはおかしいぞと考えたオジサンは、フクロウを探して森に入ることにしました。


 渋谷でプログラマーの仕事をしているオジサンは、これといってアウトドアな趣味もないため、足腰がとても弱いです。当然、森に入るのは重労働です。


 しかし、大切なフクロウのために頑張ることにしました。


 近所のカインズで装備を整えたオジサンは、森に足を踏み入れました。


 フクロウやーい、フクロウやーい。


 オジサンは声を上げながら森を歩き回ります。


 しかし、どれだけ歩いてもフクロウは見つかりません。一方で四十路を目前に控えたオジサンの体力は、ガリガリと削れていきます。


 やがて小一時間も歩くと、オジサンは息が上がってきました。


 このままではフクロウを探すどころではありません。


 オジサンは加齢に伴う運動能力の低下を身をもって実感しました。来週からジムに通おうと、既に幾度となく挫折している目標を繰り返し立てました。


 そうこうしていると、目の前の茂みがガサガサと揺れました。


 なんだろう、とオジサンは思いました。


 するとどうしたことでしょう、葉々の間からクマが顔を出したのです。


 とても立派なツキノワグマでした。


 その姿を目の当たりにして、オジサンの身体は驚愕から固まりました。


 全身に贅肉がたっぷりとのったオジサンは、クマにとっては極上のごはんです。碌に運動していない上、偏った食生活を続ける肉体は、どこをとっても霜降りです。


 オジサンの脳内ではアドレナリンが分泌されて、瞬く間に様々な選択肢が浮かび上がりました。


「たたかう」

「ぼうぎょ」

「しんだふり」

「にげる」

「いんすたばえ」


 クマが、がおー、と吠えました。


 アドレナリンに冷静な判断力を奪われたオジサンは、クマの吠える声を耳にして「いんすたばえ」を選択しました。


 ズボンのポケットから取り出したスマホで、パシャリと一枚撮りました。


 するとフラッシュの輝きに驚いたクマは再び、がおー、とオジサンに吠えました。腕を大きく掲げて威嚇を始めました。


 アドレナリンに冷静な判断力を奪われているオジサンは、クマの吠える声を耳にして、今度は「たたかう」を選択しました。


 カインズで購入したナタを構えます。


 クマもオジサンと「たたかう」ことを選択しました。


 霜降り肉はクマの大好物です。


 その腕がオジサンの顔を狙って振り下ろされました。


 渋谷でプログラマーの仕事をしているオジサンは、これといってアウトドアな趣味もないため、俊敏な動きができません。当然、クマの攻撃を避けることなどできません。


 咄嗟に背を向けて、背負っていたカバンを盾にしました。


 ドン、という衝撃と共に、オジサンは吹き飛ばされました。


 ゴロゴロと地面を前のめりに転がっていきます。


 クマの攻撃を受けて裂けたカバンから、詰め込んであった荷物が地面にドサドサとおちます。熊のツメは常飲しているモンエナの缶に刺さっていました。


 これはもう駄目だ。


 オジサンは自らの死を悟りました。


 地面に尻をついて上を見上げると、そこにはクマの姿があります。


 よだれを垂らして、オジサンのことを見つめていました。


 ツキノワグマのディナータイムです。


 するとどうしたことでしょう。


 クマの背後から、何かが凄まじい勢いで迫ってくるではありませんか。


 それは瞬く間にオジサンの下までたどり着きました。そして、オジサンに向かい襲いかかろうとしているクマに、その鋭いツメ先で攻撃を始めたのです。


 オジサンは気づきました。


 それはオジサンが大切にしていたフクロウです。


 フクロウ、フクロウじゃないか!


 オジサンは予期せず再会したフクロウにびっくりしました。


 自ずと声を上げておりました。


 しかし、オジサンの驚きはそればかりではありません。


 なんと、やってきたフクロウは一匹ではありませんでした。もう一匹、遅れてやって来たフクロウが、同じようにクマを襲い始めたのです。


 オジサンは理解しました。


 フクロウは森で番の相手を得ていたのです。


 だからオジサンの家に戻ってこなかったのです。


 ちなみにオジサンが大切にしていたフクロウは、オスです。


 そして、オジサンは妻はおろか恋人さえ作った経験がありません。年齢イコール彼女いない歴です。もれなく童貞です。


 だからでしょうか、オスのフクロウに少しイラッとしました。


 しかしそれと同時に、自らを助けるためにやってきたフクロウに対して、イラッとした以上の感激を覚えました。心が温かいもので満たされるのを感じました。


 オジサンの脳内で再びアドレナリンが分泌され始めます。


 オジサンは繰り返し「たたかう」を選択しました。


 クマはフクロウに襲われて大変そうにしています。


 空を自由自在に飛び回るフクロウに対して、必死に腕を振り回しています。


 おかげでオジサンの姿が見えていません。


 その隙きを狙って、オジサンはクマにナタを振り下ろしました。


 カインズで買ったばかりのナタは切れ味も抜群です。


 ナタの刃は見事にクマの首元を捉えていました。


 その野太い喉から咆哮が上がります。


 こうなるとクマも大変です。


 こりゃたまらんと言わんばかり、地面に前足を突いて四足になり、オジサンとフクロウの下から逃げていきます。


 その姿は木々の間に消えて、すぐに見えなくなりました。


 なんということでしょう。


 オジサンはフクロウのおかげで一命を取り留めることができました。


 無事にクマから逃れたオジサンは、フクロウの夫婦にお礼をしました。カバンに忍ばせていた彼の好物、三元豚のバラ肉をプレゼントしました。


 できることなら、自宅に戻り無事を分かち合いたいオジサンです。


 しかし、二匹を連れて帰ることはできません。


 彼らには彼らの生活があるのです。


 オジサンはクマから助けてくれたことに繰り返しお礼をして、フクロウの夫婦と別れました。そして、一人で家に帰ることにしました。


 ペットのいない孤独な生活の始まりです。


 森からの帰り道は、往路よりも大変でした。


 オジサンは全身汗だくとなり、ヒィヒィと悲鳴を上げながら頑張りました。明日も朝から仕事ですから、心身ともに大変なことです。


 オジサンの勤め先にはフレックスタイム制度などありません。毎日九時に朝礼が始まります。一分でも遅れたら遅刻扱いです。


 出世に焦った課長の施策でした。部長以上、経営陣からは絶賛です。


 家に到着する頃には、既に日が暮れておりました。


 オジサンは這々の体で、自宅の玄関ドアに手をかけました。


 廊下を歩いてリビングに向かいます。


 全身はバキバキでした。


 するとその通り道、自宅の中庭に面した部屋には、いつの間にやらフクロウの夫婦の姿がありました。二人仲良く並んで、お気に入りの止まり木に止まっています。


 つい先刻にプレゼントした豚バラを美味しそうに食べています。


 その姿を目の当たりにして、オジサンは絶句しました。


 なんでやねん、と思いました。


 今生の別れを意識したオジサンは、複雑な気持ちです。


 どうやらお別れだと思っていたのは、オジサンだけだったようです。


 しかも、自宅に先回りされておりました。


 もうしばらくフクロウとの共同生活は続きそうです。


 それからお風呂をすませたオジサンは、頑張った自分へのご褒美にプレモルを空けました。そして、お酒の入った勢いも手伝い、森であったことをツイッターで呟くことにしました。


 スマホに残っていたクマの写真と、大切にしているフクロウの写真、更には赤いものが付着したナタの写真を添えて、軽い気持ちで呟きました。


『近所の森でクマと戦った。切り札はフクロウ』


 オジサンの呟きは瞬く間に「いいね」されていきました。


 その日のうちに幾千、幾万とリツイートされました。


 なんとバズってしまったのです。


 その翌日の出来事です、オジサンのツイートに宛てて、リプライが届きました。それは渋谷に拠点を持つIT系メガベンチャーからです。


 IT系メガベンチャーの担当者は、オジサンが過去に呟いてきた技術的なツイートや、趣味で書いていたテックブログの記事を見ていました。


 そこには朝九時の朝礼を欠かせない、出世に焦った課長への愚痴もありました。転職したいという意思表示も並んでおりました。


 これを目の当たりにしたIT系メガベンチャーは、是非うちで働いてくれないか、とオファーを出してきたのです。


 こうしてオジサンは、プログラマーとしてキャリアアップをすることになり、職場でも良い縁に恵まれて、末永く幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。

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