集結する英雄たち

西紀貫之

『それじゃあ10時に――』


*****

♥「てのひらの上に、お母さんと子供が乗ってるオブジェしってる? そこで」

♠『――わからね~。場所も、なんでそんなの作ったのかもわかんね~』

*****



 エルフの女剣士がチャットアプリで提案をしたところ、三人の仲間から返ってきた応えは一様にそんな感じだった。



*****

♣『――山手線の左上の方知ってるのはエルフちゃんだけなんだから、まかせるよ』

*****



「ぐぬぬ」


 エルフちゃんは歯噛みした。

 他の仲間はいろんな世界からやってきた勇者たちだが、まだこの世界には不慣れ。トウキョウに舞い降りた最古参の自分がリードしなくてはと思うも、自分だって上京したての日本人とあまり変わらない。


――」


 頭を抱える。

 用事と言ったら地元のスーパーや商店街、コンビニで事足りる生活。いざ戦いとなったら車を持ってる仲間を頼ってた。

 しかし今回は池袋、駐車場があるとは限らない。魔神を倒しても駐禁を切られたりレッカーなんて憂き目に遭ってしまったら目も当てられない。それぞれが電車で最寄りの駅に集まるクエストが発生したのだ。傍目からはコスプレ好きにしか見えないのが救いだ。


「みんな山手線沿線に住んでるんだから、板橋区に住む私を頼らなくてもいいじゃない! 埼玉一歩手前よ! 家の前の道路渡ったら魔神の侵略とか関係ない世界よ!」


 スマホのブラウザを立ち上げて、待ち合わせ場所になりそうなものを検索し、仲間へと提案を開始する。



*****

♥「東口ベッカーズのところはどう?」

♣『あれ、日本撤退したんじゃなかったっけ? ハンバーガー屋さんだろう? チェーン展開してる』

♦『それ原宿とか渋谷とかあのへんに再上陸したって聞いたわ。池袋じゃないんじゃないの?』




♥「ヤマダ電機の入り口前とか」

♠『いいよ、LAVIのほう? 本店のほう?』

♣『ちょいまって地下もあるし他がいいな』




♥「ビックカメラ総合本店前は?」

♦『本店? ああ、ロッテリアの横の』

♠『ソフマップじゃない? 紙のたかむらのそばの方でしょ』

♣『ロータリー近くのは西口だったっけ? ちょっと分からないなあ』




♥「東武のマルチビジョンは? テレビいっぱいあるとこ」

♠『地下改装でなくなったよ』




♥「背中合わせで、おでこと肘と足の裏をくっつけて反ってる巨大像の近くは?」

♠『なにそれ怖いわ。てのひらの上にいる親子像より怖いわ』

♣『実在すら怪しい。ガソリンスタンドの出光のロゴみたいな像のほうが有名じゃないか?』




♥「西口公園の噴水は?」

♦『園内工事中だったはずよ』




♥「西口広場の交番は?」

♠『そもそも東口に行くのに西口とかないわ~』

♣『東口にないの? 待ち合わせ場所』




♥「あ、東口の宝くじ売り場は? おおきいとこ」

♣『あれ? そんなに大きくないだろ。ちっこい小屋の中でおばちゃんがひとりのとこでしょ?』

♠『東口って、西口と中央があるんでしょ?』

♦『西で東? なんかよくわからないわね』


*****




「うヴァァァァァァアアアアアアアアアア!!」


 エルフちゃんはスマホをベッドに思い切り叩きつけた。壁と天井で跳ね返ったスマホは思いのほか丈夫で傷はなかったが、持ち主は頭をかきむしって荒く息を吐いてる始末だった。


「あんたらのほうが詳しいじゃないの!! なによ!! 板橋区民舐めんなああああ!!」


 気を取り直す。

 どこか、あるはずだ。

 なにか、あるはずだ。


「……あ」


 閃く。

 そうだ、あそこなら!





■ ■ ■



 かくして、東口の『いけふくろう』で待ち合わせを提案したところ、全員が知っていた。しかし、当日現われたのはエルフちゃんだけだった。平日ということもあり、人の目がやや厳しい中、フル装備で待っていたのに誰も来ない。

 連絡を取っても「いや、もういるわよ。エルフちゃんこそどこ?」「ごめん、電車が遅延――あ、構わず先行って」「ごめん、今起きた」との返事。

 そうこうしてるうちに魔神復活の時間が迫ってきたので、エルフちゃんはひとりで反応が強い場所へと向かう。サンシャインシティだった。

 その屋上で待ち構えている魔神は、たったひとりで来たエルフちゃんに思い切り嘲笑を浴びせる。


「ぶあっはっはっは! 馬鹿め! 地理に不案内のお前たちが揃って待ち合わせなどできるものか。工事も紛らわしい店舗展開も総て俺の策略よ! こういうトラップだと、たいてい真面目が馬鹿を見る。おまえのようにな! ははは、おまえのように、な!!」

「………………」

「え、なんで無表情で無言なの? わし魔神だけどチビりそうなんですけど。え、あ、ちょっと待――ぎゃあああああああああああ!!」




■ ■ ■




 かくしてエルフちゃんはトシマクの魔神をひとりで丁寧にじっくりと鬱憤をゆっくり晴らすようじわじわと倒した。

 魔気が去ったところで、スマホに着信が届く。異界化が解除されたのだろう。並ぶのは♠♣♦からの謝罪のメッセージだった。


「へー、いけふくろうって、壁画のちっちゃいやつもあったのね。運転も再開、寝坊は後で折檻するとして。うふふ、みんなもういいのに。次はゆるさないけど♪」


 返り血で真っ赤な指で操作するスマホの画面に浮かぶそれらをニコニコしながら見ていたが、最後の一文で表情が固まる。

 予言の魔術師♦からの追伸だった。



*****

♦『次は新宿駅南口ちかくに魔神が出ると出たわ。よろしくね、エルフちゃん』

*****


「うヴァァァァァァアアアアアアアアアア!! うヴァァァァァァアアアアアアアアアア!! うヴァァァァァァアアアアアアアアアア!!」


 スマホは今度こそ、粉々に砕け散ったとか散らなかったとか。

 かくして、英傑らの戦いは続くのでありました。

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