【あとがき――という名の簡単な解説】



 はじめましての方ははじめまして、そうではない方はいつもお世話になっております。

 吹井賢です。


 こちらの『あなたとブルームーンを』という作品は、正直なところ、何故書いたのすら覚えていない作品です。しかしそれは思い入れがないことを意味しませんし、何なら掌編の中では一番好きな作品でもあります。

 なんだっけな……。「吹井賢も恋愛モノ書けるんですよ!」みたいな主張の為に書いたような覚えがあります。

 さて、この話は、若気の至りが取り返しのつかない結果を招いてしまい、それを一生後悔し続けるという、ややもすると悲しく、薄暗く、救いなく、どうしようもない物語と表現できなくもないのですが、そう言ってしまうと、あまりにも切な過ぎるので、僕の中ではこう考えています。「一人の少女が恋を知る話」と。

 そして、恋を知ることとは、他者に恋焦がれ、愛おしく思う気持ちを知ることです。けれども、恋が叶わない切なさを知ることも、やはり、恋を知ること、でしょう。


 明言されてはいませんが、“彼”は『僕のホームズ、紹介します!』等に登場する鞍馬輪廻です。

 “彼”にとっては、数え切れないほどある「誰かを助けようとした経験」の一つであり、しかし、“私”にとっては「掛け替えのない初恋の過去」という構図も、また皮肉と言いますか、“彼”にとっての“私”は『友達』で、“私”にとっての“彼”は『他人』から始まり、やがて『友達』を通り越し、『初恋の相手』になってしまったという、不一致さがどうにも切ない物語だと思います。

 後半、“私”は、


  彼は、私の気持ちに気付いていたのだろうか?

  それとも、気付いた上で、触れなかったのだろうか?

  ……だとしたら、悪い男だ。優しげな顔をして、なんて酷い奴なんだろう。


 と独白していますが、『僕のホームズ、紹介します!』や『読心探偵・鞍馬輪廻』で示されているように、鞍馬輪廻は共感能力に非常に優れた人間なので、“私”の心情についても当然気付いています。察してしまっています。

 この辺りは、鞍馬輪廻が一般的な鈍感系主人公と違うところであり、彼の辛いところで、輪廻は自分に向けられる感情を正確に読み取れてしまいます。主人公が誰かを助ける→助けられた人物がヒロインになる、はライトノベルのお決まりですが、その図式は、ほとんどの場合において、「主人公はヒロインの側の好意に気付かないこと」を前提に成り立っており、しかし、こと鞍馬輪廻に関しては、それは有り得えません。好意に気付かない、ということが、できない。

 故に、彼は彼の側で、『友達』という単語を繰り返し使っています。それは「ぼくが君を助けるのは、ぼく自身が助けたいと思ったからだよ(≒恋愛的な感情から来る行動ではないし、況してや、見返りを求めてはいないよ)」という意味であると共に、「仮に君がぼくに対して好意を抱いてくれたとしても、ぼくは応えられないよ」というメッセージなんだと思います。常に一線を引いていたのです。


 ……なんだか輪廻が嫌な奴に思えるかもしれませんが、彼はただただ純粋に、友達を助けようとしただけです。嫌われるかもしれないとか、そんなことは彼にとってはどうでも良かった。“私”のことを心配し続けていただけだったのです。

 “私”もそのことを理解しており、だからこそ、最後に友達としてブルームーンをご馳走するのです。失恋の痛みは消えることはないけれど、同時に彼への感謝も、彼へ抱いていた好意も、消えることはなく、ただ静かに彼女の心の奥底に、あるいは『友達』という関係性の中で、生き続けるのですから。

 吹井賢は、『金曜日には終わる恋』という長編の中で、「終わった恋も後には良い想い出になる」と登場人物に言わせていますが、きっと“私”の得た全ての感情が、今の彼女の一部になっています。なっているといいな、と思います。


 この作品が、皆様の一時の楽しみになれば、それが作者にとって最高の喜びです。

 それでは、吹井賢でした。


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あなたとブルームーンを 吹井賢(ふくいけん) @sohe-1010

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