汎用フクロウ型決戦兵器サキちゃん
海野しぃる
サキちゃん、僕を捨てないで
「
“面会”が許可され、研究所の来賓室に通された僕の目の前に現れたのは、変わり果てた姿のサキちゃんだった。
大きくつぶらな瞳は最新鋭の光学機器に置換され、ナガセだかなんだったかという研究所で開発された特殊合金製人工翼を移植され、長くスラリとした足も無機質なクレーンアームや物騒なミサイルポッドになっていた。月から来た宇宙人との対決に備えた
悲しげに瞳を伏せ、フクロウ語で僕の名前を呼ぶ彼女を見て、僕は居ても立ってもいられなくなった。
「サキちゃん!」
思わず彼女を抱きしめようとした僕を二人組の男が制止する。
「やめろ! 離せ! サキちゃんは僕の恋人なんだ!」
男たちは一瞬怯むが、僕の拘束を解除することはない。
向こうもプロの軍人だ。悔しいけれども僕の力では彼女に触れることすらかなわない。
成り行きを眺めていた眼鏡の男が、いやらしく眼鏡をクイクイと上げながらため息をつく。
「
「なんでこんなことをした! サキじゃなくても良かっただろう!」
「それはサキ様のお父上にご了承いただき……」
「父親がなんだよ! こんなこと……彼女の意思は無視かよ! 何が宇宙人だバカバカしい! そんなの僕たちの間には関係なかった! 僕はただ……生まれたままのサキちゃんと二人で……幸せに……」
眼鏡の男は僕を捕まえて離さない二人組の男と顔を見合わせたあと、憐れむような蔑むような視線を僕に向ける。
「ここまであなたをお呼びしたのは、サキ様が希望なさったからです。そもそもサキ様のお父上からはあなたを絶対に近づけないように言われておりました」
「店長……なんで……!? あの人は僕たちのことを知らない筈だ……」
「さあ? あなた方の関係を好ましく思ってなかったのでは?」
「……はっ」
笑うしかなかった。だからといって、血が繋がらないとは言え娘を、国防の為の最終兵器に改造することを許可する奴が居るか。
こんなの間違っている。
大学の研究室で密かに培養していた薬剤耐性炭疽菌を散布してでも、僕は彼女を救い出してみせる。
引き裂かれたまま終わるくらいなら、僕はこの馬鹿げた施設を道連れに、彼女とともに誰にも手の届かない場所に行ってやる!
「だったらどうした。僕は――」
肺一杯に空気を吸い込み、僕は叫ぼうとした。
「――
だが、その一声で僕の心で燃える炎はかき消える。
変わり果てたとしても分かる。この声だけは、間違いなく君の声だ。
「
「理由?」
改造された彼女の首筋に接続されたモニターに次々文字が表示されているが、そんなもの無くても僕には分かる。
彼女の語る重要な話……宇宙人との戦争が終わったらまた暮らせるとか、OWLの姿から元に戻れるとか、そういうことだろうか。
今此処で政府に逆らえば僕も彼女も死んでしまう。だったら、ここで薬剤耐性炭疽菌をぶちまけるのは少し待ったほうが良いかもしれない。
政府の人たちがサキちゃんの首筋にスピーカーを接続し始める。
『ここからは少し話が長くなるから、スピーカーを使うわね』
無機質な合成音声。
そんなもの要らない。彼女は知っている筈なのに。
少しだけ距離を感じてしまって、嫌な予感が胸を過る。
「……分かった。話してよ」
僕は口を真一文字に結んで次の言葉を待つ。
本当のことを言えば今すぐ彼女の傍に駆け寄って抱きしめ、この場から連れ出してあげたい。
でも相手の気持ちを待つのも愛だと思うんだ。
僕はサキちゃんを愛している。その気持は今も変わらない。
そしてサキちゃんだって僕を愛している。だったら、信じることも必要だ。
『あなたより素敵な男性を見つけたの、別れてくれない?』
「はっ?」
ちょっと何言ってるか分からない。
別れて欲しい、それならまだ分かる。
すっかり変わってしまった自分の姿や相手の将来を思って別れを告げる。
そういう忍ぶ愛というものだってあるはずだ。だけど、君と僕の間にそんな遠慮は必要無い。
「――そうか! 演技だ! 演技だねサキちゃん! 僕を遠ざけるために! 不器用な娘なんだから……そんなもの僕たちの間には要らな……」
その時だ。
「
いけすかない低い鳴き声。
僕の肩に荒々しい爪が食い込む。断りもなく僕の肩に鳥がとまった。そこはサキちゃんの為の場所なのに!
「誰だよ!」
僕がそう言うと同時に肩に止まっていたフクロウ――雄のベンガルワシミミズクは飛び立ち、サキちゃんの隣に寄り添う。
さすがの静音性、空の暗殺者を名乗るだけはある。肩に止まられるまで気づかなかった……くそっ! 僕のサキちゃんにもそうやって音もなく忍び寄った訳だ! 卑しい
「
「恋……人?」
「私が研究施設で手術を受け、リハビリに耐えている間、ジェイクはずっと傍に居てくれた……私の心が壊れそうな時、支えてくれたのはジェイクなの!」
「
「黙れ! 黙れ黙れ! そのダニまみれの翼でサキに触るな!」
「
「お前は僕が、どんな思いで彼女を探していたか知ってるのか……?」
「
『ジェイク、やめて。あなたが悪役になる必要は無いわ』
ジェイクはまるで人間が肩を竦めるようにして翼を折り曲げる。
特殊合金製の翼はジェット機をすれ違いざまに両断できるという。
その気になれば僕は一瞬で真っ二つなのだろう。だからって、馬鹿に……馬鹿にしやがって……!
悔しくて悲しくて、僕は拳を握りしめる。
『トウゴ、そもそも私とあなたじゃ住む世界が違ったのよ』
「違うもんか! 僕たちは同じ店で……」
『フクロウカフェね!』
そう、僕はカフェのバイト。サキちゃんは花形フクロウ。
二人の愛は秘密だった。
「店長だって僕たちのことを……」
『そりゃあ店員がフクロウに手を出してるとは思わないわよ!』
そんな……それは確かにそうかもしれないけど!
「それはそれとしてあんなに愛していると言ったじゃないか……」
『ヒナの頃から世話していただけじゃない! あなたは私を騙していたのよ!』
「僕たちの日々が刷り込みの産物だったとでも言いたいのか!?」
『それは――』
言葉に詰まるサキちゃん。
だが僕には分かっていた。
ここが潮時だ。彼女の幸せを思うなら、たとえ辛くても僕こそここで退くべきなのだ。
「もういい! もうたくさんだ! 分かったよ、金輪際ここには現れない! 顔も見せない! 二人共……いいや二羽ともお幸せに! 邪魔したよ!」
僕は二羽に背を向けると、僕を捕まえていた男たちの手を振り払い、部屋を出る。
その刹那、部屋に居た男たちのため息が聞こえたような気がしたがもうどうでもいいことだ。
僕にはもう何も無い。全て終わったのだ。
研究所から出ようという時、先程の眼鏡の男が僕を追って現れる。
「どうしたんだよ、笑いに来たか?」
「……いいえ、車でご自宅まで送らせていただきます。公共交通機関はこの研究所の周囲には存在しませんから」
「ああ……好きにしろよ」
眼鏡の男は頭を下げる。
「申し訳ありませんが、彼女はすでに国の
僕にはすでに返事をする元気も無かった。
*
半年後。
OWL部隊により、宇宙人は再び月の前線基地へと押し戻された。
今やOWLとなったフクロウたちは各国で英雄扱いだ。グッズも発売され、街の中でサキちゃんによく似た玩具を見ない日は無い。それがどうにも耐え難かった。
「……小宮山トウゴ様、ですね。お久しぶりです」
大学を休学し、やることもなく昼間から公園で酒を飲んでいた僕の前に、またあの眼鏡の男が現れた。
「なんだよ」
男は僕の前でブリーフケースから書類を取り出す。OWLの設計図、そして仕様書だ。完成予想図に映し出されるのは黒いOWL。これまでの生体パーツを活かしたOWLとは異なり、全てを金属及びプラスチックの複合素材で作られたOWLだ。
フクロウを秘密兵器に変えるのがOWL計画だった筈だが、これは明らかに今までのOWL計画とは異なる。
「何をするつもりだ?」
「OWLによる集団脱走や軍規違反が相次いでいます」
「あんたらの管理が悪いんだろ」
「我々は秘密裏に人間を素材にしたOWLを開発することを決定しました。OWLを殺す為に生まれた黒き鋼のOWL……小宮山トウゴ様、あなたにその第一号となっていただきたい」
「……なぜ僕が誘われた」
「サキ様とジェイク様が脱走OWLの集団を率いる首魁となっているからです」
国がやる仕事にしては雑だ。機密の保持も、人員の選定も。むしろ今この状況に感じるものは悪意だ。悪意を持った何者かが、サキを追い詰めようとしている。
「眼鏡のお兄さん。あんた、どこの誰から命令されている。我々ってどこのどいつだ」
「……さて、なんのことやら」
僕は空――真昼の月――に向けて指差し、それから地――この国――に向けて指差す。
「どっちだ?」
「左様ですか……それでは断られたと上には報告いたします」
「上なら一枚噛ませろよ。もう惜しい命も無い。ずっと死にたかったんだ」
「死にたかった、ですか。ふふ……」
眼鏡のお兄さんの笑顔を僕は初めて見た。
何が彼の琴線に触れたのかはわからない。だが、悪くないと思った。久しぶりにサキちゃんに会えるのだ。そして今度こそ、サキちゃんを守れる。
「詳しく聞かせてくれよ、眼鏡のお兄さん」
公園のベンチから立ち上がる。
「眼鏡ではありません。有葉と呼んでください、性癖の難儀なお兄さん」
眼鏡のお兄さん、もとい有葉は僕に向けて手を差し出す。
「今度は僕が
その手を握りながら、僕は小さくつぶやいた。
サキちゃん、今度こそ追いつくからね。
汎用フクロウ型決戦兵器サキちゃん 海野しぃる @hibiki
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