ブルー・インク・リボン

安良巻祐介

 何の種も植えずに白けた陽のさす窓辺に置いておいた鉢植えから、ある日、海のように真っ青な蔓が生え、半日もしないうちにみるみる伸びて、私の机の上にその先端を届かせた。

 青い蔓なんて珍しいなとは思ったものの、それ以上特に心も動かされなかったので無視してそのままにしていたら、机の端にあったメモ紙まで伸びた蔓先が割れて、青いインクに似た汁が迸って、「たんじょうびおめでとう」という、子供の手になるような、ひどく拙い文字を書き出した。

 祝ってくれるのはありがたいが、生憎と今日は私の誕生日ではない。それどころか、私には誕生日というものがないのだから、恐らくいつかこの部屋に住んでいた誰かに対する、何年か遅れのメッセエジなのだろうと思った。

 何にせよ、その言葉を受け取るべき者はもうここにはいない。正直に言おうかと迷ったあげく、それもかわいそうだと思って、メモ用紙の端に、「ありがとう」と返礼の短い走り書きをだけしておいた。青いインクは、私の血と同じ色。だから、指を少し切って出した血で以て、その誰とも知れないどこかからのお祝いに、社交辞令ならぬ斜行儀礼をしたのである。

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ブルー・インク・リボン 安良巻祐介 @aramaki88

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