響き合い、繋がり合い――NOWHEREは、NOW HEREへ!!

我々が、「物語」に惹かれる理由はなんだろうか。それはいくらでも挙げられる。夜空に星がいくつもあるように、それぞれの胸に在り続けるはずだ。しかし、きっと誰も彼もに共通する理由が一つある。それは――「ここではない、どこかへ」という思い。無邪気で残酷で情けなくって、それでいてどうしようもなく純粋な願いである。

かくいう私もそうだ。私が様々な物語に触れて、愛し、困惑し、忘れられなくなるのも、この現実があるからだ。どうにもこうにも、何かと不満だらけのこの世界と折り合いをつけるためである。

この物語の主人公、遠野観行も、「あれかこれか」のモラトリアムに揺れ動いていた一人だ。彼が生きるのはどうしようもない現実。そしてその果てに――彼は転生する。異世界に。そこから物語は動き出す。

物語は、ジャンルで括ってしまえば「異世界転生モノ」ということになる。しかし、その読後感はジャンル内の先行作品群と大いに印象を異にするであろう(断定しないのは、私がそれらをあまり読めていないからだ。逆に、そんな人間でも読みたくなるような吸引力があるということだ)。その理由といえば、前述した主人公が「世界観」というべきもの、あるいは何度も言っている「現実」、そして「フィクション/物語」に対して忸怩たる思いを抱えており、その葛藤や懊悩が克明に綿密に描かれているからだ。そのためモノローグが多く、明朗快活な活劇を期待されている方には少々重苦しい部分もあるかもしれない。しかし、この観行という主人公の滔々とした独白の数々にほんの少しでも共感を覚えたら最後――ラストエピソードまでぐいぐい読めてしまう。彼は自分になり、自分は彼になる。そして、彼と同じように成長する感覚を味わえるからだ。

これだけ言えば、その心理描写だけが秀逸なのか、と思われるかもしれないが、決してそうではない。そもそも世界設定自体が、この小説は斬新なのである。「異世界転生」という、ここ近年で一気に広まった概念を全く別のアプローチで解釈、独自に再構成したその作り込みは最高に刺激的だ。いくらでも想像が広がるような圧倒的「奥行き」がある。

更に、魅力的な登場人物たち。誰も彼もが、それぞれに「物語」を抱えている。その描写自体が話と密接に繋がっているため、非常に生き生きと動いてくれる。彼らが活躍するシーンをまだまだ見たい、という気持ちにさせてくれた。(ちなみに私は芋ジャージ先輩が好きだ。みんなもすこってくれ。)

これだけ語ってもまだ、私のこのレビューはきちんとしたまとまりを得られない。というのも、最後まで読んでもなお、この物語は私に何かを考えさせるからだ。物語に触れるということ。「世界観」「現実」、様々な言葉が頭に浮かぶということ。それらが頭に残り続け、あの愉快で最高な連中の活躍が残響のようにこびりついている。しかし、それは決して不快な感触ではない。眠っていた何かを揺り動かし、熱くしてくれる感覚。それこそが――この小説の真髄なのだ。このレビューを読んで、私の読後感に共感していただける方が居れば嬉しい。

とにかく、長くなったが、後は皆さんにこの物語をひもといていただきたい。どこまでも熱く、不器用なほど、青臭いほどまっすぐな語りが、キャラクターが、描写が、世界観が貴方を待っている。

そしてどうか、貴方にも見つけていただきたい。貴方の「物語」を。現実逃避の手段としてではなく、都合の良い自己解釈としてでもなく――これからを、生きていくために。

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