漫画・アニメ・ゲーム・小説など、物語やキャラクターに憧れを抱いたことのある全ての人に読んでほしい、そんな小説です。
普通の青年がある日異世界に転生し、事件に巻き込まれる。そんな中で出会ったのは強くて可愛い、ミステリアスな少女。
無数の物語世界が実在する、という世界を舞台に、少女と共に事件の真相に迫っていく――
一見、よくある異世界転生ものですが、その内容は残酷なほど現実的。
目を背けたくなるような光景が次々と現れ、主人公・遠野観行と読者を大いに揺さぶります。
物語を愛するものであれば一度は見るであろう夢、大好きなアニメやゲームの世界に行って冒険したい。あわよくば恋焦がれたあの子と出会えるかもしれない。
そんな夢がかなう異世界にありながら、自分の不甲斐なさを嘆き、葛藤する遠野観行の姿が克明に描かれていきます。
そんな彼に少しでも共感できると思えたならば、最後まで一気に読み切ってしまえるでしょう。それだけの魅力と構成力がこの小説にはあります。
「大好きな主人公のように生きてみたい」
「あのキャラクターの生き様に励まされたな」
そんな思いが心の中にある人は是非。
我々が、「物語」に惹かれる理由はなんだろうか。それはいくらでも挙げられる。夜空に星がいくつもあるように、それぞれの胸に在り続けるはずだ。しかし、きっと誰も彼もに共通する理由が一つある。それは――「ここではない、どこかへ」という思い。無邪気で残酷で情けなくって、それでいてどうしようもなく純粋な願いである。
かくいう私もそうだ。私が様々な物語に触れて、愛し、困惑し、忘れられなくなるのも、この現実があるからだ。どうにもこうにも、何かと不満だらけのこの世界と折り合いをつけるためである。
この物語の主人公、遠野観行も、「あれかこれか」のモラトリアムに揺れ動いていた一人だ。彼が生きるのはどうしようもない現実。そしてその果てに――彼は転生する。異世界に。そこから物語は動き出す。
物語は、ジャンルで括ってしまえば「異世界転生モノ」ということになる。しかし、その読後感はジャンル内の先行作品群と大いに印象を異にするであろう(断定しないのは、私がそれらをあまり読めていないからだ。逆に、そんな人間でも読みたくなるような吸引力があるということだ)。その理由といえば、前述した主人公が「世界観」というべきもの、あるいは何度も言っている「現実」、そして「フィクション/物語」に対して忸怩たる思いを抱えており、その葛藤や懊悩が克明に綿密に描かれているからだ。そのためモノローグが多く、明朗快活な活劇を期待されている方には少々重苦しい部分もあるかもしれない。しかし、この観行という主人公の滔々とした独白の数々にほんの少しでも共感を覚えたら最後――ラストエピソードまでぐいぐい読めてしまう。彼は自分になり、自分は彼になる。そして、彼と同じように成長する感覚を味わえるからだ。
これだけ言えば、その心理描写だけが秀逸なのか、と思われるかもしれないが、決してそうではない。そもそも世界設定自体が、この小説は斬新なのである。「異世界転生」という、ここ近年で一気に広まった概念を全く別のアプローチで解釈、独自に再構成したその作り込みは最高に刺激的だ。いくらでも想像が広がるような圧倒的「奥行き」がある。
更に、魅力的な登場人物たち。誰も彼もが、それぞれに「物語」を抱えている。その描写自体が話と密接に繋がっているため、非常に生き生きと動いてくれる。彼らが活躍するシーンをまだまだ見たい、という気持ちにさせてくれた。(ちなみに私は芋ジャージ先輩が好きだ。みんなもすこってくれ。)
これだけ語ってもまだ、私のこのレビューはきちんとしたまとまりを得られない。というのも、最後まで読んでもなお、この物語は私に何かを考えさせるからだ。物語に触れるということ。「世界観」「現実」、様々な言葉が頭に浮かぶということ。それらが頭に残り続け、あの愉快で最高な連中の活躍が残響のようにこびりついている。しかし、それは決して不快な感触ではない。眠っていた何かを揺り動かし、熱くしてくれる感覚。それこそが――この小説の真髄なのだ。このレビューを読んで、私の読後感に共感していただける方が居れば嬉しい。
とにかく、長くなったが、後は皆さんにこの物語をひもといていただきたい。どこまでも熱く、不器用なほど、青臭いほどまっすぐな語りが、キャラクターが、描写が、世界観が貴方を待っている。
そしてどうか、貴方にも見つけていただきたい。貴方の「物語」を。現実逃避の手段としてではなく、都合の良い自己解釈としてでもなく――これからを、生きていくために。
異世界転生、あるいは転移、または旅行―――流行りだの廃りだの言われるそれを、物語に触れながら一度も夢見なかった人が、果たしてどれだけいるであろうか。我々の世界と物語の世界が繋がる奇跡―――本作はそんな夢のようなテーマを掲げつつ、しかし決して甘くはない。
本作の世界観では、小説やゲームなどの架空の物語は、作者が無意識的に観測した"実在する"異世界での出来事であり、そんな数多の異世界と我々の住む所謂"現実"の世界が繋がっている。特殊な状況下においては様々な世界に足を運び、憧れた場所に立ち、恋い焦がれたキャラクターに会うことも可能ではある。
そんな無数の世界を股に掛け、武器や薬物を売り捌き、文字通り"世界観を破壊する"謎の組織が活動している―――というのが、本作の『世界』が抱える最大の問題である。
そんな途方も無いスケールの犯罪に巻き込まれて、"現実"から弾き出されてしまったのが主人公の遠野観行である。偶然にも犯罪組織の謎に迫れる条件を満たした彼が、世界間での捜査を行う『多世界犯罪捜査局』に協力を要請されるところから、本作の『物語』は本格的に始まる。
夢のような物語が現実である世界で、胸躍るような展開に巻き込まれながら、しかし遠野観行はあまりにも普通だ。現実への未練も、異世界への適性も、知恵も力も並である。そんな彼だからこそ、犯罪の被害者を普通に思い遣り、協力の報酬に手を伸ばす場面には、強く共感できるものがある………と、私は思う。
あまりにも夢のような世界観で、あまりにも普通な少年が、何と出会い、何を思い、何を為すのか。その行く末が少しでも気になったのならば、この『物語』と繋がってみては如何であろうか。