2nd Flight 『大会』

「すごい・・・。」

思わず口に出たその言葉は彼の耳に届くはずもなく虚空に消えていった。

トップスピードから繰り出す急速な方向転換、流れるような無駄のない攻撃、それと同時に魅せる飛び方も忘れていない。彼の動きは無駄のない洗練された動きだが、見る者全てを魅了する美しさや派手さも兼ね備えている。

そんな彼の姿を彼女は嬉しそうな瞳で見つてめていた。


雛森ヒナモリ 飛燕ヒエンがAC部に入部してから約二週間が経った。しかし、部員は小花衣コハナイ 有栖アリスの二人から増える気配がない。それもそのはずだ、フライングリングを使おうとする人間が多くなったところで実際に使える人間は数少なく、全国で十万人程しかいない。合格率だけで見れば下手な国家資格より低いだろう。そんな人間が一つの学校に三人もいる可能性なんてゼロに等しいだろう。さらに、この学校のAS部には実績がない。今までもAC部があった年はあるらしいが実績は無かったためその時の記録は一切残っていない。そんな理由もあり今も部員は二人のままだ。

部員は二人だがこの二週間で部活らしい活動が始まった。部活らしい活動と言っても飛燕がコーチで有栖が生徒という形になっている。


「今日も十キロもランニングするんですかぁ?たまには無しでもいいんじゃない?」

ねだるように上目遣いで聞いてくるが変える気はさらさら無い。飛燕は部活に関しては、いや、ASに関しては手を抜くような男では無い。しばらく続いた口論の後に今日のランニングは八キロになった。

(決して可愛さに負けたわけではない。うん、そうだ。)

ちなみになぜランニングをしているかというと、ACというのは基本的に自身の脳による演算によって飛んでいる。しかし、その演算には大量の酸素を使うことになる。つまり、少しでも多くの酸素を得るためには心肺機能の向上が必要なのだ。

それ以外には基礎的な飛行技術の上昇のための反復練習や、模擬戦形式による実践練習を行っている。飛行技術の上昇に関しては瞬間的な加速や、相手の背後に回る方法、無駄のない動きで攻撃に移る方法、などの様々な動きを教えた。実戦形式による練習では実力の差を考慮してもちろん加減して行っているが今、過去最大のピンチが訪れた。

「いつまでも手加減してないでください。」

ムスッとした顔で言い寄ってくる。ムスッとした顔も可愛いが今回はそれどころでは無い。本気で相手して欲しいらしいが、もしそうしたら飛燕が圧勝してしまう。

【選択肢①】普段より手加減の度合いを減らす。

バレた時にまた起こりだすだろう。

【選択肢②】言葉を濁す。

これは論外だな。

【選択肢③】本気で相手する。

これが一番いいのだろうか?平和的解決なはずだ。

そんなこんなで本気で有栖の相手をすることになった。


電子ホイッスルの音が鳴り響き、同時に今日の実践練習が始まった。

瞬間、おそらく有栖の目には飛燕が消えたように見えたのだろう。一瞬戸惑うような様子を見せたがすぐに切り替え周囲を見渡した。

「周囲の確認をするまでが遅すぎる。速度で負けたと思ったら先ず周囲の確認をして死角を作るな!」

注意の言葉を背後に聞き、回避行動を取ろうとするが時すでに遅し。腕に痛みが走った。その攻撃によって生まれた一つの手のブレは大きな空気のブレとなり埋めようのない大きな差へと変わる。その隙に寸止めで膝蹴りを繰り出す。

「終わりだ。」

頭に手を乗せ優しく告げると、有栖を支えながら地上に戻った。そして、そのまま今日の部活は終わった。やはり、多少手加減しておくべきだったのだろうか?そんな思いが駆け巡るが今後悔した所でどうしようも無いと割り切り帰路に着いた。


「おはよう〜!」

学校の正面の坂、その坂の下で有栖は手を振りながら挨拶してきた。昨日のことは気にしてないようにも見えるが実際はどうなのだろうか?

「ああ、おはよう」

形式的なやり取りを済まし昨日のことを謝ろうとすると有栖が「昨日はごめん。あれは逃げたわけじゃ無くてこの実力差をどうやって埋めようとか、私の飛び方が未熟だったんだなぁとか思ってただけで・・・。」一度口ごもるとそのまま続けた「手加減無しで嬉しかった。」

『手加減無しで嬉しかった』この一言で救われた気がした。飛燕は自分自身のやり方に違和感を感じていたがこの言葉で自身を肯定できたのだ。もちろんそれが本心ではなく飛燕を元気づけるためのものの可能性だってあるが、目の前の少女の裏表の無い笑みを見ればそんな可能性など一瞬で払拭された。

二人はそのまま学校に向かい、いつも通りの何ら変わりない一日を過ごし部活の時間を迎えた。


部活の実施場所、学校のすぐそばの砂浜に向かうと有栖は既に来ていて準備運動を済ませていた。

そして、飛燕の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

(今日も可愛い!砂浜にたたずむ水着の少女。その少女が駆け寄ってくる時に揺れる胸・・・揺れるようなものは無かったがそれはそれで良き。)

ACの大会には服装についての規定はないため基本的には運動に使うような薄いシャツで挑む人がほとんどだ。それなのに何故か有栖はフリルの沢山着いた水着を来ていふ。ちなみに今は五月に入ったばかりだ。確かに今日は突然気温が上がったがまだ海に入るには早いだろう。

駆け寄ってきた有栖が高いテンションで話しかけようとしているが、飛燕はそれを手で制すとずっと気になっていたことを口に出した。

「何で水着なんだ?」

「えっ、暑いから。」

即答だ。聞く前から答えは予想出来ていたが見事に予想通りだった。

『暑いといってもまだ五月だぞ。』

『この時期に水着って夏は生きてけるのか?』

『競技を水着でやるのは色々危ないのでは?』

聞きたいことは山ほどあったがなんとか喉の奥に押し込んで本題に移って貰うことにした。はずだったが、「感想はなんかないの〜」と言って一向に本題に入る気配が無い。仕方なく感想を伝えることにした。

「まず一つ、水着を着るだけってのはそこまで価値を持っていない。重要なのは着替えからだ。もちろん着替えシーンは映らないように細かなアングルの調整をしてギリギリ見えな(略」

五分ほどの間話し続けた・・・。満足そうな顔の飛燕とうんざりした顔の有栖。うんざりした顔のまま本題に入った。

「大会出よっ!」

そう言って一枚の紙を差し出した。その紙に書いてある内容はこんなところだ。

五月十五日に開催される県内のみの大会で地方大会などには進めない。参加資格には特に規定がなく誰でも参加できるというもの。何より一番重要なのはここだ『優勝賞金五万円』これは部費の足しにもなるから絶対に取りに行かなければ。

「この大会来週だろ?大丈夫なのか?」

「だから今週はいつも以上に練習を頑張る。」

ガッツポーズをして宣言しているが服装は水着だ。明らかに遊ぼうとしてるように見えるがそこは突っ込んだら負けだろう。でも、本人が頑張るって言ってるから出てみるのもいいだろう。

「今日からはさらに厳しくなるからついてこいよ。」

「うん、頑張る。」

練習メニューで怖気付くようだったら大会は無しになっただろうがその心配は杞憂だったようだ。


そして、この日から地獄の練習メニューが始まった。上に挙げたような練習を繰り返しついに大会の前日、五月十四日を迎えた。


「トーナメント表届いたよー!」

砂浜にたたずむ一人の少女が飛燕を見つけると同時に走りよってくる。そんな一週間前に見たような光景が目の前に展開していた。そして有栖から受け取ったトーナメント表に目を通した。

二人は見事に同じAブロックに入り勝ち上がれば二回戦目で当たるということになる。それ以外には特に書くべきことは無いだろう。そう思って眺めていたが思いがけない苗字を見つけることになった。その者の名前は梟雅キョウガ 夜江クロエと言うらしい。不幸なことに1回戦目で有栖と当たることになっている。その名前を見つけると同時に飛燕の顔が暗い表情に変わった。その変化を有栖は目ざとく気付くと「大丈夫?」と問いかけてきたが、小さく首を縦に振るしか出来なかった。

そして、疑問を残したまま大会の当日を迎えた。


会場にたどり着くと海上にこしらえられた特設会場には無数の選手達がいた。リングの最終調整をする者、動く事で体に温める者、グループを組み談笑をする者、こんな風に各々が自由に時間を潰している。

「そう言えば、有栖はリングの設定って出来るのか?」

「恥ずかしながら全部初期設定から一切手をつけてないんですよ。」

少し照れ笑いをしながら答えた。

説明していなかったがフライングリングには出力の設定が出来る。リングに触れてCを描く──configコマンドを入力──するとリングが白い光を放ちメニュー欄を開くことになる。メニュー欄には、リングからの出力量、高速移動による引力の抑制力のような飛行を補助する役割の物から、起動時の発光色というビジュアル面の物もある。出力量や抑制力は自身にあった設定にしなければ大事故に繋がることになる。実際にハメを外して出力量を上げて大怪我をした例も幾つかある。世界的に見てもトップに立つような者には出力は最大で抑制力は必要ないがそれ以外の者には適切な設定──基本的には三十~四十程度──が必要だ。

「今まで初期設定のままで違和感を感じたことは無かったか?」

「大丈夫だよ。」

やはり今の有栖には今までと同じ初期設定が合っているのだろう。そして、大会前のアップを済ませると開会式が始まった。開会宣言、時間配分、諸注意、等の長ぁ〜い話を聞くとついに試合が開始された。今回は四つのブロックに別れているため四つの競技場が作られている。右端にある競技場が彼らの舞台だ。今は一回戦目である飛燕の試合の準備が行われている。

「頑張ってね!」

「当たり前だろ。二回戦目で会おう。」

短い会話を残して飛燕は飛び立った。

そして、しばらくすると開始のホイッスルが鳴り響いた。しかし、以前の有栖との試合の時のように急激な動きは見せない。相手の動きをしっかりと見極め確実に相手を仕留めようとしている。それに対し相手は果敢に攻めているが飛燕は全てを読み切り紙一重で避けている。はたから見ても実力の差は圧倒的だ。そして、そのまま順当に試合は展開し飛燕の圧勝で終わった。


試合の結果は基本的に勝った者が運営に対しての報告を行う。普段なら報告を終えるとすぐに自分のブロックの所に戻れるが今回は違い多くの人に囲まれることになった。突然現れた新人が圧倒的な力を持っていたと分かれば当然のことだろう。なんとか逃げ切ったと思うと新たなざわめきが生まれていることに気づいた。

「Aブロックの二回戦目もう終わったらしいぞ。」

「ありえないだろ?まだ一分ぐらいしか経ってないぞ。」

こんな言葉を耳にして飛燕はAブロックの競技場に急いだ。すると、医務室に有栖の姿があった。

「大丈夫か!」

「まぁ・・・。かなり痛いけどなんとか・・・。」

有栖はみぞおちを押さえながら答えた。

「俺はあいつに勝つ、だからしっかり見とけよ。」

力強く伝えると飛燕は去って行った。

(やっぱ梟雅は"あの”梟雅だったのか)

過去の試合映像から飛び方のクセや攻撃のモーションなどを見て頭に入れた。どこまで効果があるか分からないが何もしないよりはいいだろう。

そして、試合開始時間を迎えた。


競技場に着くと既に一人の少女?が待っていた。肩にかかる程度のボブカットの髪は藍色で、狐のお面を付けていて表情は見て取れない。服装はフリルの多く付いたゴスロリ風の服を着ている。ちなみに胸部の防御力は低そうだ。それはいいとして、容姿を眺めていると開始のホイッスルが鳴り響いた。

(今回は最初からトップギアだ!)

夜江の背後に回ると一発蹴りを与えた。しかし、その攻撃は手で押さえられダメージには至らなかった。一度防がれただけで諦めるはずもなく何度も攻撃を仕掛けた。それを全ての紙一重で避ける。一回戦目で飛燕がやったものだ。


「すごい・・・。」

思わず口に出たその言葉は彼の耳に届くはずもなく虚空に消えていった。

トップスピードから繰り出す急速な方向転換、流れるような無駄のない攻撃、それと同時に魅せる飛び方も忘れていない。彼の動きは無駄のない洗練された動きだが、見る者全てを魅了する美しさや派手さも兼ね備えている。

そんな彼の姿を彼女は嬉しそうな瞳で見つてめていた。


「飽きたなぁ。やっぱ君、もう無理だよ。」

突然夜江が小声で話しかけてきた。『終わりにしよう、いつでも私は勝てるんだ。』そう言いたげな一言だった。その直後に夜江は動いた。今まで互角に見えていた戦況が急激に傾いた。気がついた時にはみぞおちに膝が迫っていた。

(やるしかないのか・・・。でも・・・。)

短い葛藤の中で彼女の──有栖の──声が思い出された。「勝って!」その一言が飛燕の心を変えた。

飛燕の左手がリングに伸びSコマンドを開いた。そして、出力量を五十から七十に上げた。設定が終わると同時に回避行動を取るが完全な回避にはならなかったが致命的なダメージを負うことは無かった。だが、体勢を崩し夜江の前で隙を見せたこと自体が致命傷だ。その隙を見逃さず頭に強力な踵落としを受けた。

暗転する意識の中、飛燕は海に落ちていった。


次に意識が戻った時は医務室のベッドの上で、そばでは有栖が寝息をたてていた。有栖の頭に手を乗せ「ありがとう。」と呟いた。

大会は既に終わったらしい結果はには興味は無かったがつい確認を取っていた、夜江は何故か棄権したらしい。



薄暗い部屋の中に女性の声が響く。

「セクタSechsゼクスより伝達。CODE/HHダブルエイチ対象者に動きが確認された。全翼協議会の開会を要求する」

無線機の奥からの返答は無いが一方的に要求を済ますと無線機の接続を切ろうとすると予想外の人物から返答が届いた。

「セクタZweiツヴァイです、セクタEinsアインスの代理で返答をさせていただきます。全翼協議会は受理されました、日時は決定次第報告します、以上です。」

「一つ質問するけど、人の接続に割り込んでくるのは規則違反じゃないの?」

「始めに言いましたよ。僕は正規の代理です。」

女性は何かを言い返そうとしていたが言い返す前に接続を切られた。そして、苛立ちに任せ無線機を床に投げつけた。


十氏族ディカフェルリに通達、今からちょうど一週間後、五月二十二日。天翼協議会を開く。」


この天翼協議会が後の世の全天革命の序章として語り継がれることとなった。

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AERIAL Circus(仮) 天音 神子/アマネ シンジ @chelnov

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