AERIAL Circus(仮)
天音 神子/アマネ シンジ
1st Flight 『始まり』
『フライングリング』二十二世紀後半に日本の大企業スカイガーデン社が世に送り出した商品。自信にかかる空間からのエネルギーを腕輪に集束させ、浮力に変える。その力のコントロールにより自由自在に空を飛べるという腕輪だ。この腕輪の使用にはたった一つのミスも許されず、ミス一つで命の危険すらも伴う。したがって、厳しい試験とその後に免許の取得が必要になる。そんな手間がありながらも人々の夢を形にした商品を使おうとするものは後を絶たず日本中で一大ブームを作り上げた。
そうした中で一つの競技が生まれた。『エアリアル・サーカス』通称『AS』天空の格闘技とも呼ばれるその競技は百メートル四方のフィールドの空中で行われる競技だ。ゲームシステムは格ゲーを現実にしたようなものだ。体内に埋め込まれたマイクロチップが自身の体力、そして、受けたダメージを数値化して一定の体力を切るまで闘うという競技だ。
そう、この世は天空の覇者を巡る者共の戦場。数多の天才共、名だたる名家の令嬢・令息共、全てをねじ伏せ勝ち上がった者が名実ともに日本の頂点に、否、世界の頂点となるのだ。
────
ここは
その学校に一人の生徒が入学した。
飛燕にとって入学式は魔の行事だった。
元から大人数が集まる行事は嫌いだったがこの学校の入学式は完全にアウェーの空間で行われている。周囲の人間は中等部からの付き合いでよく見知った顔の集まり。その中に一人だけ入り交った
(もちろん俺は後から入ってきた転校生のような身だが宇宙人でも、未来人ではないぞ。もちろん超能力者でも。)
ボーッとしながらどうでもいいようなことを考えて何とか魔の行事、そして最初のホームルームを乗り越えた・・・はずだった。
各派閥が集まり雑談をしている中、いち早く帰ろうとすると思いも寄らぬ敵に捕まった。主張の強い金髪に気崩された制服、その下にはカラーシャツ。手の甲には刺青がある。
(完全に不良に絡まれたやつですね。確かにあるあるなイベントだけどこんなに早く起こるイベントなのか?)
無視しようとすると「聞いてんのか?『地に堕ちた燕』十支族から振り落とされた雑魚が。」という言葉をきっかけに数人の生徒が同調の意を示した。どうせ刺青があるからグルなんだろう。
──軽蔑──
「あいつフライングリング使ってる癖に飛べないんだろ(笑」
──愚弄──
「それなのに大会出て協会の評価わざと下げたんでしょ?」
──侮蔑──
「こんなやつの話しするなんて時間の無駄だろ」
(そうだ、力を持った人間なんてどこに行ってもこんなものなんだ。大人数が集まれば弱い人間を叩き出す。そうでもしないと自分を肯定出来ないんだ。)
不良共に背を向け歩きだすと案の定その不良共が立ち塞がってきた。何かと理由を付けて飛燕を敵に仕立てたいらしく「俺たち舐めてるとどうなるか教えてやるよ。」的な感じで言って、殴りかかってきた。飛燕はそれを完全に見切り紙一重で避けた。
「お前から仕掛けてきたんだから文句言うなよ」そう言うと同時に飛燕は攻撃を仕掛ける素振りを見せる。それに反応して不良が反撃のための拳を放ってきた。片手で受け流すと背後に回りナイフ──もちろん偽物だが──を首元に突きつけた。不良の顔は青ざめ対抗する様子はない。
「次やったら分かってるよね?あと、三年間よろしくね♪︎」と僅かに口角を上げて薄く嗤った。そして不良に背を向け歩き去る。教室から聞こえるざわめきには目もくれずに。
(これでさらに立場が悪くなるなぁ・・・)
しかし、この出来事はいい意味で飛燕の立場を大きく変えることとなるが、それを知る者はまだ誰も居ない。
(学校行くの憂鬱だなー。)
あの不良を締めてから昨日の今日で足取りも重い・・・。
(寝みー。)
わけではなかった。
重い足取りで学校に着くと思いもよらない手荒な歓迎に肝を冷やされることとなった。
「来たぞー!アイツが桐生を破ったやつだー!」
「うちの部活に入ってくれー!」
「桐生を倒した力を格闘技に生かさないか?」
「お前なら絶対に全国に行く力があるんだ!」
空手部、柔道部、少林寺拳法部、オカルト研究部、ボクシング部。
(あれっ?なんか一個変なのがあった気が・・・。)
登校した直後から人の大波に飲み込まれた。飛燕の元に攻め寄せる人の波の中に、一つの愛嬌のある可愛らしい声が響いた。
「待ってください!彼は私の部活に入るって決めたんです。」と言って飛燕の手を引いて走り出すとそのまま空き教室に入り簡単に自己紹介を終えた。
「私は
「俺は雛森 飛燕です。」
彼女、小花衣 有栖は肩まで伸びた淡青色のボブカットの髪に、雪のように白い肌。黒縁のメガネをかけ、口からは八重歯が覗いている。そのまま目線を体に向けると・・・(なんというか・・・平地だ。)なんて考えてたら「どこ見てるんですか?」と言われてしまった。
「まぁいいです。雛森君、私と一緒に部活やりませんか?」右手を差し出して言った。有栖の右手にはフライングリングが付けられている。だが、飛燕は部活に入る気など一切ない。
「小花衣も知ってるだろ?俺はもう飛べないんだ。」
「あの事件があったからですか?」
この問いに飛燕は頷くことしか出来なかった。
「だったら明日の朝五時に校門前に来てくれませんか?一回だけでいいので一緒に飛んで欲しいなぁ。駄目・・・かな?」
有栖が手を胸の前で組み上目遣いで聞いてくる。
(あっ、可愛い。)
そう、上目遣いは最強にして最恐の武器。こんな美少女の上目遣いに勝つなんて不可能だ。ため息をつきつつ答える。
「一回だけだぞ。」
「うん、ありがとー。じゃあまた明日ねー。」
そう言って有栖は走り去って行った。
朝の一件の後に教室に向かうと何故かまた多くの生徒に囲まれていた。
「お前よく桐生に勝てたな。」
「これでやっとクラスが平和になるよ。」
「ありがとな。」
初めは飛燕の脳内にはハテナが飛び交ってたけど聞いた話によると、桐生はよくクラスメイトに暴力を振るったり、授業妨害なんてしょっちゅうあったそうだ。もちろん学校中に嫌われてる不良グループのリーダーだったわけだが圧倒的な強さのせいで誰も勝てなかったと。空手部や柔道部の主将でも勝てなかったらしい。そいつに飛燕が勝ったとなればクラスでの立場が変わったり、部活に勧誘されても仕方ないだろう。さらに、クラスには『地に堕ちた燕』について聞いてくるような者はいなかった。
そして、そのままダラダラと何事もない一日を消化した。
一応ここで学校についての説明を加えておこう。
この学校は茨城県の沿岸部、海を臨む丘の上に位置している。
まず、この学校には多くの部活動がある。サッカー部や野球部を初めとする運動部。運動部の中にもセパタクロー部やアルティメット部などのマイナースポーツもあった。部活に力を入れているだけあって多くの部活が関東大会や全国大会に駒を進めているそうだ。文化部に関してはかなり少なめで吹奏楽部や美術部のようなメジャーなところだけだ。そのはずだが何故かオカルト研究部がある。そして・・・『AS部』だ。
次に、制服についてだ。この学校の制服は男女ともにブレザーを着用している。淡青色のワイシャツ、灰色のブレザー、黒色のネクタイ。カーディガンには色の規定はない。
授業に関しては普通高校とは特に遜色ないものだ。
話しておくべきことはこんなところだろう。
校門の前で携帯端末をいじる一人の青年。飛燕は大きなあくびをして時間を待った。予定の時間になると白いローブをまとった可憐な少女が舞い降りた。見るものを魅了する美しさ、美しさの中に残る幼さが妖精の類いが彷彿とさせられる。
「お待たせ。迎えに来たよ。」
目を奪われ、声が出ないでいる飛燕に手が差し伸べられた。飛燕はその手を取ると促されるようにフライングリングを起動した。手首に付けたリングが怪しげな赤紫色の光を放ったと思えば、リングから空気の渦が現れ飛燕の体が宙に浮いた。手首に纏う空気の渦は形を変え飛燕の背に一対の翼が現れた。有栖が一人の妖精ならば、飛燕は妖精王とでも言うべきだろうか。その姿からは美しさだけではなく神々しさも感じられる。有栖の美しさが飛燕の心の奥底にあった扉の鍵を開いたのだ。
「綺麗・・・。」
有栖は無意識のうちにこう呟いていた。この言葉がきっかけなのかは分からないが飛燕が正常な意識を取り戻した。
「何で・・・飛んでるんだ?」
その問いに答えるよりも早く飛燕の手を引き加速していく。普段の飛燕ならばとても飛べるような速さでは無い。でも今なら飛べる。有栖の小さな手、この手がとても大きな力を持っているように感じられる。
(不思議と恐怖も不安も感じない。それどころか彼女と飛んでいると安心感すら感じられる。)
手を引いたまま有栖は高度を上げていった。高度五百メートル辺りだろう。その辺りで突然飛燕に声を掛けた。
「ここから見る日の出が私は大好きなの。遮るものが何も無い水平線、そこから昇る太陽。まだ光の灯った街に朝陽が差し込んでいく。そんなひと時が好きなの。」
そう言った有栖は遠くを見つめるような目で水平線を眺めていた。有栖にもきっと過去に何かがあったんだろう。哀愁を宿した瞳はしっとりと潤み朝陽を受けてキラキラと反射していた。そんな有栖に飛燕はまた目を奪われていた。
「次行こっ♪︎」
その言葉と同時にもう一度飛燕の手を取って飛び始める。その瞳にはもう雫は残っていなかった。
(小花衣は、無理して笑ってるのかな?)そんな疑問が胸に浮かんだが、飛び始めたらすぐに風と共に去っていった。
少しの間空中を漂うと有栖は突然急降下を始めた。さっきとは比べ物にならない速度で飛び続けると、飛燕から「何やってんだよ!」という文句が聞こえてきたが、耳を貸さずに急降下を続けた。海面に近づくと、飛ぶ角度を徐々に変え海面すれすれで平行に飛んだ。しばらく飛んでいると陸地が見えて来た。そして、そのまま二人は元の大地に降り立った。
「どう?楽しかったでしょ?」
有栖は振り返りながら問いかけてくる。そして、あの時と同じように右手を差し出して続ける。
「雛森君、私と一緒に部活やりませんか?」
(あれ以来俺は飛ぶことを避けていた。飛ぶことが怖かった。でもひとりじゃないのなら、小花衣がいるなら。)
少しの時間を置いてから有栖の手を取った。
「俺は・・・まだ飛びたい!また俺に、楽しさを教えてくれ!」
その言葉に有栖は嬉しさで頬を緩ませた。
「もちろんだよ、雛森君!」
今までで一番の笑顔を目の前にしてつい目を背けていた。 有栖の表情の変化に気づかないほどに。そして、有栖は覚悟を決めたような表情を浮かべ問いかける。
「もし良かったらあの事件について詳しく教えてくれない?」
ぶつかり合った痛み。朦朧とした意識の中感じる落下感。思い通りに動かない体。思い出したくもない記憶が甦ってくる。
「もっと速く、もっと速く、もっと速く。」
ひたすら速さを追い求めて、速さこそが全てだと思っていた。そのためにはどんな犠牲もいとわなかった。だがその意識があの事故を引き起こした。
あの日は中二の梅雨時だった、珍しく雲ひとつない快晴でテンションが上がっていつも以上に速度を出していた。その時、目の前に一人の少女が現れた。それでそのまま止まりきれずに・・・。接触した。そういえば聞こえは良いだろう。だが、実際に起こったのはそんな生易しいものではなく、相手の肩に俺の頭が当たって軽い脳震盪を起こした。それで、そのまま海面に叩きつけられて全治一年の大怪我だ。少女の方も腕の骨折とリングの破損がありしばらくは大会から身を引いたそうだ。
何とか飛べるまで回復させた。リハビリや練習も繰り返して何とか普段のコンディションを取り戻した。だからもう一度大会に出たけど飛べなかった。いや、飛ぶ権利なんて既に無かったんだ。少女のたった一言で俺は飛ぶことが出来なくなった。その結果があの名前だ。
重苦しい空気の中で有栖が口を開く。
「ありがとう・・・。前からあの事件のこと、少し変だと思ってたんだ。」
何かと違和感があったらしく考えるような素振りを見せていたが、うつむき、自責の念に苛まれている飛燕には気づかなかった。
「悪い、今日は帰るよ。また部活で会おう。」
逃げるかのように帰ろうとする飛燕を呼び止めると「また部活でね。」と満面の笑みを浮かべて呼びかけた。それに釣られて飛燕も僅かに口角を上げて笑顔を見せた。別れる時は笑顔で、そうすれば次に会う時もまた笑顔で居られるから。
何はともあれ飛燕は入部を決定し晴れてAS部の部員の一人となった。
しかし、飛燕のこの入部は巨大な勢力の動きを本格化させることになった。
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