終章
グラエキア・ルネサンス期に栄華を極めた大富豪・大銀行家の一族がいる。
最盛期には西方教会の最高指導者や当時の世界の中心であったフランカの王妃を輩出した華やかなる名門一族。
歴史に名高いパレ家である。
パレ家の先祖は元々銀行業に手を出す前はグラエキアの東部都市、コンツィーアの
プセルロスの何代か後の男が失脚の末に異国の地グラエキアのコンツィーアに流れ着き、カルボナイオに手を付けたのだと。
成り上がった者が箔をつける為に先祖を捏造することは良くあることだが、パレ家ははたしてどうだろうか。
捏造だと断じるには、両者の間に奇妙な符号があった。
パレ家の家紋には5つの赤い半球が存在感を放って散っている。
これは夜空の赤々と燃える星を模していて、パレ家の繁栄が星空よりも大きくなるようにとの意味がある。だが、これが実は後付けであるというのだ。
元々この5つの半球は星ではなく丸薬であった。家紋に赤い球(グラエキア語:単数 palla/複数 palle)である丸薬を持つ一族。
これがパレ家である。実は炭焼きの傍らでパレ家は薬剤を取り扱っていた。それなのに、時代が下ると炭焼きであった歴史は残っても、薬売りであった事実は薄れた。どうやら意図的に隠していたようである。
その後の金融業に手をつけ銀行家として名を馳せていた時期にも、パレ家が密やかに薬剤を扱っていたことを裏付ける資料がいくつか見つかっている。パレ家の歴史の中では薬業は一番息が長かったようだ。
一方プセルロスの生家カンダクジノス家。この家もまた、実は薬剤を生業に商売をしていた。そしてパレ家同様に、プセルロスが出世するに従って実家が薬屋である事実は薄れた。
没落した貴族が商売に手を出す外聞の悪さを気にして、プセルロス自身が意図的に隠していたようである。
パレ家に至っては、炭火焼きと薬売りとを明確に差別している。両者に一体何の違いがあったのか。
奇妙で、存在感のある符号である。
また類似点というのなら、両者は恐ろしく交渉ごとの駆け引きが上手く、政治力があった。これについては成り上がったパレ家が箔付けの為に、政治に長けていたプセルロスという過去の異国の偉人を先祖に選んだとも考えられる。なんとも渋みのある人選である。
ところでパレ家には家訓がある。
"事が起こる時、一番得をする人物が疑われるものだ。我が事ばかり考えず、周りの人間へも目を向けよ。お前が悪徳を見せなければ、隣人はお前に優しく微笑むだろう。そうすれば、お前は悪事に手を染めることなく気がついたら全てを手にしている"
歴代の当主たちはこの教えを忠実に守りぬいていた。他家と争わず、どんな派閥の人間とも親しくし、味方を増やす。それは敵を倒すことよりもずっと有益であると、パレ家当主たちは知っていた。
もし本当に、プセルロスとパレ家に繋がりがあったとしたら、プセルロスの時代にもこの家訓は存在したのだろうか。
こんな一見性善説のような言葉をプセルロスが諳んじていたとは考えづらいが、もし本当にそうだというのならなかなかに感慨深い。
何故ならこの文章は絶対に疑われない位置から暗躍せよ、と読むこともできるからである。パレ家が本当に穏やかなる一族であったのか知略を巡らせた一族であったのかは本項では触れない。
しかし本当にプセルロスの子孫がパレ家であったのだとしたら、彼が子孫に残そうと思ったのは確実に後者の意味であっただろう。
アカシア年代記 田中 @mithurumd
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