第11話「エピローグ」

 

 投票の結果、死刑を執行するという選択を取った者の方が多かったため、丸山勇は本人の望み通り、法の裁きを受けることとなった。


 だが、この結果に満足できる者もいれば、できない者もおり、さらにはそれをどうでもいいと思う者もいた。


 神崎と三木は死刑を執行しない方に票を投じたが、その想いは実らなかった。


 三木は悔しかった。また自分と同じように悲しい想いをしてしまう人が出てしまうことが、たまらないほどに。


 しかし何故だろうか、神崎はそれほど気を落としているようには見えず、何かスッキリした表情を浮かべていた。


 三木はかける言葉が見当たらず、神崎をしばらく放置していたが、その安らかな顔を不思議に思い、訊ねた。


「……あの、神崎さん、悲しくはないんですか?」

「え? そりゃもちろん、悲しいし辛いですよ。けど、死刑権がなければ丸山は再審請求しない限り死刑は免れなかった。死を覚悟しているあいつが再審を求めるはずもありませんから、丸山の死刑に関われただけで私は満足です」


 神崎は丸山を最後まで助けたかった、その選択ができただけで十分だったらしい。


「あれ、神崎さん?」


 神崎と三木の後方から、男の声で名前を呼ばれた。振り向くと、そこにはスーツ姿の若い男と学生服に身を包んだ少年が立っていた。


「……す、須藤先生」

「え、先生?」

「丸山の担当弁護士です」


 三木は須藤と呼ばれたスーツ姿の男の胸元に視線をずらす。たしかに弁護士を象徴するヒマワリのバッジが確認できた。バッジの中央には天秤に のマークがあり、ヒマワリは正義や自由、天秤は公平と平等を表しているらしい。


「須藤龍之介です。お久しぶりです神崎さん、やはり来ていたんですね」

「はい、じっとしていられなくて」

「そちらの方は? 娘さん?」

「あっ、私は三木青蘭、ただの小説家です。たまたま今日ここでお会いしただけですよ」

「そうですか、これは失礼」

「須藤先生こそ、お隣の学生さんはご家族ですか?」

「いえ、私もさっき彼とここで会ったばかりですよ」


 学生服の少年はおずおずと頭を下げた。


「どうも、友永です」

「えーっと、丸山さんのご親戚ですか? わざわざ学校のある平日にこんなところまで来るなんて」


 三木が訊ねると、友永は首を振った。


「そんなんじゃないです。ただ、僕もじっとしてられなかったというか、特に深い理由はありません」


 不思議な少年だった。三木も神崎も、目を丸くして彼を見つめた。


 冷やかしや興味で来たわけではないということが、彼の態度や言葉から何故か伝わってきた。

 彼もまた、ある想いを胸にこの場所に足を運んだのだと察した。


「じゃあ僕はこれで、学校サボったのバレちゃってると思うんで」


 そう言って少年はその場から逃げるように立ち去っていった。


「変わった子ですね」

「ええ、本当に。けど、民衆とは違う目をしっかりと持っています。あ、そうだ神崎さん、この後時間ありましたら食事でもどうですか? 三木さんもご一緒に」

「そうですね。少し胸やあたりが苦しかったので、何か食べて気を紛らわしたいです」

「私も賛成です。色々考えてたらお腹空いてきちゃったので。それと須藤先生、後で弁護士の立場からお話聞かせてもらえませんか?」

「いいですよ。それじゃあ行きましょう。ちょうどこの近くなんですよね。私の行きつけのカフェ」


 三人はゆっくり、喫茶店へと足を向けた。








死刑権はこれを機に、完全撤廃となった。


今回の結果から、批判の声の方が多かったためである。

人殺しの気分になった、十八歳以上は教育上よろしくない、裁判員制度と同じやり方を取れなど。


民衆は死刑というものに、根本から関わりたくなかったのだ。あくまでも、自分たちは関係のないところから結果だけを見ていたい、それが民衆の本音だった。


だが、死刑は変わらなくてはならなかった。今のやり方では、民衆は死刑から何も得ることはない。

ただ、人が一人死ぬだけ。


死刑というものに必要なのは、変化だ。


そしてその変化とは、民衆にあるのかもしれない。


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死刑権 江戸川努芽 @hasibahirohito

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