第46話 久遠の大地

 横浜市中区海岸通にある、神奈川県警察本部内では警察官や事務職員が三人集まれば文殊の知恵の代わりに妙な噂をしていた。

「なんなんだ、このヘンテコな人事異動は!」

「こんなの、ありえなよな!」

「イレギュラーにもほどがある。平松さんのガラスの心臓、砕けないかな?」

 この人事に義憤を感じた警官の一人が残留が、決定している辻副本部長に痛烈に詰問をした。

「これって、おかしくないですか? 無残な失策をしたわけでもないのに平松さんは警視庁の追い出され、一方の新・県警本部長は特段の業績もなしに超異例の四階級特進ですよね? しかも、一緒について来るやつらは、東京都の特別地方公共団体の公務員でしょう? これはもはや、法令違反ですよね?」

 それに対して辻副本部長は、

「まあ異常わな。だが、今回の人事は矢部警察庁長官と遠山警視総監が国家公安員会にも内緒で行った秘密人事だ。これ以上のことは私にも全くわからん。新・県警本部長に直接聞いてくれ」

「特例と言ったって、これは、法律違反ですよ!」

「聞いてたのか! だから、これはとんでもない、超法規的措置だ!」

 辻副本部長は思わず怒鳴った。副本部長だって、内心ではこの訳のわからぬ、イレギュラー人事と警察庁の徹底した箝口令にイラついているのである。


 一時間後、県警本部所属の警察官と警察事務官が講堂に呼び寄せられた。各人の動揺は収まることなく、いまやピークに達していた。高校生の全校朝礼のように私語が飛び交っている。

「静まれ! 我ら神奈川県警の品位と規律が乱れていると、新任の県警本部長らに笑われるぞ」

 辻副本部長が壇上で怒鳴った。

「では、ただいまより、新丸子新本部長と『警視庁から来た愉快かどうかはこれから次第』の諸君の新任挨拶だ。本部長こちらへどうぞ」

 辻副本部長が誘った。刑事生活約八年(短かいなあ)新丸子安男の晴れ舞台の幕開けだ。しかし、一緒に警視庁捜査一課の渋谷班のメンツまでついて来た。これは巷間言われているとおりに相当おかしい。彼らは東京都特別地方公共団体の地方公務員だ。本来ならば、東京都特別地方公共団体でしか職務につけないはずなのだが……


 登壇した新丸子は県警本部長の制服に包まれて、まるで、七五三で神社にお参りに来た、五歳児のようだった。これで、右手に千歳飴があれば完璧なのだが。どうも新丸子は『龍角散 のどスッキリタブレット』を舐めているようだ。せめて「飴」の字がつかねばギャグが成立しないよ。笑いの勘所を知らない男だ。

 とにかく新丸子は制帽を直すとマイクに向かって叫んだ。

「神奈川県警本部の諸君。おはよー!!」

「…………?」

 あまりの大声と稚拙な挨拶に、県警メンバーは固まってしまった。

「おいおい、神奈川県警の人間はびっくりすると声が出ないのかい? それじゃあ、県民の皆さまの安全も守れないんじゃないかい。もう一回言うぜ、おはよー!!」

 新丸子の挑発的な言葉に、県警メンバーが反応した。

「おはよーっす!!!」

 講堂内に大人数の声が反響して、こだまのようにリフレインした。

「おお、頼もしい。安心したよ。俺が新丸子だ。後ろに控えるのは渋谷班の面々だ。顔と名前くらいは覚えてやってくれ。日吉慶子巡査部長なんて美人だぜ。警視庁の男どもはみんな彼女の武術に怯えて、声もかけられないんだ。情けねえよな。もし、諸君らの中に彼女にアタックしようという猛者がいたら遠慮なくやってくれ。でも、隙を見せたら痛い目にあうよ」

「ははは」

 県警メンバーの頰が少し緩んだ。

「ああ、こっちのそれなりの小杉くんのこともよかった頼むわ。これ、セクハラじゃないよな?」

 新丸子が慶子の方を見た。

「いいえ、完全なるセクハラです。現行犯逮捕していいですか?」

 慶子が新丸子を睨みつける。講堂内はこのコメディーに大笑いしている。

「なんだよ。俺今日で辞任かあ。光秀より持たなかったな……まあいいや。ああ、残りの男どもは作者が挨拶を考えるのが面倒だと言うんで一切省略。まあ行間を読んでくれだとさ。これ、本来と意味違うよね?

「さて諸君、ここからが本題だよ!」

 講堂内にピリッとした空気が流れた。本題とは一体?

「あのね、今回のイレギュラーな人事異動。これを諸君は不信に思っているだろう? その考えは至極、正しい。俺が壮絶な殉職したわけでもないのに四階級も特進したり、東京都特別地方公共団体の地方公務員である渋谷班のメンツがここに来ることなんて完全な法律違反だ。第一、国家公安委員会の承認もなく、警察庁長官が人事を行うことなど許されるはずがない。もうわかったでしょ? そうだよ。この人事異動は全部フェイクだ!」


「えーっ!」


 ふただび講堂内がざわつく。

「まあ、落ち着いて。なんでこんな面倒くさいことをしたかと言うと、我々は日本最大のテロ組織である『悪の権化(仮称)』もう面倒くさいから、(仮称)の文字なんて取ってほしいよな。いや、実は今回、やつらを完全かつ安全に殲滅することを唯一の目的としているんだ。だから名称なんてそんなこと、どうでもいいでもいいか? そして奴らの本拠地が、どうも野毛あたりにあるよう……俺はアナログ人間なんだ。アナログはデジタルのような真似は出来ない。同じくアナログな我らチームも、完璧にデジタル武装しているやつらのアジトへ何回かチャレンジした。しかも、結局は大きな犠牲を払うのみだった。今現在、やつらの捜査権は内閣府特別チームという正体不明の組織が握っているのだが、矢部警察庁長官と遠山警視総監。それに平松(真事実上の)神奈川県警本部長が「必死に陳情を続けている。しかし、我々にはなんの権利もない。だけどさ、神奈川県警の人間が管内で偶然やつらの本拠地を見つけて、偶然殲滅するのは全く問題ないよね? 要はそう言うこと。偶然を装い帰り道でボコボコ! ああ、耳寄りで見返りたっぷりなお値打ち情報もあるよ。平松さんは警視庁で研修という名目で捜査一課の面倒を見て貰っている。俺を含めた異動組は『悪の権化(仮称)』の専任捜査を行い、辻副本部長に実務全般に関する俺の代理をしてもらう。だが、万が一、諸君らの中に不祥事を起こすものがいれば、当然ながら、責任は俺が取るからさ。頼むからよー。余計な仕事を増やさんといてな。あと、任意だけど、ご覧の通り、我らは少数。しかも悲しいことに精鋭でもなんでもないんだ。もし、諸君らの中に捜査に協力してくれるものがいたら、本業に差し障りがない範囲でいいんで、ぜひとも協力してくれ。事件が早く解決すればするほど、俺たちは退散し、平松さんも帰ってこれるからね。俺からは以上」

「オー!」

 突如、県警メンバーのモチベーションが急上昇した。新丸子が箝口令を全てをさらけ出したからだ。人間の不信は、全て、この先与える情報の質量により、信頼回復は十分に可能です。という名言を生んだのは、どこの作者でしょうか?


 さて、天下の矢部警察庁長官と、遠山警視庁総監、(実は神奈川県警長官であるところの)平松警視庁勤務が揃って神奈川県警に集合した。

「簾官房長官のお許しがようやく出たよ」

「こいつはやりましたな」

「しかもお土産付きだ。約百に上る秘密の基地への出入り口がわかった。もちろん、裏切り者の氏名は教えられないが、ひとつだけサービスだよ。そいつは男だ」

 新丸子は驚いた。あの組織で平気でクマを裏切りそうなのは、水沢舞子しかいないではないか?


 東京都文京区にある『椿山荘』、ある方と北陸宮が極秘で会談をしていた。


「ある噂を聞きました……」

「それはどのようなものですか?」

「とても言いづらい。悲しいことです。察してください。……よろしくま・ぺこりでしたか……『悪の権化』を名乗っているようですが、実は善に善なる完全なる善なる善で、なおかつ才気溢れるクマのようですね」

「お兄さまに招かれれば、喜んで軍門に降りましょう」

「ですがね、クマを家来に使っていいのは古来より、坂田金時のみ。ましてや、いくら空手の達人といえどもこのようなことは……」

「お、お兄さま? ……それは遥のことですか?」

「弟よ、すまぬ。急用が出来てしまった。立場上、なんの手助けもしてあげられないけれど、心の中では唯一の兄弟だ。ではね。ありがとう。またお会いしましょう」


「…………」


 北陸宮は珍しく放心状態になってしまった。兄の進言。遥と誰かの不倫……まさか……一番ありえないのがぺこりだろう。しかし、気になって仕方がない。遥は『大将』ぺこりに惚れていたらしい。ぺこりは間違いなく、水沢舞子さまに惚れている。そのために舞子の双子、病弱な舞踊の面倒まで見ている。


「こんなところですみません。どうしても他人には知られたくなかったので、精神病院の閉鎖病棟にお招き(?)した次第です。誠に申し訳ございません」

「いいんですよ。僕も姿を隠したかったのです」

「どうしてです?」

「僕には絶対に勝てない人がいる」

「それは誰ですか?」

「……よろしくま・ぺこり」

「竹馬さん、では、なんで今回、裏切りを図ったのですか……?」

「いいえ。僕はじめから裏切ってなどいません。ぺこりさまに、このように命じられ……あと十秒でこの病院は大爆発します。ああ、叫んでもムダです。閉鎖病棟ですから。はあ、僕ですか? 聞いてもあなたたちはおそらくは生き残りませんよ……まあ、僕はこう見えても、ぺこり十二神将ですからね。ではさようなら……」


 相模原市の古姓総合精神科病院が大爆発し、刑事、制服巡査の二名が殉職した。渋谷班の面子はたまたま、別の仕事に向かっていての無事に過ぎなかった。しかも、犯人は一昨年から姿を隠していたサイバー・ウクレレ奏者でパーソナル・テロリストの『高木・ブーブー・雷』と判明。即時に広域範囲に捜索が開始された。


「なあ、関根老。結局、竹馬涼真いや、高木ブーブー雷は、身分を偽って、おいらたちを騙し、その真の目的のためにに我々を利用していたのかなあ? もしそうであるならば、やつを必ず殺さねばならないね」

「でも、あの子はよくやっていたと思うわよ」

 横から、舞子がしゃしゃり出てくる。

「確かにな。だが、無実の警官を『おいらたちの名前を使って殺す』とはな。許せないよ。おーい、土佐鋼太郎、目白弘樹、銘抜刀。これに。我らを誑かし、無辜の命を奪った竹馬涼真こと高木・ブーブー・雷を必殺せよ。羽鳥真実は高木についての全情報を調査せよ。特にここにいた時の秘密を調査せよ。今後のデータとする。ただし、その前に殺しったって一向にかわまんよ。皆、いざ往かれん!」

 ぺこり軍の精鋭たちが職務質問に気をつけながら街へと出向いて行った。


 北海道。

「勝栗さん。なぜ、今回裏切りを?」

「ええ、当初はご信頼回復を求めようと、毎日のように、ジャガイモやら京極温泉の冷水50リッターも汲んで空港まで持って行って、空輸していたんですよ。しかし無しの礫……」

「はあ、まあそうでしょうね。ぺこりさん本人も、そういう露骨な行為は嫌いだと言っておられましたから」

「は?」

「『は?』とは……? その持つ意味を教えてください?」

「意味がわからんということだよ!」

「最期のお言葉いただきました」

「何のことでしょうか?」

「ぺこりさまは、裏切り者を絶対に許されません。私たちも許しません。まさか元十二神将がこの不祥事。残念です」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あんたたち、け、警察だって言ったよなあ?」

「ええ、我々はぺこりさんの警察です」

「そ、そ、そんな部門は、かつて無かったよな〜」

「あなたが裏切ったために急遽作られました。目的はただ一つ。裏切り者の血族の根絶やしにすることです」

「け、血族って! ま、待ってくれ〜。よ、よしことの間にようやく長男、栗太郎が生まれたば、ばかりなんだ。頼む、見逃してくれ……いや、是非に見逃してください」

「来世のご多幸を心よりお祈りしております」


 その年のそばの実は真っ赤であったと聴く。


「でさあ、真の敵は誰なのかなあ?」

 ぺこりは頸を傾げた。

「一応、警視庁捜査一課じゃないですか?」

 関根老人が応える。

「祐天寺さんさあ、ついに、薬物過誤で寝たきり状態にされたそうですよ」

「彼は裏切りという仕事には向いていなかったな。運もなかったし、悪いことをしてしまったよ」

「あれっきり、うわさも立たない、徳川三郎信康と服部半蔵はどのようなものでしょう?」

 大学学徒が話に入って来た。

「ああ、あの二人ならこの間、おいらのところに、売り込みに来たよ。ギャランティーがやたら安くてさあ、そりゃそうだよな。大将が戦国時代の感覚なんだからさ。本当にリーズナブルなんで、全員即採用さ。月末にはやってくるよ」

「ははは」


 翌日の早朝、皇居を散策していた方々は度肝を抜かれたに違いない。全身を白いマントに包まれた好男子が、これまた白い甲冑、陣羽織、そして白銀色の昇龍の前立てをつけて、あの日本一有名で高貴な方に謁見している。何と刀を持っているのはお付きの方。五十人。さらに後ろから警視庁、神奈川県警、埼玉県警、千葉県警の精鋭&レンジャー部隊まで参戦。続くは陸上自衛隊の北部方面隊、東北方面隊、東部方面隊を引き連れての戦いである。こんなこと。普通なら許されないが、これがテロリスト集団による革命鎮圧であること。北陸宮が高貴な方の弟であること。その代わりに七月に衆参W選挙の与党候補として、北陸宮忠仁が出馬することを条件に許された特例である。


 阿呆内閣総理大臣から訓示が出る。

「我敵はエゾヒグマの怪獣一頭なり。その他のものは助命嘆願あれば助けられよ!」


 実際には、それはムリである。大学学徒は、警視庁を悪逆にも裏切った男である。死を持って罪をぬぐわさねばならない。銘抜刀、目白弘樹は過去に多くの者を斬って殺して来た。土佐鋼太郎はその怪力で多くの敵の頸をひねた。以下多数。


「ぺこりさま〜! 蛇腹蛇腹さまが服毒自殺いたしました」

「ええ? なんで?……うーん? そうか? おいらと北陸宮とも板挟みか。別に、死ななくてもいいのになあ。あれの主人はおいらだぞ。おいらがあいつに北陸宮の警護を依頼しただけだったのに……まあ、今更だな。おい、誰か大至急、遥の様子を見て来い! 強力な鎮静剤の使用を許可する。絶対に死なすなよ。あいつには腹に子供がいる。責任者は極刑だ!


 その時、北陸宮軍約二十万が野毛山動物園に迫って来ていた。


 ……やって来た。美しい鎧兜。宮内庁や徳川美術館その他のコーディネートであろう。だが、おいらたちにとっては、所詮こいつは鬼だ……あれ? 北陸宮のやつ、後陣に恐ろしく斬れそうな日本刀をたくさん持たせてるな? 足利義輝かよ。


「銘抜刀立ち上げれ」

「へいよ」

「今から、大元帥自ら御酒の下賜があります」

 ぺこりが静かに酒を注ぐ。本人が希望しなければ越後産だ。抜刀ご指名は『越乃寒梅』。ああ、言っておきますけど、作者も怪獣ぺこりも下戸です。だいたい、自然界において「酒」は「毒」とイコールです。毎日、酒を飲む元妻の心境が理解でしません。わたくしにとって日本酒とワインは「自殺装置」だったのですが、日本人の米、越後の米を使った日本酒の美味さがちょっとだけわかりました。


 銘抜刀は一杯引っ掛けると駒にも乗らず、鎧兜もせず飄々と陣中を出て行った。


「あれは、銘抜刀。『好きに酒が飲めなくなる』と言って人間国宝を断った人物だ」半可通が解説をする。

 その抜刀が……一瞬、ほんの一瞬、目を見開いた。続いて、にっこりと微笑むとぺこりに向かって「この若者に敵う相手はござりません」と叫んだ。

「だろうな……」

 ぺこりは小さく頷くと、軍配で抜刀の退場を促すと、後ろに控えていた弘樹に、

「首の動きだけで答えよ。行くか、やめるか?」

 すると弘樹。

「わたしにも妻がおりますので……」

 あっさりしゃべちゃった。ここは、最後までキャラクターを通そうよ。だが、生命を永らえるのは悪いことじゃない。ぺこりは考える。劉邦はいつも負けていた。でも、死ななかった。だから、最後、項羽に一勝するだけで、皇帝になれた。項羽はバカだ。ずっと勝っていて最後の一戦に負けると、逃げ道も協力者もいたのに自ら頸を刎ねた。悔しさを知らない人間はダメだ。


 翻って考えよう。現存する十二神将のうち、蛇腹蛇腹が北陸宮に心酔しており、北陸宮とおいらの間に立つ瀬がなくて自殺を図ったというのは例外であり、おいらに多少は恩義を感じていてくれたのかと嬉しくも思う。しかし、毒のプロである蛇腹が、毒薬の量を間違えて、緊急治療中ってのはどういうことか! プロの恥だよ。関根勤勉、羽鳥真実、大学学徒は主将格・参謀格であり、実践は無理。銘抜刀と目白弘樹が勝負には出たがあっさり降参。土佐鋼太郎の力技ではとてもとても。三木麻臼と門木鳶山は情報・資材調達のプロであり、実践の猛者ではなかろう。

 

 さて、あとは誰がいたっけ……もう、おいらしかいないじゃないか! ああ面倒くさいなあ。あの鉄の混ざった血液の匂い。しかし、おいらがやらなくては、誰がやろうか? おいらは人材育成を怠って来た。だから、頭でっかちばっかりが育っていたのだ。共に修練することを怠っていたんだ。


「ぺこり殿!」

 北陸宮が叫ぶ。勝っている気になっているようだ。

「もはや、優劣は決しました。わたしが欲しいのはあなたの首級のみ。他の方のお命は不要です。どうぞ、潔いご決断を!」


「やだね!」


「えっ?」


「北陸宮さまよ。やっぱりあなたは付け焼き刃の知識しかないようだ。おいらは怪物。人間ではないの。生きるか死ぬか、それだけなの。今すぐにあなたの喉仏へ食らいついて、頸動脈を噛み切るくらい出来来ますぜ!」

そういうや否や、ぺこりは全速力で地を駆けた。それを見ていた新丸子は「『ダーウィンが来た!』の何万倍も迫力があるぜ」

 と横にいた日吉慶子に興奮して叫んだ。

「クマって野生の猛獣なんですね」

「しかも、あいつは怪獣だよ。痛い目に会う前に俺たちは逃げよう」

「いいんですか? 形だけでも戦わなくても」

「いいんだ。一度、死んでしまったら取り返しがつかないんだ」

「そうですね」

 新丸子率いる渋谷班はとっとと離脱し、高みの見物を始めた。


 ぺこりの真の力をを侮るなかれ。陸上自衛隊と各県警レンジャー部隊&精鋭を中心とした北陸宮軍はぺこりを倒そう、殺そうと躍起になるが、ぺこりのスピード、パワー、的確な殺傷能力に慌ててしまっている。完全に、パニック状態なのである。


「勤勉さま、ぺこりさまとはあんなに恐ろしい方なのですか?」

 羽鳥真実が関根勤勉に尋ねた。

「まさかな……全盛期の大元帥を見ていたが、全く変わらない。四畳半の部屋で本当に読書なんてしていたのだろうか? 裏にトレーニングルームでもあるのではないか? 全く衰えを感じない。……いや、まだ、本気の半分すら出していない」

「本当ですか?」

「ああ。だから我らも少しでも大元帥のお役に立てる方策を立てよう。三木麻臼と門木鳶山は後方撹乱。銘抜刀と目白弘樹は自衛隊を攻撃。わしと真実、大学は隊員を整え、少しでも大元帥のお役に立つ。死を恐るることならん。名こそ惜けれ!」

「おーっ!」

 ぺこり軍が咆哮を上げた。


「な、なんだ? どうした?」

 今回の全責任者、簾官房長官は恐慌に達していた。当初、阿呆首相から「見届け人だけいい」と言われていた。確かに、威風堂々とした若武者が、古今の武芸者たちを倒していく、というより降参して行く。これは歌舞伎だと思った。ところが、エゾヒグマの怪物が立ち上がってから様相は変化した。若武者は逃げ回るばかり、自衛隊や、各県警たちはほぼ、その牙と爪で絶命していく。このままでは自分の命も危うい。

「だ、誰か……首相に、れ、連絡を……」


「そ、そんなにまずいのですか?」

 阿呆首相は思ってもいなかった展開の戸惑ってしまう。

「わかりました。非常時です。スカッドミサイルを打ち込みましょう。関係者及び見物人を素早く逃がしなさい」

「はい」


「これで、北陸宮は消えたな。惜しい若者だったが……」

 阿呆首相はつぶやいた。


 門木が勤勉に噂を伝えた。

「なに、スカッドミサイルだと。阿呆首相めははじめから、はなにもなかったことにするつもりだな。同時に北陸宮の政治家生命も終わりだがな……」

「我々は死ぬんですか?」

「逃げなければ死ぬ。逃げよ、門木」

「けれど、私はずっと逃げてばかりでした。最後くらいぺこりさまに殉じて……」

「門木よ、今更その気持ちはとってもありがたいけどさあ、おいらも逃げるから〜」

 ぺこりが叫んで、門木は例のゲスっていう言葉を使うのも忘れてしまった。


「まあ、カッパーキングで逃走だろうね。いまだにかっぱくんが艦長を自称してるの? おもちゃじゃないんだけどな」

「ぺこりさま、突然ですが、ひとつ問題が!」

 仲木戸科学技術庁長官が現れた。

「なに? どうしたの?」

「カッパーキングのエレルギー源が思わぬ不調で、中華大陸までしか、行けそうもないのです」

「なんだよ〜。おいらはスペインに行くつもりだったのに。舞子だって、映画でサクラダ・ファミリア・ロケが入っているんだろ?」

「あたしは、なんとでもなるわ」

「ああ、そうなんだ〜。おいらは早く、舞踊に逢いたいよ。アンダルシアに憧れて〜♫。もちろん真島昌利版だよ。

 ぺこりが珍しく本音を覗かせた。


 しかし、今の状況では難しい。


 その時、四方が光で包まれた。

「ならば、俺たちがお連れしますよ」

「えっ? えっ? えっ?」

 ぺこりが過呼吸に陥り、十二人の屈強な男たちが並ぶ。

「虎狼将軍ネロ、悪童天子、普賢羅刹、萬寿観音、日輪光輪、アキレタス、聖寅試金牙、猛禽飛王、猛鯨大象、鮫迅万鈴、甲冑鉄銃、大軍師・諸事光明」


「うわあ、なんということだろう。完全オリジナル十二神将ではないか。しかも、全然、仲違いしていない。ネロ、これは、どういうこと?」

「俺たちは“途轍もない生き地獄”というものをともに味わって来たんだ。皆の苦悩も辛さも完全に共有できている。それに願いはただひとつ。俺たちを最初に頼って、誘ってくれたぺこりさんを手助けする。そのためには北陸宮とかいうクソを殺しますか? それとも阿呆内閣を切り刻みますか?」


「待った。もう、敵など今はどうでもいいよ。完全オリジナルの十二神将にいまの十二神将、もっとも二人消えて、一人自殺しちゃったけれど。それに、遥の気持ちもすごく心配だけど、舞踊に逢いにみんなで、アンダルシアへ行こう。その先はどうなったって構わない。おいら、お金だって結構あるんだ。会社を清算し、株式を処分し……ああ、カメ男とチェキも呼ぼう。もう、これからはさ、楽しみにためだけに生きよう。ネロ、三千里が待ち焦がれていたよ。乗り尽くして上げなよね」

「そうだな」

「おいらの後継は舞踊に決めた。あいつの体の弱いところは、科学の力と、みんなの力で強くするんだ。ああ、なんか眠たくなっちゃったよ」


「ぺこりさん。蛇腹さんの意識が回復しました……」


 新しい夢が大きく開こうとしていた。




 

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悪の権化 よろしくま・ぺこり @ak1969

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