第45話 北陸宮の活躍

 ぺこりは皇室から貰い受けた、北陸宮忠仁をいつまでも寝かせておく事はないと考えていた。しかし、なんにしても物事は慎重に進めなくてはならない。あんまり派手に花火を打ち上げても、すぐに散りゆく運命となる。散った花びらはあとは土へと帰るだけ……いけない、哀川翔に殴り込まれてしまう。


 冗談はさておき、とにかく一番に考えるべきは北陸宮の栄光への架け橋である。ぺこりとしては最終的には北陸宮に内閣総理大臣へと上り詰めて欲しい。そのためには絶対に衆議院議員にならなくてはならないのだが、なったところで一匹狼の無所属では何一つ出来はしない。結束力の強い政党を作り、衆参両議院において過半数の人数を獲得して自立した与党にならなくてはならない。全てはそこからだ。だからといってあまりにも焦りすぎて、次に行われるであろう衆議院の総選挙に出馬することはないと思う。それよりも、国民全体に北陸宮の清潔で聡明な人物感というものを脳裏にしっかり植え付けなくてはならない。当初、全くの白痴状態だった北陸宮は、元々の素地がよかったのか、実は何者かの計略により、白痴を装っていただけなのか、なんだか、ぺこりもよくわからないのではあるが、組織の優秀な講師陣による徹底教育、ただし即席だけれども。それによって、とりあえずは文武両道に長けた一端の男性になった。そして前亥の将である遥と婚姻し、すでに遥はご懐妊。なんかちょっと早過ぎる気がぺこりはしていたが、しっかりと家庭を築きつつある。あとは生活が乱れたりすることのないようにしっかりと組織で監視をすればよい。その役目は、とても忙しいだろうが舞子に任す。何といっても北陸宮の表向きの後見人は舞子なのだ。臣籍降下して最初の記者会見は時間と準備はかかったけれど、予想以上にうまく行った。国民の関心も多少は得たであろう。ちょっとマーケティングに失敗してしまい、今回は電話調査が出来なかったんだけどね。まあ大事なのは次のステップだ。いきなり政治家になることを表明するのは得策ではないとぺこりは考える。マスメディアに出て名前と顔を売る、これがベストな選択だとは思う。しかし、安易に偏った信条を持つ新聞や民放のくだらない番組に出演してしまったら、品位を落とすだけだ。ここで、ぺこりが目をつけたのは天下の公共放送、NHKさまである。なんと言っても日本唯一の全国放送。最近はちょっと攻め過ぎている気もするが品位と品格においては、これ以上、北陸宮の出演に見合うメディアは他にない。早速、ぺこりは陰で懇意にしているNHKさまの大物プロデューサーに連絡をとった。


 北陸宮が初めて出演した番組は、驚くことにEテレの毎週日曜朝に放送されている『日本の芸術』という、かなり地味な番組で、普段の平均視聴率も大したものではない。その番組に北陸宮はあくまでもゲストとして出演した。しかも、ほとんど画面に映ることはなかった。ただ、司会者のアナウンサーの問いに、きっちりとした受け答えをしただけである。事前にぺこりは北陸宮に「なにも喋らなくてもいい。ただ、品格だけを重んじてください」とアドバイスをした。なので、ぺこりは北陸宮が口を開いてしまったので、かなりドキッとしたが、北陸宮はどうも自分で予習をしていったらしく、至極まっとうなコメントをしたので、ホッと胸をなでおろした。でも、ぺこりは完全に失念しているようだが、この番組は事前収録である。ぺこりがドキマキしていたとき、当の北陸宮は中庭に北陸宮夫婦のために作られた別棟で遥と穏やかに笑いながら自分の出演している番組を観ていたのである。ぺこりより北陸宮の方が腹が据わっているとみえる。


 北陸宮が出演したからと言っても、番組の視聴率は特段、普段の放送時と変わらなかった。ところが、NHKさまのお客さまコールセンターには番組出演者への問い合わせが殺到し、一時回線がストップしてしまった。さらに、各SNS上では北陸宮に関するコメントが殺到し、Yahoo!のトップページに表示される、話題のキーワードには「北陸宮」がトップでランクインした。ぺこりの作戦は大成功だ。

 その後も、北陸宮はぺこりの意向でEテレの教養番組に出演し、その度に気が利いていて、率直なコメントをした。そのため、国民は北陸宮をとても教養が深い上に誠実な人物だと思い込んだようだ。実は北陸宮の教養はほとんどが一夜漬けの付け焼き刃であるとは国民の誰一人として思わなかったようである。ぺこりはとにかく北陸宮に「喋り過ぎず、でしゃばらず、いつも一歩引いていなさい」と忠告した。

 

 さて、いくらなんでもEテレばかりでは知名度の上昇にも限界がある。ぺこりが放った次の矢は、総合テレビの『大相撲中継』の中日(なかび)、幕内土俵入りから結びまで、正面放送席でゲストとして出演するというものである。中日ということは日曜日だ。普段は大相撲中継を観ない人も大勢、TV桟敷で観戦する。超人気番組である『笑点』の視聴率を先週比、二十パーセント下げるのが、ぺこりの目標である。ただし、ジョーカーが一人いた。それは解説でおなじみの、北の富士勝昭さんである。北の富士さんは案外というか普段からというか、若干、お口が面白い上に若干お悪い。もしかしたら、北陸宮にとんでもない張り差しか、あるいはねこだましを仕掛けてくる可能性もある。北陸宮がKOされる危険性だって十分にある。だが、ぺこりは少しくらい、やられてもいいと思っていた。人間らしさを出すのも必要である。北陸宮が完璧すぎるとロボットのように感じられて一歩引いてしまう人も出るかもしれない。彼が今も皇族ならば、完璧でいいが、北陸宮はあくまで一般人である。人間は必ず失敗するものだ。


 ところがどっこい、北陸宮は華麗な蝶のように舞ってしまった。まずは、北の富士さんが「宮さま、よろしくお願いいたします」といきなりジャブを打ってきたところを「師匠、どうぞ、忠仁と呼んでください」とあっさりかわし、横綱の土俵入りが始まると「師匠、現在の横綱は雲龍型と不知火型の二つのみですが、昔の横綱の写真を見ますと現在とは全く違う形のものがあるようですね」と何処でその写真を見たのか知らないが、強烈な反撃の攻めを北の富士さんに浴びせた。「ほう……」いつもは滑らかな北の富士さんのお口が止まる。「……忠仁さまは好角家でいらっしゃいますなあ」とりあえず、ごまかす、北の富士さん。たぶん、そんな昔のことまでは知らないのだろう。彼はあくまで元横綱であって大相撲研究家ではない。慌てたのは実況の大坂アナウンサーで、「すぐに、局のライブラリーで調べさせましょう」と言ってことを収めた。しかし取り組み中に答えは出てこなかった。なので不満の電話やNHKさまのホームページに投稿が多数寄せられた。

 さて、さらに北陸宮は「高安関や遠藤関、矢後関など本名を四股名にされている関取がいらっしゃいますね。個人的には関心できませんが、師匠いかがですか?」と北の富士さんに振って「いやはや、おっしゃる通りでございます」と首を縦に振らせ、貴景勝が登場するや「大関が横綱に昇進されるためには突き押しだけではなく廻しも取れるようにならないといけないですね」と言い放って、ついに北の富士さんに「お見それしました」と白旗をあげさせた。


 幕内取組のはじめは大した視聴率ではなかった大相撲中継であったが、そこはSNSの時代である。すぐに「なんだ、この人は?」「北の富士がやり込められている」「なんという相撲通」「ああ、この人って皇族だった人じゃねえの?」とどんどん情報が拡散され、普段はテレビをつけない人も大相撲中継を観だして、視聴率が急上昇した。最終的に結びの一番の時、ほぼ三十パーセントの視聴率まで伸び、ライバル『笑点』の視聴率を一桁に落とし、春風亭昇太師匠の眼鏡を曇らせた。ちょっとうまく行き過ぎである。ぺこりは北陸宮の増長を危惧したが、国技館から帰宅した北陸宮はすぐに、ぺこりの元に参上し、「国技館の雰囲気がとても愉快でございました」と全く気負いもなく話した。ぺこりは「それはようございましたな」と言うしかない。立ち去る北陸宮の背中を見て、ぺこりは「なんだかんだと言っても血統ってやつはあるんだな。サラブレッドと一緒だ」と軽くぼやいた。


 あまりに北陸宮がうまく物事を進めてしまうので、ぺこりは次にどういった方法で、北陸宮を表に出したらいいか、わからなくなってしまった。


 しかし、だからと言って、表舞台から姿を隠してしまうと、すぐに人々の心から北陸宮の存在は消えてなくなる。そういうものである。世の中は。

 なので、ぺこりは北陸宮に自分の大嫌いなSNS、それもInstagramを開設させることにした。もちろん、本人に作らせるような愚かな真似はしない。プロジェクトチームを作り、わざわざ十二神将の竹馬涼真をプロジェクトリーダーとした。彼が十二神将の中でもっとも若く、Instagramに抵抗がないと判断したのだ。

 涼真はまず、北陸宮と遥の2ショット写真を公開することにした。当然、写真を撮るのは篠山紀信先生だ。春の花が満開の中庭で、二人が幸せそうに写る、美しい写真が出来上がり、フォトショップマスターが微細な影などを修正し、完璧な写真が出来上がった。あとはコメントだけだが、プロジェクトチームはなかなかいい文章を考えられず、仕方がないのでぺこりに相談した。「涼真、きみたちは文才がないなあ。持ってきた案はねえ、みんなボツ。こしあんにして後でおいらが食べちゃうよ。ああ、涼真のせいでまた太る」

 イヤミ満開のぺこり。

「どうか、良案をお出しください、ぺこりさま」

 頭を下げる、涼真。

「おいらのような超一流コピーライター……この言葉は古いか? ええと、美文家になるとギャラがお高いよ。プロジェクトの予算が吹っ飛ぶな。ふふふ、まあいいや。元はおいらが作ったプロジェクトだ。いいか、涼真。いい文章というか、人々に印象を強く残す、キャッチフレーズってものは短ければ短いほうがいいの」

「はあ」

「では、披露しよう。『私たち家族です』だよ」

「えー、あまりにも普通すぎませんか?」

「愚か者、『私たち夫婦です』だったら平凡なんだ。『家族です』って言うところがキモなのさ。これはね、遥のお腹に赤ちゃんがいますよっていう、隠れたメッセージが込められていて、お二人が円満な家庭を築いていると言うことなの。わかる?」

「あまり、理解できていないのですが、とりあえず会議にかけてみます」

「なんか不愉快な言い方だな。いいから、早く行っちまいな!」

「失礼いたしました」

 涼真はぺこりの部屋を出た。

 プロジェクトチーム内でもあまり、ぺこりの案への評価は芳しくなかったが、他にいい案が出なかったので、ぺこり案が採用された。


 そして、Instagram開設の日。もう、途轍もない反響で、スーパーコンピューターが敷き詰められている、ぺこりの秘密基地のサーバーだったから、落ちたりはしなかったけれど、作業スピードが明らかに遅くなって、各部署からクレームの嵐が起きた。涼真は平謝りだ。十二神将が頭を下げるなんて前代未聞のことだったので、あとで、涼真はぺこりと関根勤勉に「鼎の軽重を問うか!」と大目玉を食らった。ちょっとかわいそうだね。

 肝心のInstagramに対して世間のコメントは「仲睦まじ過ぎ!」「美男美女過ぎるご夫婦」「遥さん、まぶしい」「初々しくて羨ましい」とどんどん、いいね! が増えて行った。ここで、ぺこりがプロジェクトチームのリーダーである涼真に「本当はね、文章なんてなくてもよかったんだけど、そうすると少しぶっきら棒に思えるよね。要するに、温かみがあれば言葉はなんでもよかったのさ。でさあ、写真は出し惜しみしなよ。一月に一回くらいで十分だ。国民に渇望感を持たせよう。当然、季節の自然を織り込んだ、美しい写真を選んでね。奇抜なものは絶対にダメだ。あとはアドレス乗っ取りに注意しな。ウチの組織だから多分平気だとは思うけど、ハッカーは侮り難しだ。以上」と厳しめに命令した。

 さすがの涼真も、「ああ、北陸宮の浮沈が我々の組織の命運を握っているんだ」と理解して、ちょっと寒気を感じた。


 さて、さすがに天下のNHKさまへの出演も臨界点かなと、ぺこりは考えた。ほぼ月一で更新されるInstagramは美しい日本の風景をバックに一流カメラマンたちが腕によりをかけて撮影した写真を使用するので、とても好評である。しかし、好評ではあるのだが、ぺこりは「なんだかさあ、『日本の四季カレンダー』に北陸宮夫妻が写り込んでいるみたいで、なんとなく白々しいんだよね。どう思う? 舞子」

 とお茶をたてに来ていた舞子に問うてみる。

「そうねえ、普通の人なら、確かに白々しいと思うけど、元は皇族だったと考えればそれでいい気もするわ。あたしはご一緒していないからよく知らないんだけど、その写真を撮るためにお二人が新幹線やら特急を使うと、なぜか駅前に地元の方々が集まっていて、日の丸の旗を振っているらしいわよ。誰があの旗を配っているんでしょうね」

「昔も今も、皇室ファンというのは大勢いるんだな。しかし、日の丸の旗は本当に誰が配っているんだ? 右寄りの闇雲新聞か? そういう風に偏った色をつけられちゃうのが一番困るんだよな。下手をすると自民党から出馬依頼が来てしまうよ。全くもって、本末転倒。なんかさあ、舞子よ、いい案はない?」

「そうねえ……いっそ、夫婦揃って、外国にでも送り出してしまえば? 北陸宮の短期留学の名目でね」

「ふーん。なんだか知らないが、まずまずの妙案じゃないか。でも、身重の遥に負担とはならないの?」

「安定期だから、大丈夫でしょう。遥さんは丈夫ですし。それに臨月がくる前、余裕を持って帰国すればいいわ」

「そうか。じゃあ、そうしよう。で、どこに行かせる?」

「アメリカはダメよ。やっぱり、ヨーロッパね。ただし、情熱の国々はイメージダウンになるでしょう。北の方、できれば王室のある国々をめぐるのがいいと思うわ。欧州の歴史を学ぶという、名目ね。Instagramは国内の時よりも頻繁にした方がいいと思う。あまり、うるさくならない程度でね」

「うん、そうしよう。しかし、そうなると、結構大人数のスタッフが必要になるな。セキュリティも大事だし。よし、いまのプロジェクトリーダーの涼真を随行、いや、同行させてやろう。あいつ、お目付役のくせに自分が羽目を外したりしないだろうな。あとで、きっちり言い含めておこう」


 といった次第で、北陸宮夫妻はこっそりと同行する涼真の率いる大勢のスタッフにうまく取り囲まれて、ヨーロッパ短期留学というか視察というか漫遊記というか、とにかく飛行機で成田空港から旅だった。空港にはどうやってこのことに気づいたのかが不明なため、ぺこりが焦って情報セキュリティの総点検を行うほどの見送り人が詰めかけて、ちょっとした騒ぎになった。

「おい、ジャニーさんとこの坊ちゃんたちじゃないぜ!」

 ぺこりは少しご立腹だが、人気があるのはいいことだ。そうじゃない可能性もあるけどね。


 この洋行が吉と出るか凶と出るか? もちろん、今はわからない。

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