双子の推理・下
「マスター、ありがとう」
無邪気に礼を言うアリトラに対し、少し笑いを含んだ声が応じる。プレート二つを持って戻ってきたアリトラは、鼻歌でも歌いそうな上機嫌でそれをリコリーの前に置いた。
「アタシの賄いも作ってくれた!」
「じゃあ一緒に食べよう。……って、いつもより大きい気がするんだけど」
プレートの上にはホットサンドが二切れとサラダ、それに自家製のゼリーが置かれていた。だがホットサンドは、店で普段提供するものに比べてかなり分厚い。
「チーズとハムが賞味期限切れそう。消費に協力してくれると助かる」
「助かるも何も、もう入れちゃってるじゃないか」
呆れたように言いながら、その重いホットサンドを掴んだリコリーは、香ばしく焼き上げられたパンの表面に歯を立てる。小気味の良い食感と共に中に挟んだチーズが溢れ出し、更に薄く切って重ねたハムが少し冷えた感触を伝える。
ハムとハムの間に流れ込んだチーズが絶妙な風味と共にレタスへと絡みつき、それらが一度に口の中を満たすのはまさに至福の一言だった。
「美味しい」
「でしょ。特にハムが美味しいと思わない? 半分はいつものハムだけど、もう半分は東ラスレから取り寄せたオリーブハムを使ってる」
「いや、そこまではわからないけど」
「えー、わかるよ。だって味が全然違う」
「お前は食べなれてるからだよ。僕は偶にしかここに来ないし、どれがどのハムかなんて……」
リコリーは自分の言葉に眉を寄せた。一方、アリトラも似たような表情で固まっている。二人は暫く黙っていたが、やがてアリトラが口を開いた。
「大事なことを聞くのを忘れてたけど」
「多分その質問は「副店長さんは魔法を使えたか」でしょ? 答えはイエスだ。あの複雑な魔法陣を使ったピザ窯のメンテナンスを任されていたぐらいだからね」
「副店長さんが所持していた店の鍵は、ロッカーの中。窯からは特徴的な右手だけ飛び出していた。そして容疑者二人は鍵をちゃんと所持していた……」
「魔法によって凍った死体。ピザ窯の中に押し込まれていたのは、「凍らせたかった」本当の理由を隠すためだね」
互いの思考が同じ場所に行きついたことを確信した二人は、顔立ちは全く違うにも関わらず、よく似た笑みを浮かべた。
「犯人は副店長さんを何らかの方法で殺害した。血痕の類は……」
「言っただろう? 床は綺麗だった。絞殺か撲殺かもね」
「副店長さんは死に際に相手から店舗の鍵を奪い取って、それを抱え込んだ」
「しかも自分の体を凍り付かせて、それを相手が取れないようにした」
鍵を奪われた犯人は、それをどうしても取り返す必要があった。
副店長自身の鍵は施錠されたロッカーの中にあり、すり替えることは出来ない。かといって放置したまま帰れば、遺体が見つかって鍵がその手中から出てきた時に、言い逃れが出来なくなる。
「そして鍵を取り返すために犯人は、氷を砕くなり壊すなり……要するに乱暴な手段に出たんだろうね」
リコリーはホットサンドからはみ出したレタスを摘まみ上げて、それを自分が食べていた場所に乗せ直しながら言った。これがアリトラなら、直接口に入れているところだが、リコリーは妹に比べると幾分行儀が良い。
「鍵は無事に手に入れたけど、後には不自然な氷が残ってしまった。多分、体の半分ほどは氷漬けになっていたんだろうね。遺体が発見されれば、どうしてもその不自然さが目立ってしまう」
「だから、犯人はそれを隠そうとした。ピザ窯の中に半分凍った遺体を入れて、その上から自分の魔法で氷を被せた」
違うハムが混じっていても区別がつかないように、別々の人間が作った氷が混じりあっていても他人からはわからない。犯人は、ピザ窯に入れて凍らせるという、傍から見れば不可解な状況を作り出すことで、「被害者が作った氷」を隠し、本来の目的から皆の目を逸らそうとした。
「右手だけ外に出したのは?」
「そこに入っているのが誰か、そして生死がすぐにわかるようにするため。もしどちらもわからなかったら、刑務部はピザ窯を壊して、氷をすぐに解かそうとする筈。でもそれじゃ都合が悪い」
「ピザ窯に氷漬けにして閉じ込めた……。そんな印象が薄れちゃうからね」
塩気のあるチーズで少し喉が渇いたリコリーはグラスに手を伸ばす。その中身が殆ど残っていないのに気が付いたアリトラは、素早く中身を注いだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。今日は結構余ったから、どんどん飲んでね」
「どんどんは飲まない。……以上のことを踏まえると、犯人は明確だ」
「第一発見者の店長さん、だよね?」
「どうしてそう思う?」
「魔法が苦手だから」
ついでのように自分のグラスにもレモネードを足したアリトラは、それを手に持ったまま話を続けた。
「魔法が得意だったら、氷を溶かしたり、ロッカーの魔法錠を外すことだって出来たはず。あ、魔法錠は無理かな。まぁ兎に角、魔法が得意な若い店員さんなら、氷を隠すために更に凍り付かせるなんて手段は使わない」
「それに被害者だって、そんな方法は取らなかったはずだよ。魔法が苦手な店長が相手だったからこそ、容易には解除出来ない氷魔法を選んだんだ」
でも、とアリトラはレモネードを飲んでから首を傾げた。
「証拠がない。アタシ達の考えが正しいとして、店長さんが殺したという決定的な証拠が無いと意味がないよね」
「心配要らないよ。どちらも魔法で作られた氷なら、そこには必ず「純度」が存在する。ちょっと氷作ってみて?」
リコリーは指を宙で回しながら短い魔法を詠唱した。
大気中の水分がそこに凝縮して、小さな氷が生じる。何度か回転しながら次第に大きくなった氷は、やがて宙から滑落してリコリーのグラスの中に落ちた。氷は一点の濁りもなく澄み切っており、磨き抜かれたガラスのように見える。
アリトラも同じように氷を作り出したが、形は歪な上に白く濁っており、そもそも指先からかなり離れた場所に形成されたために、あっけなく床に落ちてしまった。平素からあまり魔法を使わないとはいえ、あまりの出来に本人も肩を落とす。
「なるほどね。エリートさん達にはその違いも一目瞭然ってこと?」
「といっても流石に予め知っていないと判別出来ないと思うけど……、まぁ心配ないんじゃないかな? 僕たちがわかるんだから、刑務部も見抜いている筈だよ」
「なら安心だね、リコリー」
「そうだね、アリトラ」
謎が解けた二人は、安心してホットサンドに噛り付く。話している間に少し冷めてしまったが、それでも十分な美味しさが保たれている。表面が少し硬くなったチーズは双子のお気に入りでもあり、店のマスターもそれを心得て作っていた。
「食べ物が美味しいと幸せ。美味しいものは裏切らない」
「全面的に同意するよ。美味しいものは世界を救うと思う」
双子は互いの言葉に対して、揃って首を縦に振った。
先ほどまで殺人事件の話をしていたのが嘘のように、そこには食欲だけが満ち溢れていた。
END
双子は喫茶店で推理する 淡島かりす @karisu_A
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
空洞に穴を穿つ/淡島かりす
★55 エッセイ・ノンフィクション 連載中 121話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます