双子の推理・中

 死んだ男はピザ窯の中で体を丸めた状態で氷漬けになっていた。リコリーが見た時は、主に魔法を使った事件や事故を調べる刑務部が、どうやって遺体を取り出そうか悩んでいる最中で、その隙間から遺体の右手だけが窯の口から伸びていたのを見てしまった。火を入れていない窯の中は暗く、まるで亜空間から腕だけが出て来たかのように見えた。


「氷漬け……ってことは、魔法だよね?」

「まぁ少なくとも事故ではないだろうしね。フィンが寒いとは言え、中央区で凍死するのは難しいよ。それに遺体はただ凍っていたんじゃなくて、大きな氷の塊に埋め込まれていたし」

「窯に冷却魔法は?」

「発火と火力調整の魔法陣だけだね。火災が起こった時のために天井に冷却魔法陣が仕込まれていたけど、起動した痕跡はない。そもそも人を凍らせられるような威力はないよ」


 リコリーは両手を広げると、自分の肩幅を超えたあたりで止めた。


「窯の入口はこのぐらいかな。人がギリギリ押し込められる大きさだけど、凍らせた後じゃ入らないから、先に中に人を入れてから氷漬けにしたと考えられる」

「氷は溶けてたの?」

「殆ど溶けてなかったよ。まぁここ数日はずっと寒かったしね。でも犯行は恐らく閉店後から深夜にかけてだと考えられる。閉店後に副店長は厨房を掃除するらしいんだけど、床には殆どゴミが落ちてなくて綺麗なものだったからね」

「リコリーは昨日点検に行ったんだよね? 何か覚えてる?」


 アリトラがそう問うと、リコリーは首を傾げながら思考を巡らせる。記憶力は良いが、必要な情報を引き出すまでに少し時間がかかるのが欠点だった。


「あの店で点検対象となるのは、ピザ窯部屋の発火魔法陣が一つ、それと店内全体で消火用の冷却魔法陣が三つ。どれも法律で決められた範囲内で作動し、規格も適切だった。ピザ窯の魔法陣は結構複雑で、メンテナンスが出来るのは副店長だけらしい。色々動かして自慢してくれたよ」

「火を扱う飲食店には冷却魔法が義務付けられてるもんね。この店にも一個あるし」

「この店は厨房と客席が連続しているから一つでいいんだ。でもイデルムは厨房とピザ窯部屋、客席、合わせて三つのスペースがあるから、その数だけ必要になる」

「客席や厨房は凍っていなかったの?」

「うん。ピザ窯の中だけだね」


 リコリーはレモネードを一口飲む。この店は喫茶店であるが、珈琲が提供されることは殆どない。メニューには存在するのだが、「大陸一不味い」と評判の代物であり、何も知らずに注文した者を周りが止める有様だった。


「死体をわざわざ凍らせてピザ窯に詰めるなんて、相当な怨恨の持ち主? 被害者は何かトラブルを抱えてたの?」

「最近経営者が変わったことや売り上げが落ちたことで色々内部で揉めていたみたいだよ。昨日僕が行った時も、若い店員と副店長が口論してたしね。因みに容疑者は二人」


 指を二本立てて、リコリーは話を続ける。


「厨房には鍵がかかっていた。この鍵を持っていたのが、被害者を入れて三人しかいないんだ。窓から侵入したような痕跡も、鍵をピッキングした痕もなかったから、自ずと二人に絞り込める」

「その二人って?」

「まずは第一発見者の店長の女性。もう一人はさっき言った若い店員。アルバイト達のまとめ役をしているらしいよ」

「二人は鍵は?」

「持ってた。それに被害者の荷物の中から鍵が発見されたから、他の人の犯行とは考えにくい」

「荷物も近くにあったの?」

「いや、更衣室のロッカーの中だよ。魔法錠がかかっていたから、それも開けろって言われてさ。僕はあくまで法務部で刑務部じゃないんだから、勘弁して欲しいよね」


 うーん、とアリトラは呻きながら、リコリーの指を凝視する。まるでそこに、会ったこともない二人の容疑者が起立しているかのようだった。


「その二人は精霊瓶は?」

「どっちも持ってる」

「精霊持ち?」


 リコリーはその問いに頷いた。

 フィンでは、両親どちらかが魔法使いの場合、生まれた時に「精霊瓶」と呼ばれる特殊な瓶を国から与えられる。それは彼らが使用する魔法が、必ず自分の魔力を何かに貯蔵してから使わなければならないためで、国によって杖だったり水晶だったりと異なる。


 大体十歳から十五歳の間に、空だった瓶に精霊が入り込むとされていて、精霊を手に入れた者はより高度な魔法を使うことが出来る。だが精霊を手に入れずに十八歳を迎えた者は「空瓶からびん」と呼ばれ、魔法が使えても正統な魔法使いとは見做されない。


「お前と違ってね」

「しょうがない。こればっかりは生まれ持った才能だから」


 アリトラは自分の腰に下がった空っぽの瓶を弄りながら言った。視線の先にはリコリーの精霊瓶がある。中は青い液体で満たされ、同じ色をした犬の精霊がゆったりと昼寝をしていた。

 液体に見えるものは、その個人が所有する魔力を示す。魔力を使えば液体の水位が変動するため、大掛かりな魔法を使った者は一目でわかるようになっていた。


「魔力はどうだった?」

「店長さんはあまり魔法が得意なほうではないらしい。魔力の上限が、瓶の半分以下だったから。でも昨日、家の照明が切れたから魔法を使ったとかで、魔力自体は減っていたよ。回復率を考慮しても、せいぜい半分ってところかな」

「若い男の人は?」

「そっちはもう少し魔法が得意みたいだね。魔力の上限も結構あった。昨日、飼っている犬が怪我をしたから治癒魔法を使ったらしい。それにしては少し減り方が大きい気がしたけど、まぁ個人差だからね」

「じゃあ、ピザ窯の中で人を凍らせるのに必要な魔力は?」


 リコリーは再び考え込む。手にしたグラスの中で、レモネードがゆっくりと波打った。


「店長さんには無理だね。全部使ってもピザ窯の半分程度しか凍らせることが出来ないんじゃないかな。若い男性の魔力なら可能だけど、でも魔力の減り方からして、そこまで使ったとは考えにくい」

「お水を持ってきてそれを凍らせるなら、あまり魔力は要らないんじゃない?」


 魔法を使えば大気中の水素と酸素を結合して水を作り出すことが出来るし、更にそれを凍らせることも可能である。だが、水さえ先にあれば凍らせるのは然程労力も要らない。

 そんなアリトラの考えを、リコリーは首を二度振って否定した。


「ピザ焼き窯の口は地面と平行だよ。それに中も平坦で、水を溜めておくような場所はない。第一、厨房から水を持ってきては窯に入れて凍らせて……って時間がかかりすぎる」

「それもそうだね。そこまでやる意味がわからない」


 思いついたことを否定されても、アリトラは堪えた様子もなく思考を切り替える。方法がわからないのであれば、次は動機だった。


「どうしてピザ窯の中で凍らせたのかな?」

「遺体を損壊する目的じゃないか、って刑務部は言ってたよ。でも僕は違うと思うな」

「どうして?」

「損壊したいなら、焼いてしまえばいいからね」

「だよね。アタシもそう思う。逆に考えると、どうしても凍らせなきゃいけなかったってこと」


 アリトラはふとそこで、別の疑問に突き当たった。


「窯の中にいるのが副店長さんだって、どうしてわかったの? 氷漬けで窯の中だったんでしょ?」

「右腕に特徴的な火傷があってね。店長さんもそう証言したし、店内に飾ってあった写真からも確認が取れたから」

「じゃあやっぱり遺体損壊が目的じゃなさそう。あれって身元をわからなくするためにやることが多いんでしょ? もしそうなら、特徴は真っ先に潰す筈だし」

「そうだね。となると遺体を凍らせたのは……」


 考えこむリコリーだったが、カウンター内のキッチンからの声がそれを妨げた。アリトラは椅子から立ち上がると、声の方へと近づく。客席とキッチンを隔てる小さな台の上には、プレートが二つ載っていた。

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