双子は喫茶店で推理する
淡島かりす
双子の推理・上
窓の外には雪が降っていた。道行く人は慣れた足取りで雪が積もった道を進んでいく。一年を通して寒冷なこの国では、雪に足を取られて転ぶのは老人の仕事と決まっていた。
「制御機関通り」と呼ばれる大通りに面した喫茶店の中には、温かい空気が満ちている。窓や床に仕込まれた魔法陣が熱気を放出してくれるためであるが、これも珍しいものではない。国民の九割が魔法使いであるフィン民主国では、魔法を使わない建物を見つけるほうが難しかった。
ランチタイムが終わった店内には客はおらず、カウンターの中からは食器を洗う音がかれこれ三十分も聞こえ続けている。客席の掃除をしていた若い女は、床に落ちてこびりついていたチーズをモップでふき取ることに成功すると、満足そうな笑みを浮かべた。
鮮やかな青い髪をポニーテールにしているのが特徴的で、大きな赤い瞳と共にその体に外国の血が混じっていることを表している。だがその顔立ちはフィン人らしさを強く滲ませており、上品で愛嬌があった。
「よし、おーわり。そろそろお昼にしようかな」
女がそう呟いた時、店の扉についているベルが鳴る音がした。
この喫茶店は独立した建物ではなく、ある施設の一階に組み込まれている。そのため、客の大半は施設の職員であり、そのため喫茶店の出入り口は「外」と「内」の二つが存在する。「内」を開いて入るのは職員であることが多い。
今のドアベルは「内」の出入り口のものであり、従って女は窓から視線を外して後ろを振り返った。
「いらっしゃーい」
入ってきたのは不機嫌な顔をした若い男だった。癖のない黒髪と澄んだ青い瞳はフィン人によく見られるものである。切れ長の目は鋭いというよりも何かを睨みつけているようで、口唇が薄いのも手伝って「悪人面」という表現がしっくり来る顔立ちだった。
だが平均よりも少し小柄で華奢な体躯をしているために、さほど威圧感はない。そもそも、その男が見た目と違って虫一匹殺せないことを女はよく知っていた。モップの柄で近くの席を示すと、男はその椅子に腰を下ろす。そして、抱えていた書類をテーブルに放り出して、大きな溜息を天井に向けて吐き出した。
「お腹空いたぁ……」
「お昼食べてないの、リコリー?」
リコリーと呼ばれた男は、十八歳らしい幼さと大人びた印象を併せ持った仕草で頷く。
「近くで殺人事件があってさ、それに付き合わされてたから」
「何で? リコリーは法務部でしょ?」
「現場がレストランでさ、昨日が丁度魔法陣の点検日だったんだ。担当が僕だったから、話を聞かせろって」
「じゃあそこで何か食べてくれば良かったのに」
「僕はアリトラと違ってデリケートなんだよ」
アリトラと呼ばれた女は、大仰に眉を持ち上げた。
「デリケートというか、リコリーは弱気なだけだと思う」
「最近つくづく思うんだけど、母ちゃんのお腹の中でお前に運動神経とか気性とか全部吸い取られたと思うんだよね」
「じゃあ頭の良さはリコリーに吸い取られたということになる。お互い様」
何か食べる? とアリトラが尋ねると、小さな頷きが返ってきた。
「食べてから上に戻る。報告書まとめないといけないし」
「届けてあげてもいいよ? 法務部は三階。ホットサンドの冷めない距離だし」
「やだよ。ゆっくり食べられないじゃないか」
喫茶店があるのは、この国の主要施設の一つである「魔法制御機関」の建物内だった。魔法使い達が己の力を悪用したり、暴発させたりしないように、フィン国には魔法に関する決まりごとが多く存在する。
魔法の悪用を防いだり、または取り締まるための重要な役割を担うのが「制御機関」であり、目的別に「管理部」「法務部」「刑務部」の三つの部署に分れている。
法務部の新人であるリコリーは、入局以降何かと雑用に追われていたが、それは生真面目な性格と臆病で気弱な性質に原因があった。見た目に反しておっとりとしているため、強く言われると逆らうことが出来ない。気付けば仕事が山積みで、今日のように食事を取り損ねることも多かった。
「じゃあホットサンドね。マスター、リコリーにホットサンド作ってあげてー」
リコリーとアリトラは双子の兄妹であるが、兄のリコリーが所謂「エリート」であるのに対して、妹のアリトラは勉強も魔法も苦手だった。同じ建物で働いているとはいえ、その内容も立場も大きく異なる。
だが、見た目も中身も正反対である二人は、寧ろそれゆえに仲が良かった。
「殺人事件は何処で起こったの?」
掃除を中断したアリトラは、レモネードを入れたガラス瓶とグラスを二つ持って、リコリーの前に座った。ガラス瓶には魔法陣が刻んである。液体だけを冷やすように出来たもので、少々高価ではあるが便利だからと、最近は各飲食店で使われていた。
魔法陣は強力なものや危険なものも多く存在する。そのため、発光物質を含んだ塗料で描くことが義務付けられており、アリトラが手にしたガラス瓶も白い光が中に差し込んで、レモネードの表面を照らしていた。
「まぁ、もう新聞に載ってるからいいか。すぐ近くの『イデルム』っていうレストランだよ」
「ピザが有名なお店?」
「そう。殺されたのは副店長の男性で、発見者は店長の女性だ。現場を見たけど異様な光景でさ。まぁあと数日はその話で盛り上がりそうだね」
「異様?」
レモネードを差し出しながらアリトラは相手の言葉の一部を反復する。人が殺されたというだけで十分異様なのに、わざわざそんなことを言う理由がわからなかった。
そんな片割れの反応を予期していたリコリーは、受け取ったレモネードで口を湿らせた後に、さきほどまでいた場所を思い出しながら話し始めた。
「遺体はレストランの厨房で発見された。あの店はピザが売りだから、ピザを焼くための窯がある場所だけ他とは分けているんだ。その方が温度調整とかに好都合らしいね。遺体はそのピザ窯の中に押し込められていた」
「まさか焼かれてたなんて言わないよね?」
「逆だよ。遺体は氷漬けだったんだ」
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