果てなく拡がる海に溶けゆく、一人と一艘の繊細な心の触れ合い。

 古くより、船乗りたちの間では船は女性に例えられています。
 しかしながらその具体的な理由については未だ判明しておらず、あくまでも慣例的なものとして用いられていると考えられているそうです。
 この作品においては、近未来における船と船乗りの異類婚姻譚として、その慣例が見事に物語に昇華されていると思いました。

 主人公は無限に広がる海を漂う渡り鳥。そんな彼にとって共に海を渡る船は欠かすことの出来ない止り木である。一方の船にとっても、自らを動かす船乗りが居なければ自由に大海を進むことはできない。

 どことなく、その関係性は互いを支え合う夫婦に似ています。なればこそ、存在の垣根を超えた精神の繋がりを両者が持つに至るのも、ある意味では極自然な事なのかもしれません。

 当作で語られる二人の物語の結末は明るいものではありません。ですがそこには、一人と一艘の心が結びつくことによる確かな愛の形成があります。
 それは斬新にして王道な異類の恋と愛の在り方。海に溶けゆく彼らの心情がストーブの熱の様に胸に染み入る、儚くも美しい小説でした。