第11話 差別の構造
「貴女の知人は結婚されていますね」
「はい。でも、どうして……?」
北原はその包丁を、新しいコーヒーを乗せた盆の下に隠し持ち、パーテーションの中にいる二人に近づいた。
「彼女の結婚前の名字は、北原と言います」
北原はコーヒーを出すふりをして、包丁を西尾めがけて振り下ろした。東雲の顔は驚愕に歪み、盆が大きな音を立てて床に落ちる。それと同時に、ガツンと言う硬い音がした。血が西尾の手を伝って流れた。北原が振り下ろした包丁の刃を、西尾は腕で受け止めていた。スーツにじわりと血がにじんでいる。床には丸い血痕がぽたぽたと出来上がっていく。
「あ~あ、スーツが台無しだよ」
「くそおぉぉ!」
北原は、何度も包丁を西尾に向かって振り下ろし続けた。しかし、相手は魔法使いであり、人間の敵う相手ではなかった。包丁の刃は、空間にある見えない壁に阻まれるようにして、北原の方に跳ね返る。それを悟った北原の目は、震える東雲をとらえた。まるで、獲物を見つけた肉食獣のような目だった。
「この人間が!」
東雲は恐怖に体を縮めて、目をつぶった。包丁の刃が、東雲の頭部をとらえそうになった時、その手首を、西尾がつかんだ。そして、そのまま柔道の技のように北原をひっくり返した。床にしたたかに頭をぶつけた北原は、くらくらする頭を抑えながら上体を起こし、包丁を手にしようとするが、西尾が包丁を蹴り飛ばす。床を滑った包丁は、北原の手の届かないところで止まった。
「どうして、魔法使いのお前が、姉さんの邪魔をするんだ⁈」
「姉さん? あ、北原……さん?」
東雲も、全てを悟ったようだ。
「そう。貴女の知人女性は、彼の実の姉です。両親を殺された姉弟は、人間を恨み、
魔法使いの世を造ろうとしていました。でも、魔法は遺伝。悲しいことに、弟には魔法の才能が遺伝しなかったようだね」
「お前も、魔法使いだろうが!」
「そうだよ。でも、残念ながら、君たちがやろうとしているのは、人間がやっている差別と何も変わらない」
「違う! 魔法使いは優れた人間なんだ。その優れた人々が覇権を握れば、より良い世の中になるんだ!」
「それだよ。それは、白人至上主義者と変わらない考えだ。その考えがある限り、人間の差別と変わらないんだよ」
西尾は悲しげに、眉を寄せた。
「北原君、自首を勧めるよ。ここにはもう少しで警察がやってくる」
「何だ、と? いつの間に?」
「これだよ」
西尾は血まみれの手で、机の下を探り、黒い物体を引き上げた。盗聴器だった。全ての会話の内容は、警察に筒抜けだったというわけだ。北原はその場に力なく座り込んで、がっくりと項垂れた。「魔法探偵事務所」という名前に引かれ、同族意識を持った自分が悪いのだと、北原は思った。そして何より、西尾を見くびっていたことが、敗因だったのだ。
「東雲さん、彼の弁護は出来るかな?」
哀愁を帯びて佇む西尾に、東雲はやっと自分の責務を思い出した。
「彼が、現場から逃げ去った男だと確定し、被告となった時には、必ず」
「うん、よろしく」
ジャッケトを脱いで、タオルで止血しながら、西尾は深く溜息をもらし、遠い目をした。
「また、一人になっちゃったねぇ……」
そうぽつりとつぶやいた西尾の背中は、まるで世界の孤独を一身に背負っているようにも見えた。東雲はそんな西尾の背中から目が離せなかった。
遠くから風に乗って、パトカーや救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
北原姉弟は、後日、殺人と死体損壊の容疑で逮捕された。二人を弁護するのは若手女性弁護士の東雲だった。この事件に魔法使いが関与し、魔法と言うものが介在していたことは伏せられていた。だから、今も世の中のほとんどの人々が、魔法使いの存在を知らずに日々の生活を送っている。しかし、忘れてはならない。人間という生き物は、他者の存在によって、自分のことを位置づけ、説明しているということを。
だからいつ他者が「発見」されても、おかしくないのだ。それはもしかしたら、相手から見た自分自身に降りかかる問題なのかもしれない。隣人が自分にとって他者であるように、相手にとって自分も他者なのだから。
〈了〉
こちらは、西尾魔法探偵事務所です。 夷也荊 @imatakei
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