第10話 魔法探偵事務所

「貴女は大学の学部時代、青年海外協力隊としてアフリカに行って、農業支援事業や教育活動に参加していた。しかし、修士の時に留学したアメリカで、黒人差別の現実と直面した。この写真は新聞のインタビュー欄のコピーです」


西尾が机の上を滑らせるようにしてその新聞記事を東雲に渡すと、東雲は震えた手でその記事をつかんだ。


「よく、調べましたね。たった一日で」


「ここは魔法探偵事務所ですからね」


「それで、この遺骨のことも分かったんですよね? 魔法探偵さん」


「はい、もちろんです。どうぞ、こちらへ」


西尾が立ち上がり、東雲もそれに続く。二人がやってきたのは、北原が先ほど準備した水槽の前だった。そして、西尾は北原に声をかけた。


「北原君、冷蔵庫から白いビニール袋を取って来たまえ」


いつになく偉そうにする西尾が鼻についたが、自分も推理の続きが気になって、すぐに体が動いてしまう。台所にある小さな冷蔵庫を開けると、生臭いような異臭がした。どうやらビニール袋に何かがくるまれているようだ。あの日、パチンコ屋の景品だと思わされたのは、これだったのだ。そして、この生臭さを隠すために、煙草を吸っていた。古い換気扇ならば、外に煙草の臭いが出て行くこともない。全て、最初から、仕込まれていたのだ。

 北原はそれを手に取って、水槽の前にいる西尾に渡した。ビニール袋に入っていたのは、骨だった。一瞬にして北原と東雲の顔が固まる。しかし西尾は余裕綽々の様子で、その骨を水槽の中に沈めた。


「安心したまえ。これは豚の骨だよ。つまり豚骨スープを取るために、ラーメン屋さんなんかが使っている物と同じだよ」


「で、何するんですか? まさか、ラーメンでも作るつもりですか?」


北原は冗談のつもりで言ったが、東雲も西尾も笑わなかった。


「この水の中には、ミネラルが豊富に含まれている。骨はミネラル、特にマグネシウムを多く含んだ水の中に長期間漬けられていると、黒く変色するんだよ」


北原が水槽の水に入れるように指示されていたのは、マグネシウムを含んだ薬剤だったらしい。こんなことなら、事務仕事とは言わずに、そう言ってくれればいいのに、と北原は思う。


「長期間って、どれくらいですか?」


しげしげと見つめる東雲が聞くと、鼻を鳴らした西尾が自慢げに笑う。西尾がこういう顔をしたときは、ろくな事を考えていないということを、北原は知っている。


「一朝一夕で出来ないことは確かだよ。でも、ここで今から僕の魔法で、この水槽の中だけ時間を進めてみようじゃないか」


「魔法?」


「だってここは魔法探偵事務所ですから」


ウィンクする西尾に、北原は吐き気を催しつつ、西尾の言葉の意味を考える。西尾は

「魔法使いは複雑なこともできる」と言っていた。もしも西尾が本当に魔法使いであるならば、周囲の時間はそのままで、水槽の中の時間だけを操れると言うことになるだろう。西尾は水槽の水面の上に手の平をかざし、数を数えはじめた。


「一、二、三……」


そのカウントに合わせて、水面が小刻みに震え、緩やかに渦を巻く。それに伴って、沈んでいた骨の色が黒く変色していった。北原も東雲も、食い入るように骨の色が変わっていく様を見つめていた。そして西尾が「十」を数えた時、白かった骨は、まるで鉄でできていたかのように黒く変色していた。東雲は両手で口を押え、北原は口をあんぐりと空けて、狐につままれたような顔をしていた。そして、鼻を鳴らした西尾は、そんな二人に向かって、さらなる衝撃の事実をぶつけた。


「おそらく、貴女の知人も魔法使いです」


「嘘? だって、彼女からそんなこと……」


「まあ、話は座ってしましょう。僕、疲れちゃったんで」


西尾がそう言い、二人はパーテーションに囲まれた空間の中に戻った。北原は、そんな二人の会話が聞きたくて、パーテーションに耳を押し当てていた。


「この世には、魔法使いの末裔が隠れて生活しているのです。貴女の知人は、魔法使いの世界の再建のために、人種差別を利用しようとしていた。人種差別の機運に乗じて、その旗印となることで、魔法使いの権利も同時に訴える用意があったと、僕は見ています。貴女の知人女性は、両親を殺されていますね?」


「……はい」


諦めたように、東雲はうなずいた。


「両親が魔法使いだとばれて、殺されたのです。魔法使いもまた、差別の対象ですから」




西尾と東雲の会話を聞いた北原は、先ほどの冷蔵庫の横に刺してあった包丁を握りしめた。骨の下に隠して持ってきていた物だ。




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