第4話 いろい
「ドンッ」という音とともに傍らにいた寄子の緑郎太が仰向けに倒れた。首に矢を通され手足を痙攣させながら絶命した。
勢九郎はとっさに背を屈み立ち木に身を隠した。矢は右手方向から放たれている。畑を挟んでススキが生える、さらに向こうの林の中からだ。
『距離20間、相手はひとり、仲間の逃走時間を稼ぐために残って矢を放っている』
盗賊は元弓兵だったのだろう、狙撃兵のように潜んで射かけてくる。
『盗賊とは言え、元武士。油断はならぬ』
勢九郎はおおよその検討を付けると、後方に身を潜めている久兵衛と経之介へ眼くばせし、背後へ回るよう手で合図を送った。久兵衛は右手後方へ、経之介は身を伏せて後方へいったん下がってから左手深くへ回り込んだ。
『盗賊を挟み撃ちだ』
勢九郎が抜刀して立木から飛び出すと矢が飛んできた。かろうじて太刀で払いのけ、まっしぐらに矢が飛んできた茂みへと突っ込んだ。
山賊は三本目の矢を背中にしょった箙から抜こうとした。その時、背後に回っていた久兵衛が「おっー」と一喝しながら盗賊に切りかかった。矢を握った右手首が落ちた。不意を突かれた盗賊は左手で小刀を抜こうとしたが、今度は、経之介が「きゃえー」と叫びながら二の太刀を浴びせた。頭を割られうめき声を上げながら盗賊は大地へつんのめった。
間髪を入れずに、経之介はばたつく男に馬乗りになり、背後から頭を押さえ首を掻き切った。髷を掴んで面を見た経之介が「くそっ、薄ら笑いをしてやがる」と怒鳴った。仲間はこいつのおかげで逃げ延びたに違いない。
ないゆりの直後から、各地で山賊や海賊が出没して商人や百姓から関銭と称して金品を巻き上げ、従わない者は容赦なく身ぐるみをはがし、抵抗する者は見せしめと称して殺した。女は乱暴したあげく子どもらとともに奴婢として売り飛ばした。田畑を捨て欠け落ちした百姓一家を狙って金品を集めていたが、やがて空き地になった田畑を不法に占拠し、捕らえた百姓らに作付けを強制して荒稼ぎするようになった。欠け落ちした百姓らも盗賊を怖がり帰住したくともできないでいた。
こうした盗賊たちや第三者による不当な妨害を『綺』(いろい)といい、氏康が天文19年4月に発した『公事赦免令』にもいろいを禁じ、頼貞も事あるごとにいろいを禁止する書状を出している。
ないゆり @wada2263
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ないゆりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます