6


「まず、どういった手段が考えられるのか」


再び部屋に舞い戻った探偵達は、各々が好きな場所に座ると、検討会を始めた。


「一つ一つ。それぞれが思うところを検討していこうじゃないか」


そういって車六はジュースを煽った。


教団内部にはそんなものはないので、わざわざ巡査の一人に山のふもとまで買いに行かせたものだ。


和戸は首をひねった。


「そういってもな。犯行当時、あそこが完全な密室だったことは間違いないわけだ。僕が保証する」


「信者達だけの証言なら、キサラギの超常能力を誇示するために、偽証している可能性もあったんですがなあ」


と警部。


「例えば、既にキサラギの指紋をつけておいたナイフを使って、今上を殺しておいて、叫び声をあげ、いかにも密室に格闘しているように見せかけるとか」


「それだと、私が聞いた今上さんの最期の言葉の説明がつかない」


和戸が首を振る。


「彼は間違いなく、キサラギに殺されたと言っていましたよ」


「そこも難関ですなあ。今上が偽証するはずもないし……」


「果たしてそうかな?」


と車六。


警部がぎろりと彼を睨む。


「ど、どういう意味です?」


「公安活動に精を出すうちに、あんたの部下が本当の信心深い信者になっていたとしたら?そして、教祖の奇蹟を体現するために、自ら命を差し出したとしたら?」


「そ、そんなバカな」


「だが、今上が偽証していたとさえすれば、全ての疑問は氷解する。まず、キサラギが例の見えないナイフで空中を刺してみせる。そのタイミングで、恐らく、隠しスピーカーか何かだろう、合図を聞いていた今上は、自分の胸を刺す。そして、密室をぶちやぶりやってきた和戸に、キサラギにやられたと偽証するわけだ。」


車六は腕を広げて


「こうすれば、まさに奇蹟は簡単に起こせる。被害者自身が犯人だった場合の密室だな」


「そ、そんなバカな」


警部は同じセリフを繰り返す。


怒りのあまり、思わず暴言を吐きそうになる。


車六は笑って


「とまあ、冗談だよ。冗談」


「じょ、冗談?」


「俺もあんたの言うことは信用している。あんたが言うなら、今上という男は、そんな簡単に新興宗教に染まったりしない、立派な人間だったんだろう。つまり、偽証はなしだ。」


そこで再びジュースを呷る車六。


「代わりに密室の謎は残ったがな」


「こういうのはどうだろう」


今度は和戸が思いついた様子だった。


「何だ?」


「うん。つまり、殺人は確かに教祖がやったものだった。キサラギは、僕らを案内するのに際して、実は本物のナイフをふりかざすと、今上にぶすりと刺していたんだ。」


「……それから?」


「それから、刺された今上は自分の部屋に戻り、鍵をしめた。だから、密室が完成した。」


「それなら、死ぬ間際の今上のセリフはどうなるんだ?」


「それは……混乱していて」


「ダメですな」


と警部が言った。


「キサラギに殺人を犯す暇がなかったことは……残念ながら、私達が証人として断言出来ます。そして、いくら死ぬ間際だろうと、今上がうわごとを口走るような人間でないことは私が保証しますよ」


「……さいですか」


がっくりと肩を落とす和戸。


その後も、色々な案が出た。


曰く、密室を開けた時にはまだ生きていて、その後ナイフを差した説。


あるいは、密室の謎は置いといて、キサラギとして認識されている男が別に居て、あくまで今上はその男のことを口走った説。


あるいは、ナイフだけ窓の隙間から入ってきた説。


他にも、様々な案が出た。


しかしそのたびに、二つの困難によって打ち破られてしまう。


つまり、偽証などするはずがない今上の今わの際の言葉と、堅牢な密室の謎である。


どちらか一方が崩れても、もう一方に否定されてしまう。


これは、そういう種類の不可能犯罪だった。


やがて、何時間も経った頃だろうか。


ついに警部が「ね」をあげた。


「さっぱり分からん。いったいどうやって、キサラギは私の部下を殺したんだ」


「あそこは完璧な密室だった。いったいどうやって、犯人は出入りしたんだ」


頭を悩ます男二人。


そんな二人の様子を見ていた車六はしかし面白そうに


「くくく」と静かに笑った。


その笑い声はあまりに唐突だったので、余計に二人に響いた。


「何がおかしいんですか!!」


「そうだ。何がおかしいんだ!!」


二人の抗議に。


「いやな、事件を単純化して考えてみたんだが……」


そういって、最期の一滴のジュースを呷る車六。


「一つの要素を解体すれば、自動的に事件が解けることに気がついたんだ」


「その要素って?」


和戸の言葉に


車六は笑って


「まあ、まずは教祖様に会いに行こうじゃないか」


※※※※※※※※※※


「考えたのはな」


そういって、車六は自分と相対している男を眺めた。


キサラギ。


新興宗教『ラッシュ』の教祖。


彼は未だ余裕を隠さず、拘留されているというのに笑みさえ浮かべていた。


D県警H署の一室。


その取り調べ室で、探偵三人組と教祖は向かいあっていた。


キサラギはその端整な顔で婦警を魅惑したようで、警部はそのことにも怒り狂っていた。


キサラギの落ち着いた様子と対比的な警部の怒りが部屋を支配している。


車六はそんな怒りをしかし無視して落ち着いた様子で


「もし今上の発言が偽証なら、全ての疑問は簡単に氷解するということだった。だが、警部の言によれば、今上が偽証することなどありえない。そこで俺達は行き詰ってしまったわけだ」


コーヒーをぐいと呷る車六。


キサラギはその視線を受けてもなお動じず、笑みを浮かべている。


車六は続けた。


「だが、そこでもう少し論理を突き詰めればよかったんだ。死んだ警官――今上が偽証するはずがない。なら、証言した男は、今上ではなかったのだ、とな」


「なっ」


「そんなバカなっ!!」


警部と和戸の二人が同時に叫ぶ。


しかしキサラギは「ほお」とつぶやいて


「それは面白い」


「な?そうだろう。簡単な論理の問題だ」


「だけどそれは……」と和戸が遮って「僕がちゃんと確認を」


「確認って何をだ?マントの下にある青いセーターをか?体格をか?……顔を確認したわけじゃないだろう?」


「うっ……そ、それは」


「この事件の特殊な所は、被害者が仮面を被っているということだった。被害者だけじゃない、あそこにはうようよと仮面が溢れてた。なら、最初に考えることは一つしかない……入れ替わりだよ」


「入れ替わり……」


警部が呆けたように言う。


車六はこくりと頷いた。


「事件の経過は恐らくこうだ。まず、キサラギの指紋をつけたナイフで、信者の一人が今上を殺しておく。そして、遺体は適当なところに隠しておいて、その時を待つ。」


「その時っていうのは……」


「キサラギの例のパフォーマンスだ。見えないナイフの芝居だよ。あのパフォーマンス中のキサラギの声を聞いた信者の一人は、急いで今上の部屋に入ると、刃先がない柄だけのナイフと血のりを用意して、自分の胸に突き立てた。そしてそれから、叫び声をあげたんだ」


和戸はあの切迫した叫び声を思い出した。あれが、死んだ男のものでなくて、他の男のものだったとしたら……


「それからが難しいところだ。文字通り本当の密室にこもった信者――まどろっこしいから仮にXとしとこうか――Xは瀕死の今上の役割を果たした。密室が破られ、和戸に呼びかけられると、キサラギの奇蹟をのたまってみせたんだ」


キサラギが密室内に入ってきて、ナイフを突き立てた。


あれが、今上でない男の証言だったとしたら……


「そして、和戸が俺達を呼びに来る最中に、わずかな空白が出来た。その空白中に、Xは部屋を抜け出し、自分の汚れた服を脱ぎ捨てて、用意しておいた今上の遺体を部屋に置いたんだ。」


車六はまっすぐにキサラギを見つめている。


キサラギもその視線を見つめ返した。


相変わらず笑みを浮かべている。


「早業殺人ならぬ、早業入れ替わり。仮面を被ったあんたの宗教だからこそ出来た芸当だ。こうして密室は完成した――見えないナイフと、密室殺人の、奇妙な事件がな」


あまりにあっけない謎解きだった。


警部は怒り。


和戸はあぜんとしている。


そしてキサラギは泰然としていた。


「随分と綱渡りな計画じゃないか。おまけに協力してくれた信者達には弱みを握られることになる。……お前、何がしたかったんだ?」


車六の当然とも言える問いに。


キサラギはにっこりと笑った


「言ったでしょう。俗世と交わるのも悪くはないと……控えめに言って、飽きたんですよ」


そういって、彼は目を閉じた。


車六は笑った。


「なんにせよ、急ぎ過ぎた――Rushしすぎたんだよ、お前は」



――了――

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見えないナイフの謎 半社会人 @novelman

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