第3話
「変わった趣味をお持ちのようだ」
施術台に横たわった男が口を開いた。極めて流暢な日本語だった。
声も出ないでいるわたしの前で、男は起き上がり、術衣がはだけて胸の生々しい傷跡があらわになる。
「だが、自分の腕を渡すつもりはない」
激痛が走り、わたしの左手は凄まじい力でその男に握られていた。
「まさかあなたは……」
「だまってエンバーミングを施しておけばよかったものを」
「生きているならそのまま飛行機に乗れるでしょうに」
「死体は、貨物だからね。楽に移動できる」
「日光に当たらないように、ですね」
「よくわかってるじゃないか」
「これでも、そういった小説はよく読むもので」
「死体ならエンバーミング処置を受けているものだし、入国時の貨物審査で確認されるからね。だから君の技量が必要だったわけだ」
男は地下室を見渡した。おもむろに笑みを見せる。一瞬鋭い犬歯がちらりと見えた。ああ、やっぱりそうなのか。
「なかなか良さそうな場所だ。地下室か? ここなら音も外に漏れるまい。今回はハンターどもにひどくやられてね。回復に時間がかかったんだ。……つまり、私はとても飢えている。わかるな?」
「…………」
男はわたしの腕を一層強く握った。逃げられない。わたしは腹をくくった。
「わかりました。事情を教えていただけないでしょうか。理由がわからずに死ぬのは嫌です」
「……いいだろう。最近、我々の種族への風当たりが強くてね。この国にまで追ってきやがったのさ。無論、返り討ちにしてやったが、深手を負っているところを召使いに助けられここに来たってわけだ」
「わたしが腕を集めていなければ、そのままだった?」
「そうとも。だが内情を話した以上、君はここから生きて出ることはない」
男は妙に愛嬌のある笑みをみせ……やがて顎が大きく開き、異様に長い犬歯がむき出しになる。
左手の激痛に耐えつつ、わたしはパソコン横のスマートスピーカーに叫んだ。
「アレクサ! 消毒だ!」
と、一瞬の間をおいて、まぶた越しに青白い閃光が走る。
男の絶叫が響き渡り、わたしは力が緩んだすきに床に転がった。天井の空気清浄機のファンが狂ったように回転している。
やがて音が静かになって、わたしは立ち上がった。施術台には僅かな灰が残るのみで、シーツの下には何もなかった。かつてそこで圧倒的優位を誇っていた存在はもういない。
わたしは、ほっとため息をついた。
室内の殺菌に紫外線を使うのを彼は知らなかったらしい。遺体が稀に持ち込む伝染性の病原菌を消毒するためだ。通常は御遺体を搬出したあと、無人になってから照射する仕様になっている。先週、スマートスピーカーに接続したところ、アレクサは紫外線照射器もちゃんと「家電」として認識してくれた。
明日、空気清浄機のフィルターは外して焼却炉に運ぶとしよう。ここまでやれば復活することもないはずだ。
わたしは3Dプリンタから「腕」を取り出した。本物には劣るが、今回はこれで我慢しよう。また機会もあるだろう。
エンバーミング。
こんなアクシデントはよくあることだが、わたしはこの仕事が大好きだ。
それでもこの冷えた手が 伊東デイズ @38k285nw
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