第2話

 その御遺体が運ばれたのは、クリスマス休暇明けの深夜だった。

 夜中に運び込まれることも実は少なくない。正規の同意書と死亡宣告書の複写もある。亡くなったのは日本旅行中の外国人だった。わたしはすでに検死と予備洗浄が終わった御遺体を受け取った。


 旅行中になにかの事件に巻き込まれたようだが、遺族は早急に本国へ立つことにしたようだ。処置する時間はあまりない。

 胸部の縫合痕ほうごうこんが首から正中線を通ってへそまで伸びている。

 わたしはなぜか大きな青竜刀が深々と胸に刺さっているところを想像した。無論そんなはずはない。洗浄時に背中をあらためたが貫通創は見当たらなかった。入れ墨、指輪などの装身具、瘢痕はんこんや瘤も見当たらない。それどころか、肌にはシミひとつない。この年令だと褐斑かっぱんの一つも浮いていなければおかしいのだが、青白い肌に何一つ汚点は見当たらない。

 わたしの視線は長く伸びた腕からその先端へ向かう。

 指の関節がなめらかで指の節にまったく隙間がない。ピタリと形の良い指が伸びている。手相読みによれば、これは富貴の相という。手のひらの知能線は明瞭で迷いなく手を横切っている。わたしはあまり信じてはいないが、整った指というのはその持ち主に好感を持たせるものだ。特に左薬指が中指より長いのが明瞭に見て取れる。男性でもこれほどの差は珍しい。大変男らしい人物だったのだろう。

 わたしは横たわる御遺体の顔を見つめる。ほりの深いつくりで、高い鼻梁びりょうが知性的だ。化粧はほとんど必要がなさそうだ。苦痛を感じないまま一瞬で命を落とされたのだろう。


 おそらく、単なる観光客ではないだろう。ふと、この道に入ったばかりの頃、恩師から聞いた話を思い出す。

 ある国では高貴な生まれの持ち主には決して体に傷をつけてはいけないそうだ。外科手術もよほどのことでない限り行わないという。いわゆる玉体ぎょくたい信仰で、もしそのお体に傷でもつけようものなら、たちまち神罰(あるいは呪い)が降りかかる……そんな迷信が残っているという。

 まさかとは思うが、それでもこの冷えた手が欲しかった。これほどの上物をコレクションに加えない、という選択はありえない。

 たとえ玉体だろうと高貴な生まれだろうと、すでに刃はその体に触れているわけだし、御本人はお亡くなりになっている。かまうものか。

 わたしは滅菌手袋をつけ、切開用具を取り出す。

 その美しい腕に、わたしはやいばを近づける。

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